思い出に浸ってて

まあ、考えていた資格が、日本の伝統芸能を教えることも仕事であるということを言われたのだけど

確かに、資格に関する書籍を見て、そのことは知っていたけど、どちらかというと、日本語教師をしていたときに感じた、NHK WORLDなんかで紹介されているような、外国人ウケするようなやりかたでもOKだろう、ぐらいに思ってたんだけど、

ちょっと、年配の先生だったので、本当に正統な日本の伝統学ぶように言われた感じで

辛い事しか思い出さなくて

あやとりかなあ、一番つらかったの、

ドラえもんののび太があやとり上手だっていう話の関連で、小学校3・4年生ぐらいのときだったかな、あやとり流行って、

あやとりを、交互に取り合って、より複雑な形にしていくもので、

やりかた、知らなくて、家で母さんに聞いても、母さんも知らないって言われて

で、同級生に聞くんだけど、まあ、本当は自分が今遊びたくてしょうがない子が、そんな仲良くもない私に、そんな上手に教えられるわけもなくて、チャチャチャ、って、こうやるんだよ、とか見せてくれるんだけど、わからなくて、できなくて

半年とか、そのぐらいのレベルの期間、同級生が休み時間あやとりやってるのを、傍観することしかできなかった期間があって

それだけじゃなく、日本の伝統的な遊具っていうのが流行った時、母も父もしらない、同級生も、自分が今遊びたくて仕方がないから、そんなに仲良くない私が、教えてくれとか言っても相手にしてもらえなくて、

そういうのが流行った時、孤立していた記憶しかなくて

日本文化とか伝統芸能を、50まで生きてて、そんな身近だったこと自体が少なくて

ちょっと、去年後半、自分の子ども時代のぼっち状態を思い出すことばかりで

言うてね、あやとりだって、チャンスあれば覚えようと思って、クラブあやとり部応募して、親とか友達とかから習えなくても、クラブだったら、指導の先生とか教えてくれるだろうと期待して

でも、人気のクラブだったから、抽選から落ちて

抽選外れたら、人数足りなかった人気のクラブの中から選ぶことしかできなくて

百人一首部入った

人数少なくて、同じようにどこかの抽選外れた子しかいなくて、みんなやる気なくて、結局自分が部長になることに

当時ほぼ100首覚えましたよ、百人一首、

大人になってかなり経って、従姉と一緒に住んでたとき、従姉から、

c「じょあんなの話すの、標語みたいな口調になってるな。」

って言われて、まあ、自分でも、普通に話してるつもりでも、基本どっか七五調はいる話し方身に沁みついてるところはあると思っています。

記憶では、小六のとき百人一首部だったように覚えてたけど、あやとり部入れなかったから百人一首部とか、小四か、その翌年の小五の可能性が高くて、とくに小六は途中で母の家に移動して転校したし、そもそもそんな学校行ってなかったから、ちょっと記憶間違ってたな、っていうのがあって

だから、百人一首で七五調身に沁みついてるとか、日本文化とか伝統、全然関係ないわけではないんだけど

まあ、だから、日本の伝統的遊び、とかを楽しんでいる子っていうのを、入れなくて脇から孤立して羨望して見ていた記憶の方が多くて、今みたいに、ネットですぐ調べるとかできなくて、テレビでもそんな、あやとり教室、みたいな番組、なかっただろうし、(あっても、theテレビジョンとかない時代なので、番組があることを知ることができない)図書館でも、あやとりの本はあったけど、今はやっている、みんながやっているあやとりのことについては書かれてなくて

あやとびでもな(若い人知らないと思うけど、ゴムひもを柵とかにひっかけて、それを脚にひっかけながら飛ぶ遊び)知らないのよ、飛び方を

なんか、最初のいくつかのステップは、他の子がやっているのを見て真似できるんだけど、高度なステップに移るごとに、まず見本としてそこまで飛ぶ他の子を見ることが少ないとかもあって、自分は最初の数ステップで脱落して、ショボい扱い受けるんだけど、そこをレベルアップして、みんなに「すごい」って言われるために練習したいと思っても、その最初の数ステップの次はどう飛ぶのかを、知らないし、どうしたらいいかわからなかったりしたのね。

