サンデル見てて

先日、サンデルの正義論についての動画がおすすめに出ていて、まあ、なんで今コレなんかなと思いながら見ることにして、有名なトロッコの話とかしていて、別バージョンのトロッコの話とかしてて、ユーモアあって、面白いなと思いながら途中で寝落ちして、目が覚めたときにまだ動画やってて、すげえ面白い話の展開になっているのに気がついたんだけど、深夜だったし、翌日仕事あるしで、片付けて布団敷いて寝て、後日たぶんコレだろうと動画見てて

リバタニアンがボロックソに言われててすげえ、みたいな動画で

って、また後で確かめたら、これはいくつかある動画の、3つめのやつで、1つめのやつはほぼ見てて寝落ちして、2を寝てる間に見逃してて、起きて3つめ見て、後日見直したのもこの3つめだったんだけど、

この話は、『これからの「正義」の話をしよう』に載ってたのだろうか。

Noneが中学の時、最初に入った方の塾で、国語の特別授業をタダで受けられるから、面白そうな本を買ってきてください、と言われたので、この本がもう古本屋で100円で並んでたので買って持たせた覚えがあって、自分もちらっと読んだんだけど、トロッコの話のところ読んだだけで、だいたいこんな本なんだな、みたいに思って途中で読むの挫折したと思うんだけど

この回の講義の話載ってたんだったら、読んどくべきだったな、があって

まあ、哲学とか経済学とか興味の無い普通の日本人の人に「リバタリアン」とか言ったら、ナニソレ宇宙人?映画のタイトル?みたいな感じだと思うんですが、

講義見てもらったらわかると思うんですが、要は「稼いだ金はオレのモノ」っていう主張をする人たちですね。

稼いだんだからあたりまえじゃん、とか思われそうですが、まあ、アメリカの1%の富裕層級の金持ちの話になると、ある程度、「そんな1回の人生で使い切れないお金持ってるんだったら、貧困で死にかけてる人にわけてあげてもいいんじゃない?」みたいな意見の人もある程度でると思います。

まあ、講義の作り方が面白いですね。当時の世界一の金持ちがビルゲイツだったので、ビルゲイツで言われてるんですが、彼は秒で大金稼ぐので、もし道に庶民にとって相当な額のお金が落ちていたとしても、ビルゲイツは、それを立ち止まって拾うほうがロスになる、とか、そんな話が入ってて

持たざる者がこれだけいる世界で、そんな大金を持っていて、自分の財産の所有権を主張することの倫理性みたいな話をしていて、

ハラリとか読んでいたら、権利とか人間の集団が作り出した妄想なので、稼いだ側がそれを自分のものだと主張する権利をとるか、世界中の誰もが健康で文化的な人生を送る権利を持っているととるかは、結局はこの世の人々がどちらのほうが優先するべき権利とするかにかかってくるんだと思うんだけど

100円でとはいえ、買って持っていた本を、ちゃんと読んでなかった自分も自分なんだけど、この理論を、2012年の動画なのに、日本にいて日本語で、日本の知識階層から庶民にこんな講義がハーバードであったよ、ということが伝わってこないんだ、けっこう白熱講義とか、話題にはなっていたようなのに、みたいには思って。

宮台真司さんとか、日本の学識のある方の動画とか見て、まあ、人間結局小規模レベルの集団にわかれて、結局お金のある人が貧乏人にお金を分け与えるなんて事はしないことが証明されているんだ、とか言って、福祉活動するひとに諦めるように言い続けたりしてるんだけど、その実験をした時期ってたぶんずっと前なんだろうし、(構造主義っぽい話だと思うので、1960年代ぐらいの調査なんじゃないかと思うんだけど)

インターネットできて、同じような小規模集団で閉鎖されるかどうかわからないし、モノの作られ方も変わってきて、当時よりモノを分けても持っている側がそんなに損をしなくても済むかもしれないし、実際SDGsとか言って、貧困をなくそう、という動きをしはじめている人々も出ているし、うまくいくかいかないかはわからないけど、たぶん、その調査をしたときと、結果が変わってくる可能性というのは十分あると思っていて

いつまでも、ウェーバーに捕われていらっしゃると思って、私はもっと新しい、未来に希望を感じられる哲学を学びたいなと思ったりするのですが、

で、たぶん、この本が今日出るから、思い出したように動画が推薦されたのかなと思わなくもなくて

実力も運のうち 能力主義は正義か?

英語で読める人、英語の方が安いです。

The Tyranny of Merit: What’s Become of the Common Good? (English Edition)

ちなみに、中国のKindleで中国語で買うのが一番安いのですが、翻訳に偏りがないかどうかは微妙な気がします。

正直、この世の中を樹木のような生命体に例えるとしたら、花や実をとることだけを考えていた人が、もうこれ以上水や肥料を根に与えないと、根が枯れてしまい、しまいには花も実もとれなくなるのが見えてきているのではないかと思ったりするのです。

まあ、日本の中で言えば、囚人のジレンマみたいな状態になっているのがわかっていて、売り上げを上げるためには、従業員にもっと給料を与えて、購買力をつけさせたほうがいいのはわかっているけど、その従業員が、他社のものを買うかもしれないし、そもそも使わずに貯金してしまうかもしれない、みたいな感じだと思っていて

まあ、スーパーとか、従業員に割引券配るとかしてるところあるけど。

Fordとか、それまでの他の会社の従業員より良い給料を渡したのは、その従業員がFordの車を買うのだとわかっていたからで、

私自身は大きな会社はその会社に関連するサービスを受けられるクーポンを、中小企業もなにかしら連携団体みたいなのに所属することで、生活に必要な部分は現金で、生活の質を上げる分にあたる可処分所得は、なにかしらのクーポンで払えばいいんじゃないかしら、は、思うところはあるんだけど。

(追記:それじゃあクーポン分しか消費しなくなるから従業員にタダで商品あげているだけになるんじゃないの?みたいに思われそうだけれど、それに惹かれた優秀な社員がよりよい商品を作ったりアイデアを出したりして売り上げを上げるほうに主眼があって)

Noneにそれ言ったら、どの組織に所属するかで格差ができるから反対だと言われたんだけど、

いや、そんな格差、現時点で十分あるけど?

