遺伝とか能力主義とか

ちょっとあっちゃんの選挙の話は面白かったんだけど、遺伝の話が今朝からひっかかってたから、そっちを先に片付けようと思う(って、明日続き選挙のほう聞いても、自分がなにか感想かけるだけの力があるか、ちょっとわからないのだけど)

遺伝のことを書こうと思ったのは、

まあコレ、最初DaiGoさんの話、どんな話してるのかなと思って見ようとして、遺伝とかサンデルさんの本の能力主義の話のほうに気がとられて、DaiGoさんの話、どんな風に話してたか、もう覚えてないんだけど。

ちょっと、サンデルさんの本、英語で買ったあと、自分、中国語勉強するのに時間を使ってしまって、まだちゃんと読んでないから私が勘違いしているところがあるかもしれないから、勘違いしているところがあるかもしれないけど

上流階級の人が、謙虚でさえあれば、今単純労働みたいな仕事についている人にもう少しましな待遇をして、それなりに丁寧に話すことができたらいい、それで下流階級の人は満足してその仕事を続けるから、と、言っているんじゃないかと思って、格差の原因になっているものにメスを入れるつもりはないんじゃないかと思っているところがあって、(ちょっと、この話は、本を全部読まないとわからないので、まだ読んでいない状態での推測で言っているのにすぎないのですが)

このブログをずっと読んでくれている人は、能力の順に幸せ(まあ、幸せに順序があると思ってないことも書いたけど、ここでは単純に所得でそれを表すとして)になる順番が決まってくるような考え方に私が疑問を持っていることはわかってくれていると思うけど(って、そもそもその「能力」ってどこで決まるの?って思っていることもわかってくれていると思うけど)

まあ、めちゃくちゃ勉強した人しかできない仕事が、今必要とされている仕事だとしても、そして、そのぶん待遇が良いのは仕方がないとしても、

普通の人が、普通に暮らせる状況を確保した上で、その余剰を分け合うべきであろう、と。(まあ、その普通、が、今朝ブログで書いたように、食の健康とか、心理学とか、脳神経科学などを基準に、だいたい判断されればいいと思っていて)

100人のひとがちゃんと教育を受けて、その中で1人しか仕事ができる学力を持った人が育たないとしたら、残りの99人もちゃんと生活できる状態にしないと、その1人を産もうとする人が維持できないから、なんですね。

まあ、現状、残りの99人がちゃんと教育を受けているか、というところから疑問があるわけなんですが。家庭に経済的余裕や、教育を親自体が受けているなどの条件をそろえた何割かの間でその1人が育てられて、最初からチャンスが無かった人が、その1人に収入を吸い上げられるような搾取される職業についているのが現状だと思うのです。

って、ここで音声流して内容再チェックしながらブログ書いてたんですが、トップユーチューバーの批判はされていたみたいですが、DaiGoさん個人をどうこう言う発言はなかったように思います。(ブログ書きながらなので、聞き逃した可能性もありますが)

まあ、ユーチューバーの中で、僕みたいにすれば、僕のような成功したユーチューバーになれるよ、みたいなのをウリに動画配信しているのは、現代型のマルチ商法みたいなものだと思って、私はコンテンツそのものに価値のあるものを優先して見ていますが。

遺伝の話なんですが。

前に、ひろゆきさんが面白いと言っていたNetflixの映画で”Three Identical Strangers”見て、

まあ、自分が当時の自分の顔にそっくりだと思っていた主人公の漫画に、クローンっぽい登場人物がいる、プルも若い頃似ていると言われたことあるけど、あれにもプルツーとかいる、まあ、ソレは漫画じゃん、なんだけど、現実社会の方で、「じょあんなさんとそっくりな人をみたことがある」のようなことを言われたことが、数回ある、という経験があって

自分、生まれたときは、沖縄はまだアメリカに占領されてたしな、まあ、大阪で生まれてはいるらしいんだけど、

ひょっとして、自分、その双子みたいなやつで、アル中に預けられて、もう一人、金持ちに預けられた双子とかいるんじゃね?みたいな疑惑とか沸いてきて

上の動画で聞いてたら、別々に預けられた子ども、古典楽器を習うことは、貧困家庭でも預けられた子どもにも、上流階級に預けられた子と同じようにさせるようにしてたらしく、