まあ、実際、自分の父親も、前に書いたように、ピザとか、スイートポテトとか、今まで日本になかったもので、おいしいものとかいいものを探してきて、「どや」って言いたがるタイプであるのに合わせて育ってきたから

父が父の兄に借金して買ったらしい、私が3歳のときに買ったカラーテレビにしても、私が小2のときだったかな、ダビングができるダブルカセット買って(それも親戚に借金して買ったらしいが)すげえドヤ顔してたのも見てたけど

借金してまで買ってたことは、つい最近まで知らなかったけど、そうやって、みんながお父さんお母さんから教えてもらう伝統的な遊びとかは仲間に入れなかったけど、そのときまだみんなが持ってなかっただろうダビングできるダブルカセットを、自慢そうに使い方を教える父と一緒にいた時間は楽しかった。

本当に、母がいなくなった後、数か月後、母が伯父と一緒に小学校に私を迎えに来たことがあったんだ。でも、私は母が嫌いだったし(自殺したらピアノの生徒減る発言とか、母のことを頼りたいって言ったら、「私があなたを頼ってあげてるのに、それがあなたは嬉しくないの?」発言だったり、他にも、そもそも理屈にあってないことを、自分で理屈が合ってないことを気づかずに話しているような人だったので)母方の親戚にも、母のピアノ教室を母の自宅でするときに、他の部屋で待機しているときに、自分は母方の親戚に嫌われている、というのを感じ取っていたので、行きたくないと、父と同居を続けると言った(ある程度、自分が、父からの暴力を受けることは覚悟したうえで)

それから二年間、父からの暴力はある程度我慢していたけど(っていうか、つらかったのは、父の、昔受けた差別の恨み言の話が長い事とか、母方の親戚の恨みつらみが長いこととかがつらいのがほとんどで、暴力そのものは、ときどきカッとなって、強いヒットがくることもあったけど、基本、怖がらせるために大きなアクションはとるけど、実際体に当てるときは、力抜いて、そんな大けがしないようにしてることのほうが多かったし、その時点ですでに、自分を大きく見せたい可哀そうな人なんだということは、わかっていたから

まあでも、夜中窓ガラス割って、ガラス買い替えるお金ないとか、暖房の灯油、今年買えるの?とか、またガス電気止まらない?みたいになってきたとき、さすがにここ居ると死ぬわ、みたいに思って、母方のほうに移動するんだけど

去年の年末、それでも、父の暴力より、母や母方の親戚の精神的虐待のほうがひどかったのかもしれない、って、思った。

まあ、それでも、父と、そのダブルカセットの操作教えてもらってた時以外に、何か楽しかった記憶ありますか?とか言われたらないけど、じゃあ、ずっと一緒に住んでた母と、何か楽しかった思い出作ってもらった記憶ありますか?って言われたら、ないのね。

2000年のとき、母から誘われて入った合唱団で、一万人の第九に参加させてもらったのは、いい思い出だけど、そこに、母と一緒にいたことが嬉しかったという感覚はあまりなくて、むしろその企画に参加させてもらえるようになった、その時の合唱団の世話人っぽい人だったり、そのイベントそのものの内容が楽しかったりしたと思っていて。

確かに、当時の自分の高音の限界、上げることができたのは、すごいいい思い出なんだけど。(その高音が出るようにするために、歌の合間にずっとストレッチしてたのとか、傍から見たらちょっとアホっぽくて、みんなに笑われていたんだけど、結局その音出せるようにできたから、自分ではそこで笑われていたのもOKで)

って、そんとき、自分は本当はテノールで参加したかったな、っていうのが正直あるんだけど

今、やっぱり不安あって、自分、このアダムスファミリーを、北朝鮮の金家に例えるとしたら、後を継ぐ従弟が、金正恩で、自分は立場的に金正男的なポジションだから(まあ、わけわからんときにディズニーランドとか行きそうなタイプだし)、東南アジアに留学なんかしようものなら、VXガスとかで処分されちゃうのかも?みたいな、わけわからん妄想に浸ってしまうんだけど。

なんかね、年末、『風と木の詩』を、デジタルで買いなおしたの

4巻のジルベールが生まれたところの記述なんだけど

赤ん坊は残されたー…愛もなく 育てる手もなく 未来も望まれずに ー求めて 求めて 求めてやまぬ乳のみ児を 見下ろしていたのはどう処理していいかわからない召使の顔 どこからか乳母がやとわれ 与えられるのは食事だけで おとなの足の間を右往左往して あれまでに育ったのかー センチメンタルな想像だ!

