噓をつけないことについて

もう、すでに今まで書いてること、どこまでホンマなん?って思われてるかもしれへんけど、

基本、自分、噓ついたことなくて、

前のブログか、このブログにでも、噓つかへんようにめっちゃ気遣ってて

どちらのブログにも共通する、めっちゃもってまわった言い回し、みたいなんが多いんも、誤解さけるとか、勘違いされるとかを、めっちゃ気にして、言い間違いとか、できるだけせえへんようにしてるの、ずっと読んでてくれてる人にはわかってもらえてるんじゃないかと思ってるけど、

言うて、いまめっちゃ自分の人生無駄にドラマチックなってて、何この伏線回収、みたいな、自分で全然予定してない伏線回収なってるんやけど、

自分、今、自分が初めて付き合った元カレにめっちゃタチ悪いストーカーされてる状態なんやけど、

高校のとき、ウチ、めっちゃニキビだらけで、貧乏でおしゃれできてないし、美容室とかも行けない状態やったし、しかも眼鏡屋で一番値段安い縁とレンズ使ってる眼鏡とかしてたぐらいやから、めっちゃ女子力低くて、

しかも、小さい時から男の子みたいに親からも扱われてたし、何で告られたんかわかってへんかったんやけど

まあ、小学校とか、ほとんど人と接することなくて、(ちょっとは友達おったけど、ある程度距離とって、っていうか、家問題あったの、そんなにたくさん相談したら、この人らおらんようなる、ってわかってたから、やっぱある程度言えない本音抱えて付き合ってたし)中学の時に日本共産党支持者の娘さんと友達なってたけど、やっぱある程度の距離感じてたから、ほとんど人と交流したことのないときにできた、会話ができる人、やって

たぶん、前にこのブログでも書いたのよ、ファンやっていうタレントさんが、自分とは全然違うタイプやし、ドラクエでみんな漫研のほかのメンバーの名前とか使ってて、私の名前、あの人遊び人に使ってて、それでも私とつきあってるんやから、無理にでもゲームで使ってくれるでしょ?(当時大阪弁話せない)とか聞いたら、ターンの時コケるからとか何かで、使い物にならないから使ってない、とか言って放置してるって聞いたし、その他いろいろ愛情あるんだろうか?みたいな人だったんだけど、

まあ、この次も前に書いてたと思うんだけど、自分、小学校の時に遭ってた虐待の話とか、たぶん話題としてかなり多くて(っていうか、今も多いよ)

それ、6年付き合ってて、6年目ぐらいに、「大の男の大人が子どもに暴力とか奮ったら、大けがするとかして死んだりするから、そんな暴力あってると思わないし、信じられない。」みたいに言われて

6年目で、ソレ言うか?みたいな

付き合い始めでそんな話題いっぱいしてて、正直、自分父親コンプレックス強くて、仲良くできそうな人みんな「おとうさん」って呼んでて、ぶっちゃけ女の先輩まで「おとうさん」って呼んでて、めっちゃ間違ってるやろ、みたいなヤツだったんだけど、

まあ、つきあっているうちに、その元カレが「おとうさん」になるんだけど

正直、大の大人が暴力奮ったら・・・とか思ってたんなら、その時言えよ、とか思って

実際、自分のオトン、私に権威みたいなのを揮いたかっただけみたいだから、おびえさせようと顔や体の近くまではすごい勢いでパンチとかふるう形にするんだけど、体にあたるときは大けがしない程度に力を抜く、みたいなのが日常になってて

ただ、その暴力劇みたいなのがやたら長い(夜10時に起こらせたら、翌朝までつきあわされる)ことだったり、父が子どもの時や就職先、母の家族から会った、父から言えば「差別」みたいなものへの不満の話を何度も何度も長時間聞かされること、それを知らない私を咎めることが多い生活(父が幼いころ食べなければならなかった貧しい食事を、今更そのときのまま再現して、おからとか、いつもから食が細いのに、そんなときだけ大量に、しかも当時のままちゃんと調味料がそろわない美味しくないものを出して、全部食べられない、とかいうことになると、お前は俺の苦労が理解できてない、みたいな理由で夜通し怒鳴られたり、殴られたり(まあ、きつくはないんだけど)することがしょっちゅうあった)