まあ、オヤジ、アル中だったけど、オカン、ピアノ教師だったから、条件合うよな。

みたいな。

ただ、この実験なんだけど、実験しようとした側の、「結果ありき」は、感じていて

「能力は遺伝で決まる」という結果が欲しくて始めた実験なんじゃないかと。

まあ、まず、貧困家庭で生まれて、古典楽器なんか習える環境にあること自体がまずないんですよ、普通。

努力する遺伝子っていうのは、別にあったとしても納得いくけど。

経済力のある家庭で、親が教育熱心だったりすると、将来に役立つ形でその努力が使われて育つのですね。(親が金持ってるだけで、育児放棄されてた人も知っているから、お金があるだけじゃだめなんだけど)

貧乏だと、親が真面目でいい人だったりしても、搾取される側、安く使われる側になる努力を教わったりするし、間違っている親を持っていると、ギャンブルだったり、社会的に好ましくない方にその努力を使うように育てられたりすることもあるし。

ちゃんと教育を受ける方に親の意識があったとしても、金持ちが十分な教育機関に子どもを預けられたりするのに対し、貧乏な子は、そんなにレベルの高くない参考書を、全部読んだのに、上のレベルのものを手に入れられなくて、持っている努力の出しどころが得られなかったりするんですね。

正直、母親がピアノ教室やってるとき、自分の学習まんがとか置いてる、いかにも昭和のちょっといい感じの子ども部屋、みたいにしている部屋を、ピアノ教室に使っていて、隣の部屋、褪せた畳の部屋で(子ども部屋はちょっといいカーペットとかしいてたりする)衣装箪笥とか、ブラウン管テレビ(当時はまだオヤジがブラウン管割ってない)と、テーブルがあるぐらいの部屋で、本らしいものはほとんど置いてないのね。(2DKの二つしかない部屋で、敷居またぐだけで経済格差がそこに見えるような家で)

自分の部屋から、学習漫画何冊か持って、母親が仕事の時間待機してるんだけど、すでに何度も読んでる学習漫画で、そんな時間持たなくて、

テレビはピアノ教室の横で付けてはいけないし、読めるもの探すんだけど、テレビの下の古新聞置き(今みたいに液晶じゃないから、テレビ棚の下に古新聞とか貯めるスペースあったりするのね)に、オヤジが買ってたエロ雑誌とかしかなくて

あんまりにもヒマだから、開けて読むんだけど、オヤジ目線のエロ文章と絵(当時は写真じゃなかったと思う。いかにも昭和の絵柄みたいなやつ)なので、『風と木の詩』みたいな影響とかは受けなくて、

読むとこないな~、あ、巻末にクイズあるぞ、「処女探し?」って、そんなもん、ワシ見つけても・・・

みたいな状態だったんですが。

これね、一一卵性双生児だの、養育者の違う家で育てて実験しただとか、すごい大がかりな実験の結果だから、信じそうになるけど、普通に考えて、これに当てはまらないことって、日常で起こってるよね、って、私は思っていて

前のブログの最後の方で、コメントで、「勉強できる子は、みかん箱ひとつ机にできれば勉強ができるんです。」みたいなことを書いた人がいて、私が経済格差で教育が受けられない問題を話していることへの批判だったと思いますが、いちおう穏やかにお返事はそのときしたはずだけど、内心ぶっちぎれていて

まあ、あなたが、だいたい英単語を一週間100語ぐらいを覚えるのが適当だと思う人だとしましょう。(これは、英単語じゃなくても、読者の方が、得意な科目を、1週間でだいたいできる、と思うものに想定を変えていただいて結構です。)

同じレベルの英単語を200語、100語ずつ2回に分けて、

1週間、冷暖房が効いた、それほど雑音もない、あるいは集中できるような音楽などがかけられたりする、心地よく座れる椅子やちょうどよい机の上で、ちゃんとした食事を食べた後、自分が気のむいた時間を選んで英単語を100個、一週間勉強できるとします。

別の週に、冷暖房も効いてません、めちゃくちゃ暑い日だったり、ガチガチに寒い日だったりするかもしれません、狭い部屋で、兄妹が大声をあげて遊んでいたり、父親がテレビで野球を鑑賞しながら、「よっしゃ~!」とか「おりゃ~!」とか叫んだりしています。晩ご飯は、十分食べられなくて、正直小腹が空いています。机はみかん箱ひとつです。一番勉強したい時間に、母親に内職を手伝うように言われ、そのあと勉強時間ができました。この状況で英単語100個を覚えてください。