『風と木の詩』4巻

って、そのあと、叔父ということになっている、実の父が友達をつれて会食しているのを、その子がみて泣き出したのとかを観察して、その子に構おうとするんだけど

…そう 彼は野生児に等しかった 両親も健在 大きな屋敷で育ち 衣食には不自由しない …それでも彼は野生児だった 生まれてすぐ自然のなかにほうりだされ自然のつくる桑の実にそだてられた子どものごとく…

とか、その数ページ後

驚いたな…! この子どもは恥じることを知らない 教育どころかーしつけすら受けていない! 五歳にもなるというのに この子の中身はまだ白紙の状態のまま!? 命令を受ければ素直に従う 犬としててなzけるのも鳥のように育てるのも 思いのまま ……そう …わたしだけを信じさせることも!

まあ、また、その数ページ後

一八七四年ー二月 ジルベール七歳… おそらく 彼はだれにもかえりみられることのなかった人生の最初の数年間に 孤絶した自由世界を その手の中に収めてしまったにちがいない… 動物のように寝たいときに寝て 起きたいときに起き 衣服をろくにつけず 彼を教育するものはだれもなかったー 見るままに見 感ずるままに感じ 酒にならされ気まぐれなわたしの扱いに慣らされ それでも彼はガンコに今までの生活習慣をかえようとはしなかった

まあ、私、お酒ほぼ飲まないし、昔は未成年者にお酒飲ますの違法じゃなかったから、正月とか、親戚の結婚式の時に、おちょこで口だけつけるとか、誘われたことあるけど、ぜんぜんお酒とかおいしいと思わなかったので、今でもほぼ飲まないんだけど、なんか、自分の子ども時代を、少女漫画風に描いたら、こんな風にドラマチックに描けちゃうんじゃないかと思った。

って、この漫画みたいに、親からセクハラとか受けてないんだけど、ろくでもない家庭に主人公育ってる、みたいなので、めっちゃ共感感じて、この漫画読み続けてたんだけど。(小学校の時に、この漫画が収録されている雑誌を、父がどこかからもらってきて、雑誌の中で一番絵が綺麗だったから、夢中になって本を読んで、当時は本屋で立ち読みができたから、他の部分とか本屋で立ち読みして読んでたんだけど)

って、前もブログに書いたけど、この主人公たちのように、大人たちと闘っていたら、いつか間違っている大人を見返せるんだろうと、若干漫画の登場人物を模範にしながら生きてたのに、オチが、学校から逃避行して、そこでマフィアのボスに目をつけられて、シャブ漬けにされた後、身受けの話がきたので待ち合わせしてたけど、行き違いがあって、そんときクスリでおかしくなってた主人公が、待ち受けうまくいかなかったから帰ろうとしている身受け人の馬車を、自分の父親の馬車だと思って走り寄って轢かれて死ぬ、っていう運命たどるんだけど

小4ぐらいから読み続けて、大人に逆らって自由を手に入れられるんだと思って見てて、中2でそのオチ見たときにショック大な。(あ、自分、いた学校荒れてて、同級生にシンナーとかしてた人とかいたけど、自分、見た目マジメそうなヤツだったので、見かけでそういうの、先生にチクるヤツ扱い受けてたので、誘われたことすらありません。休み時間、シンナー吸ってること、得意げに話す同級生とかいたけど、別にチクりもしなければ、仲間に入りたいとも思わなかった記憶ですね。仲のいい友達が、そんな体に悪いことをしてたら、止めようとしたと思うけど、きっと先生に言う、というような方法は選ばなかっただろう、みたいに思います。その場にいたシンナー吸ってたヤンキーは、ヘタに止めようなんて心配して動くと、逆恨みされそうだったので、普通にスルーしていましたが)

