ちょっと子どもの頃思い出して(最初タイトル入れ忘れた)

なんか、自分の小さいとき思い出す話多いんだけど、

あと、「天才」って言われたら人は喜ぶ、みたいな話で、よけいに自分の子どもの頃思い出すのがあって

まあ、自分の父も母も、違う意味で私を「天才」って呼んでいたことは前から言っているけど、

母は、単に自分がアホだから、わからないこと言う私が「天才」で、しかも自分の友だちに自慢できる話が他にないから、勝手になんか私がすごかったみたいに話していて、

って、実際、家にいるとき、母は、私に構えるわずかな時間はピアノを教えるとかに使っていて、けっこうあれができてないこれができてないとスパルタにバシバシやられてて、褒められた、という記憶はないのですが、母は、自分が娘を自慢してた記憶を、私を褒めていた記憶に書き違えていて、

母「いつもおまえのこと褒めてたのに。」

って、めっちゃよく言うのね、ウソつけー、みたいな話なんですが。

(これと同じ亊を、母はNoneにしていて、英検とか取ったとき、母はNoneに一言もおめでとうとも言わずに、合唱団の友だちに電話して、「うちの孫英検受かってん」って自慢しまくって、で、やっぱり「褒めたってた。」と、言い張っています。)

父は、自分は本当はできる男だったんだ、その遺伝子を継いでいるこの子は天才なんだ、みたいな形で私を「天才」にしていて、

小学校の時、新しい学年になって、教科書とかもらったら、まず熟読はさせてくれるんですよ、「おまえは一度読んだらもうわかるよな。」みたいな形で、

まあ、小学校の、自分の学年レベルの教科書を、自分で読んでわかる、という子は、ある程度いて、そんな珍しいもんでもないと思うんです。

ただ、そのあと、家で勉強しようとすると、

父「おまえは天才だから、勉強せんでもできなあかんのや。」(大阪弁じゃなかったはずですが。)

みたいに言われて、家で勉強してたらシバかれるんですね、

学研の「なんとかのひみつ」シリーズみたいに、教育的な本、っていうのは読むことができたのですが、教科書を家で読む、とか、まして参考書やドリルなんかは家になくて(っていうか、当時は小学生用のそんなものは、地域の小さな本屋では置いてもなかったのですが)学校の宿題とかも、当時なかったんじゃないかなと思います、やった記憶がないです。

で、1年から4年まで、学校の授業ってフルでは受けてなくて、発達の遅れた同級生のフォローを主に授業中でしていて、

で、授業中にやる小テストとかは、受けてて、で、まあ、100点か、1問ぐらいミス、ぐらいじゃないと許してもらえなくて、小3か4のとき、何かでしくって70点取ったことがあって、マジでシバかれたんですが

まあ、自分にとって、人から天才って呼ばれて嬉しかったことがないし、喜ぶ人の気持ちもちょっとわからないんだけど、

ちょっとね、小学校の時、発達の遅れた同級生のフォローしてた話を、ものすごく思い出して

小1のときはね、そんな「遅れた」って感じの子でもなかったの、3月生まれとかで、ちょっとついてこれないのかな、ぐらいの。(って、誕生月聞いたことないけど)

他にも、同じようなことしてた人いるの、他のブログでも見たけど、漢字とか計算とか、できるようになるまで、残って教えてあげる、みたいなやつね。

その日に習ったことは、時間と説明がいるけど、その日にわかってもらえる、ぐらいで。

そこまではよくある話だったんだろうけど、前も書いたけど、その子がお漏らししたとき、他の同級生、机とかガーンって引いて、すごい避けてるのに、自分はそれを雑巾で掃除する役で、まあ、同級生はたぶん保健室で着替えとかしてたんだろうけど、終わった後ちゃんと手を洗っても他の同級生から「エンガチョ」で、それ担任に助け求めても助けてもらえなかったっていうやつで、

まあ、自分が知らないだけで、自分が被差別民なんじゃないかと思う理由がそこなんだけど。

小1のとき、本当にクラスで口をきいてくれる人もいなくて、名前覚えてるの、そのフォローしてた同級生と、出席番号が一つ前の、自分と名字が似ていた女の子の名前だけなんだけで。

2年のときは、遅れているわけじゃなかったの。情緒的に不安定で、なんか、よくわからないところで、いきなりキレたり、泣き出したり、暴れたりするタイプで、それ止める係だったんだけど。

まあ、常時キレていたわけじゃないから、授業全然受けていなかったわけじゃないんだけど。

転校しあとも連絡が取れてた友だちから聞いた話(小2の時点では友だちではなかったんだけど、私、始めて友だちできたの小5だから、一応キレやすいから有名人だったので、卒業後も話には出たりしてて)では、あとで情緒的に落ち着いて、その子は中学では、けっこう優等生になっていたらしいんだけど。

小3と4年は、クラス替えがなくて、同じ子のフォローだったんだけど、

もう、本当にプロがフォローしないといけないぐらいの子で、

ちゃんと会話できないし、意思疎通も難しいんだけど、その子にひらがな教えていなさい、みたいに言われていて

私も、完全に授業からドロップなんだけど、

実際、ひらがなを覚えないといけない、という意志を持ってもらうのから難しくて、それ以前に必要なことがありそうに思う人だったんだけど、ひらがなを教えることに決まっていて。

意志疎通難しいけど、その子も、「これは覚えないといけないらしい、他の子はできるらしい、でもそれは、自分にはできないらしい。」ということは分かっていて、これを教えようとすることでやっていることは、彼の自尊心を潰しているだけだ、っていうのが、ずっとわかっていたんですけどね。

たぶんね、彼の自尊心を潰さないで、興味を持ったり、彼にできることをやったほうが、できないひらがなを教えつづけるよりよかっただろう、っていうのは、未だに思っています。

まあ、学校という制度が、難しかったんだろうな、って、思いますが。

ちょっと、今回ダークになっちゃったけど、フランチャイズで英語を教えていたときの話とか、日本語学校であった話とかを、生徒だった人のプライバシーとかに触れない形でこのあと書くかもしれません。(って、日本語学校けっこう書いたし、同じ話の繰り返しするかもしれませんが)

とりあえずこんな感じです。

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