まあ、当時は普通に殴られた、とだけ言ったほうが、同情がかえると思ったし、わざわざ寸止めで力抜いてたとか説明はしてなかったんだけど、

6年間、何考えて私と付き合ってたんだろうこの人は、っつーことで、めっちゃ気持ち悪くなってたんだけど。ずっと上っ面で自分とつきあっていたんだろう、で、何で?があって、

これも今までのブログでどこかに書いていたことで、これは、差別とか誤解を受けないように改めて気を付けて書きたいのだけど

まあ、その元カレは、私が沖縄ルーツの父の虐待の話など聞いていたはずなのだけど、彼は彼なりのルーツがあったということを、別れた後で気づくことになる

彼のもともとの家の近くで、大通りから小道に入って家に向かうところを、私はここで待っているように言われて、いりくんでいるから、ここで待ってたほうがいい、と、

これ、前にも書いてますよね、で、アホだからそこで待っとったわけです。

その後も、そこを気にしないで別れるまで関心がなかったんですが、外大通ってたぐらいですか、そのあたりにあるスーパーでバイトすることになって

ちょっと気になってそのへんを歩いたら(彼本人は、少し先の公団に引っ越ししていることは、別れる前に引っ越してたので知ってた)

まあ、ここで書くと差別と思う人がいると思うのでここでは書きませんが、この後の話の流れで分かっていくと思います。

まあ、彼なりのルーツがあったことを知るわけです。

6年間、ソレ言わなかったんだ、腹割って話すとか、本音とか、言う人じゃなかったんだ、こっちの虐待の話も信じてへんかったし、何やねん、あの6年、いうのがあって、その時期の普通にショッピングとかランチとかしてた記憶とか、その後思い出すこともしないようになってたりしました。(正確に言うと、どこでランチとかショッピングをしたかはそこそこ覚えてるけど、そこでどんな会話をしたかが思い出せないのです)

ここで、自分のルーツを振り返る前に、自分の母方の知り合いにつながりを感じるわけです。

父は、母がピアノの家庭教師のアルバイトをしているときに、帰り道ボディーガードするように頼まれた人だったと聞いています。

そのアルバイトは母の兄弟の長男の嫁、つまり私の伯母で、元カレと同じルーツの人です。

正直、その伯母は、母の兄、長男の財産を貰うつもりで来たと、母の実家のみんなに公言していて、ひどく疎まれていました。長男が全ての財産を相続できると思っていて、母の姉である伯母に「日本では兄弟姉妹は平等に財産を相続できるんや」と言われていた、と、聞いています。

父も、その伯母の紹介であったら、母の財産を狙うように紹介されて来たのかも、

そして、あの元カレも、当時どっちかっていうと不細工だった私に告白してつきあって、虐待の話も信じることなく、自分のルーツとか本音を話すこともなく、いつか相続するだろう祖父の家などを狙って来ていたのではないか、みたいな疑惑を、別れた後ですが、持つようになっていました。

まあ、そのルーツの一部の人だと思うのですが、愛情も感じられない、むしろ信じてもない虐待の話をずっと聞き続けるなんて変だろう、という疑問を、財産か何かが目当てだったんだろう、みたいに思うことでしか納得できなくなっていました。

イヤ、そんな話をブログやネットでしていることを知ったらしく、私がカレのルーツの人々に「あいつは差別している」と言いふらし、その他あることないこと言いふらしてくれたらしくて、それで私は彼と別れた後も、なんか、知り合って間もないのになにか悪いようなうわさを聞いて、私に対してキツイ対応をしてくるようになっていってたと聞いています。(リアルで付き合っている人で、元カレとか伯母のルーツの話とか、父の子どもの時の差別の話をする人とかもいなかったので、ネットでしかしてないし、自分の父のことを考えてネットで書いているときとか、一部の人から受けた酷い対応で、そのルーツの人々全部を差別するような書き方にならないように気を付けていたつもりですが

まあ、これも書いたけど、父が昔大阪の人から受けた差別の復讐のつもりなんだろうけど、自分が出世して、沖縄出身以外の人たちを馬鹿にしよう、みたいな行動を見せつけられていたんですよ。