まあな、エヴァ見て、オチ納得できなかった人の話があったとき、少し書いてたけど。

ジルベールについて書かれていることが、そのときの自分を表している言葉だと思うことができるとしたら

まるで野ばなしでありながら 彼には卑屈なところがなく 誰も教えないのに生まれつきの品格をそなえていた こびることを知らず誘うことも知らぬ孤高の美のように 彼は窓べにたたずんだー 自然の森が 母なる海が 彼に四季を教え 呼吸と生命をしみこませる… 最初から彼はまったく子どもの絵本をとろうとせず わたしの蔵書を次から次とひもといた 子どもにはさぞかし強烈であったろう 自由奔放な芸術世界を彼はどこまでも受け入れ 絵への興味は彼に読み書きする知恵を教えた… これが教育でなくてなんであろうかー

っていうところと

…いったい彼はどんな意志をその細いからだにつちかっているのか 彼ほどまっすぐにのびた子どもは他にいまい 親の束縛もなく社会の規律も知らず おのれの存在を許された空間で ただ 自然に育っていく植物のように ー彼は生きていた どんなにゆがめられた容器の中で育てられても… 植物は太陽に向かってのびようとする意志を失わない 外見がどんなにひねくれた形をしていようともその意志は こよなくすなおに生きつづける

みたいなところかな

小学校の時、これ読んで、なんか、自分のなかで、「そうだよ、そうだよ。」みたいなのがあって、自分の生い立ちと全く一緒ではないけど、近いルーツを感じて、自分はそれに近い人間だし、そう生きていたい、って、かなり長い事思っていたし、きっと今でもそれは根のように自分の中に残っているんだろうなって思う。

あと、ジルベールについて言っているところじゃないけど、父親のオーギュストが義兄にセクハラ受けてて、義父にも守ってもらえていなかった時代を思い出していたところのオーギュストの回想シーンの言葉で

わたしはいつも待っていた… より強い「力」を

これもね、本当に、自分が辛いとき、このシーンが、頭にフラッシュバックするのよ。

まあ、自分は体力的には非力だから、知識とか情報とか理屈とか、アタマで勝てそうな方向で力つけようとするんだけど。

本当にね、自分と似たような、家庭環境厳しい登場人物が出てくる漫画だな、みたいには思ってたんだけど、なんか、自分でも覚えていない昔のことについて描かれているアルバム見つけたような気分で年末この漫画読んでたんだけど。

『無限の住人』とかは、実際に、自分の知り合いと、この漫画の登場人物と、似たようなことしたことあるよね、みたいな、なんか、それはそれで思い出アルバムみたいな気持ちだったの。

それは、そのとき付き合ってた彼が、ちょっと業界か何かに知り合いがいる人だったんじゃない?みたいな思いがあって、そんな偶然も受け入れてたんだけど。

ってね、ある程度、『むげにん』って、何をどれにどう例えているか、想像つくのよ、でも『風木』ほぼエロばっかりなんだけど、実際当時の自分、そんなセクハラ受けていないので、どれが何をどう例えているのかサッパリわからんのよ。

まあ、正直、小6のときだったかな、ある程度体が成長していたのを見て、オヤジが一緒に風呂入りたがったのよ、キモくて、もう必死で平手でバシバシ叩いて、オヤジ風呂から追い出して、オヤジ「風邪ひくやろ」とか言って、裸の父親追い出したのを、なんかそんなふうに言って逆ギレしてたのを、わけわからんこと言ってる、みたいな、そういう、セクハラみたいなのを感じた記憶って、なくはないんだけど、

この件については、後で母と一緒に住むことになって、離婚のことで家庭裁判所に父親いついて作文書くように言われたときにも書いてて、母が言うには、親権が母親になった理由としては、その記述が一番決定的だっただろうと言われました。