まあ、同じ量英単語を覚えられるとしたら、精神力たいしたものです。

うちの親もそうなんですが、こういう「みかん箱」系の人、たいていその人がお金のない保護者だったりすることが多いんですが、自分が子どもの教育環境を整えられなかったことを、なんか自分のせいにしたくなくて、自分の聞いたことのある、友だちの友だちの友だちの子、みたいな、たまに出たアタマの良い子を根拠に、自己弁護していることが多くて。

まあ、あと、本当に地頭が良くて、その環境でもなんとかできた子どものほうが、できなかった子の苦労を理解しない場合もあるけど。

これね、貧乏でも仲の良い家庭とか、そもそもそんなに学力高くなくても安定して働ける仕事とか、親御さんもそんなに高学歴ではないので、自分のついている仕事などから得た、高い教育を受けてなくても、待遇がよくなくても、生きていけたらいいから、みたいな感じで家族で支え合っているケースっていうのを、自分が大人になってから見つけて、自分も、貧乏でも、こんな感じで生きて行けたらよかった、なんか、いつも、一発当てるような期待を親からかけられているのに、そのために必要な教育とかは用意してもらえなくて、「賢い子は自分でできるもんなんです。」って、無茶ぶり言われて育ったものだから。

正直、差別を受けていたことのあるグループで、グループ内の協力がすごくよくできていて、仲間の為に条件のいい仕事の情報などを、とてもよく共有していたことを後で知って

差別を受けていたとしても、仲間がいるほうが、普通に孤立しているよりも、有利な人生があるみたいだな、と、思ったことがあります。

もっと、よくある例を出しましょうか

子どもの時、親の仕事の都合で、転勤して、環境の違うところに引っ越した人はけっこういると思います。

引っ越した、どちらで育っていても、たぶん自分はそんなに性格とか成績とか、変わってなかっただろう、みたいな人もいるかもしれませんが、いなかで暮らしてたときはのんびりした性格だったのに、都会に引っ越したら、派手になったとか、塾でよく勉強するようになったとか、引っ越したせいで、性格とか成績とか、違ってきている人も、ある程度の割でいると思うんです、(というか、私の推測では、そういう人の方が多いと思うんです。)

まさに、私自身が、尼崎(武庫之荘)から、大阪市に引っ越しただけで、人生全然違ってきたと思ってますからね。武庫之荘という、いいおうちの人は塾に行って、その中で成績のいい人がいい私立に行って、ふつうから下は、チャンスがないんだ、と、思っていたのから、淀川区に来て、淀川図書館で、知識とは誰にも平等に手に入れられるべきものだ、っていう哲学を聞いて、ソレ、もう、私の完全な心の芯になってますからね。

知識って、お金なくても、自分で動けば手に入るものだ、みたいな信念は、大阪に来なければ無かったと思います。

まあ、引っ越しとかしたことない人でも、あの塾のあの先生の授業受けたら、生徒やる気出て、めっちゃ成績上がるで、みたいな話題の先生とか、聞いたことないですか?で、実際、そういう話題の塾に行ったから、その塾行く前には考えられなかったいい学校に受かった息子の友だち、みたいな人、いたりしませんか?

双子なんかじゃなく、一人の人間が、環境が変わったせいで、人生変わることって、普通にあるのに、たとえ同じ遺伝子を持った双子だったとしても、違う環境でそだったら、それなりに違うはずだろう、っていうのがあって

両方に古典楽器教えるとか、結果が同じようになるように、そもそも実験が調整されてない?みたいに思っていて。

って、昨日、マーベラスツインズ見てて、途中でしんどくなって頓挫したけど

自分に双子とかいて、この年で、50年離れていましたが、互角なので闘ってください、とか言われたりするんだろうかとか、そんなんないってないって、みたいなことを時々心配する。

若干ね、自分がもし、もっといい環境の家に生まれてたら、あの有名な人と同じぐらいの学問ができる人になっていたかしら、今先端の、あの学問に、携われる人になっていたかしら、それとも、お金があって遊べていたりしたら、勉強なんてそんなにしたがらない人だったかしら、普通に、貧乏とか困難な人を、無視したり差別したりする側になっていたかしら、とか、もし、自分に、そんな実験のために、金持ちに育てられた双子なんていたとしたら、見てみたいなと思う。

って、顕著な格差直視することになって、めっちゃ凹むだけかもしれないけど。

自分は、みんなが知っているルールを知らないらしくて、

ちょっと朝のブログとか、自分ホームラン打つつもりでバット振り回したんだけど、実は歴史的価値があるような高級ステンドグラスブチ割ってたんじゃないかな、みたいな気もちょっとする。

とりあえずこんな感じです。

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