小2のとき、大型ショッピングセンターを建設するとき、そこで現場監督として雇われていたらしくて、私はその職場に連れていかれて、父は遠くで作業していて人を呼び寄せて、私の足元にある配線を直すように命令して、ちょっと配線を直したら、戻っていい、とか言ってもとの現場に戻し、「父さんはこのように人に命令できるんだ」と、自慢そうに言いました。

恥ずかしかったです。その仕事をしていた人の仕事を邪魔しただけだし、その人が前に沖縄などを差別していたかどうかもわからないし、それを子どもの足元にひざまずかせて作業させて偉そうに思うなんて間違っている、と

これも、前に書いたブログにほぼ同じ内容が書いてありますが、母の長男、伯父は、決して伯母のルーツについて差別していなかっただろうし(って、その時期自分生まれとらんし、確認でけへんけど)祖父だって祖母だって結婚を許可してる時点で、そんな激しい差別はしてなかったんだろうと思うんですが(これも、ほぼほぼ生まれてから付き合いのなかった祖父祖母なんで確認できないんですが。ただ、父の話を聞いてて若干右翼的な家庭なので、差別がまるでなかったとは言い切れないだろう、という認識でいます。)

まして、わたしなんか、父の出身のことで、実質学校で受ける授業なども差別があったのではないかと疑っているぐらいですし、母方の実家では、沖縄の飲んだくれの子ということで、家庭内でかなり冷たい扱いを受けて育っていますし、最初に付き合っていた彼のいた漫研は、当時会社員になることなどをあきらめて漫画家などを目指していた、彼と同じか近いルーツのひとが多くいたと思っていて、仲良くなりたい、仲間になりたいと努力していたぐらいだったんです。

ですから、そこになじめないまま離れることになった私は、そのルーツの人たちって、出自が違うと努力しても仲間になれない、というトラウマを残すことになりました。

正直、いつも話題に入れなくて、半泣きになって「自分はおいてけぼりだ」と訴えていたのを、彼が嘲るように笑っていた記憶を、つい先日、その時を思い出させるような動画を見ることになって愕然としています。

まあ、彼と別れてから(彼にとっては「しばらく待ってた」時期なのかもしれませんが)自分に起こっていた出来事、それが理由で自分が孤独だったり、仕事などで不利になったり、本来あるべき人間関係や財産が得られていなかったこと、さらに、そこから救い出そうとしてくれているらしい人との縁を断ち切ろうとされていることに、とんでもない絶望を感じています。

本当に、今回の記事は、消されたり、改ざんされてなければこのブログにあったもののほうが多いのですが、ここまで書いてて、これ本当?みたいに思われたとしても、その虐待を疑われて以来、今回50を過ぎてやっと自分の受けた虐待やいじめが本当の話であることを今の自分の周囲が認めてくれるまで、本当に小さな小さな噓までつかないように細心の注意をはらってブログを書いたり発言していたおかげなのではないかと思うので、いままでのすべての記事、今回の記事、これからの記事も、基本噓をつかないように書いていこうと思っています。

人間ですから、記憶違いもあるし、(って、本当に、記憶を消されるとか、書き換えられるとかの技術を、実際に今体験しているし、そういう意味で本当のことが言えなくなるのではと心配しています。今のところ周囲がびっくりするぐらい、消された記憶は回復できているのですが、本当に思い出せなくなっているものもあります。実は、もう3か月ぐらいフェイク動画を見せられていて、もともと好きだった動画の人が、フェイク動画のそっくりさんをたくさん見せられて、もともと見ていた動画も消去されていて、悲しいことに、そっくりさんと、私が見ていた好きな人との区別が、本当につかなくなってしまって、泣いて寝ることもあるような状態です)

もともと、人間関係が希薄な人生を送っていたので、人の顔の記憶をするのが大変苦手で、話の内容とか、声とかはよく覚えていられるんですが、顔を覚えるのはとても苦手なのです。

前回のブログを終わるときには、帰国時の空港の話とか、帰国後の日本での話を書こうと思っていたのですが、あまりに酷い出来事ばかりなので、絶対噓だと思われる、信じてもらえないだろう、みたいに思って、噓つけないことを説明しようとしたら、それだけでここまで長くなったので、一度ブログをまた閉じます。

とりあえずこんな感じです。

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