って、チョイ、英語とかドイツ語勉強したかったのに、ついまた思い出に浸ってしまったよ。

本当に去年から、自分の小さいとき思い出すような出来事ばかりで、

ちょいね、小さいとき、貧乏だったり、母親が自分のこと手の付けられない困った子扱いして、世間から孤立させられてたんじゃないかとかあったから、誤解解くように必死で過ごしていて、ある程度誤解解けたと思ったから、逆に今までの苦労して身に着けた知識とか技術とか集結して作ったもの持って行って、「今まで苦労してたのね。」って、迎え入れてもらえると思ったものが、すっげえ嫌悪感を表して否定されたような体験を最近したので、ああ、僕は、自分でつけた知識を、自分でまた更新していったほうがいいんだ、って、思ったけど

っていうか、20代のころ、自分が夢見てたことを再挑戦してもいいんじゃないかと思って

迎え入れてもらえる場所が見つかれば、別にそれでよくて

金持ちになりたかったことは一度もない。人に勝ちたかったわけでもない。見下されたくはなかったけど、誰かに勝りたかったこととかばなくて。

もし、生まれ変わって、金持ちで、人を足蹴にできる立場で、たくさんの豪華なものに囲まれる暮らしをするのと、そんなに裕福ではないけど、誰も人を傷つけることがなかった人生と、選べるとしたらどちらがいいですか?と聞かれたら後者。

前に、『悪徳の栄え』の話を書いたことがあるけど、あれは、『聖ジュスチーヌ』という作品が別にあって、マルキドサドが、勝者である悪人としての姉の一生と、善人で悲惨な人生を送る妹の対比を書いている、ということで、まず『悪徳の栄え』を読もうとするんだけど、無駄に背徳的すぎて、ついていけなくなるのね。

いや、お金が手に入るから、人を殺すとか傷つけるとかは、なんかあり得そうな話だと思って読み進めることができるんだけど、何にも得しないのに、悪い事して楽しそうなのって、全然理解できないし、読んでてどうよ?みたいになってきて。

まあ、人を傷つけられる強い立場にいる、ということを、そういうことすることで確認したくなる人というのはいるのかもしれないけど。

性善説とか性悪説とかあって、性悪説解く人とかいるけど

まあ、人傷つけても、自分が儲けようとするとか、他人の食べ物奪うとかはあり得ると思うし、そんなに生活に困っているわけでもないのに、簡単に人を傷つけて人のものを奪える人っていうのはあり得て、そういう意味では性悪説とみなせる人って、存在するかなあ、みたいには思うんだけど

ワイドショーなんかでよく取り上げられる、なんにもないのにいきなり人刺したりする人、みたいなのは、人間が本能的に取る行動として理解できないのね。

まあ、理性があれば、それで法的に自分が不利な立場になる、というのは理解できるはずで、それがもう判断できない状態にあるとしても、人刺すより、どっかでパン盗むとかのほうが、人間のもともと持っている本能からしたら、あり得る話だと思うのね。

まあ、なんか、共通テストのときに、東大の会場で人を刺した人とか出たらしいけど

正直、共通テストの会場が東大だっただけで、受験者、たぶんフツーの、どこの大学受けるのかわからない受験者だったと思うのよ。その受験者が東大志願者である可能性ってそんなになかったと思うの。

まあ、東大受験でメンタル病んでたその人が、本当にコンプレックスあるとしたら、東大生とか、確実に東大受験者がいる会場狙っているとしたら、ある程度まともな判断できる状態だったのかな、なんだけど、もう全然アタマ破綻してたんだろうな、みたいに思う。

まあ、たぶん、刺されてしまったその人、ほぼ東大関係ない人だった可能性高いし、追試とかNoneも受験して、難易度上がるって聞いてるから、気の毒でしょうがないんだけど。

ニュースで、受験会場に挙動不審な人入れないように配慮するとか言ってるの、マジ噴き出して笑ってしまって、

イヤ、共通テスト当日の受験生とか、緊張で挙動不審なヤツとか、全然いるから。汗だくなヤツとか、手足震えてるヤツとか。どもってるヤツとか。

みたいに思って。

いやー、今日もブログ長いわ。

噂では自分のこのブログ、『ユリシーズ』扱い受けてるみたいに聞いてるけどホンマかな。そうだったら嬉しいな。

とりあえずこんな感じです。

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