みたいな。

まあ、大阪市は、なんどか景気対策の商品券、市民に配ったけど。

実際、現在の日本の教育受けてて、アメリカの富裕層の1%の経営する企業に太刀打ちできる人材って、なかなか難しそうですよ。

彼ら、どんどん、一般人の賃金を下げる方で全力奮ってきてるみたいに見えますし。

まあね、私は、人間がみんな健康で文化的な人生を送る権利を持つなら、そのために必要な労働をする意志がある人に、その労働につくための教育や訓練を受けさせることができないほうに問題があると思っていて。

国が努力しても到達できないようなハイスキルの人材しか募集されないとか、人間がどんなに頑張っても機械で作る方が生産性が高いとかの場合は、もう、企業側が人材育成とかに着手するべきだと思うし(まあ、これは、大学によっては産学連携とか実際はじまってますが)人がやるより効率的に利益を出せる会社があるとしたら、国民が生活できるようにする雇用をなくした分の税金って取って良いんじゃないかと。で、それを職を失った人に、経済的な利益にはならないけれど、社会をよくするための活動をしてもらって支払うとかして。

実際ね、ある程度ハンディキャップを持っている人は、福祉の対象になって、作業所とか、(まあ、実際それで生活ができないような賃金だったりすることも聞きますけど)ある程度、保護されるわけです。

これが、イヤ、普通に会話したり動いたりできるけど、まあ、頑張っても、誰でもできるようなことしかできないねん、特に特技とかないねん、みたいな人がいたとして、いや、人柄ええで、やさしい人やで、みたいな場合に、いや、この人能力ないから、仕事ないのしょうがないし、食い潰れてもらわなしゃあないな、みたいになって、何のセーフティーネットもないとかどうなん?みたいに思ったりして

不正なやりかたで生活保護とかもらいにくる人とかでるのは、そのへんの矛盾があるせいだと思うけど

宮台真司先生、叩きすぎて申し訳ないけど、正直、動画見てて、おんなじ話多いし、ネットとか出てないとき、もの知らない人を代わりばんこに呼んできて、一度構築した同じ話していって、それで高いお金稼ぎ続けてきたんじゃないですか?みたいな疑問がよぎったりするんだけど、

庶民の目線から見るとね、いや、もっと、生活に必要だったり、危険だったり、作業的に難しかったりする仕事なのに、安い賃金だったりした人とか、たくさんいたと思うから、で、宮台先生、そういう人も含めて学識のない人を、けっこう簡単に「クズ」とか言うから、今回のサンデルの動画とか、今日出た本とか(できたら英語のオリジナルで読みたいけど)そのへんの倫理について考えたいなと真剣に思わされてしまう。

まあ、ただね、

自分、別に短大で英文科で、貿易事務の仕事につけたらそれでいいわ、って思ってて、中学の時の共産主義の家の子に呼ばれて、そこのお父さんにマルクスの『資本論』の勉強会とか呼ばれて、

いや、こんな昔の人の本やなくて、今もっと新しい哲学者が、(哲学じゃなくてもなにかしらの学術の人が)今この現実に沿ったものの見方ができる本を出しているんじゃないかと思って、そりゃ、マルクスに意見したことで「君が大学に行ってないからや」って言われた反感もあってだけど、大学行って、あるていど哲学の勉強をして、

まあ、卒業前に新しい哲学は、大戦後にユダヤ人がアメリカに移ったことで英語になってる、ってわかったところからの、進学あきらめて結婚して、生まれた子に、その子がしたい勉強ができるように進学できる子育てをしてたんだけど、

ひととおり落ち着いた時点で、英語で、動画で、字幕あるからわかるんだけど、サンデルやハラリが話しているのを見ることができる、

自分が子どもの時から持ち続けていた「問い」に、ずっと自分が関わりつづけている

それは、金持ちからしたら、アホやと思うかもしれへんけど、とても価値のあることのように思える。

まあね、不景気で仕事ないときに、フルタイムで働くのを諦めて、半日働いて半日ゲーテ行くとか、そのあと夜間主外大行くとか、主人に別居させられるけど、子ども塾いかせるだけの余裕がある生活費とパート収入あるとか、庶民の立場としては贅沢だったほうだと思うけど。

まあ、リバタニアンとか認め始めたら、ちょっと良いアイデアのサービスとか商品とか、ちょっと改良されて大手が小規模企業ではできない価格で売り始めるの予測できるし、実際にはいろんな意味で企業の利益に貢献している社員がいるのに、特定の資格がないとか、企業が指標とする査定内容で計れないとかいう理由で給料を安く抑えられたりとかしている人とかゴマンといそうなんですけどね。

小学校、道徳が教科になるとかいうの、こんな感じのもの、扱ったりすればいいのにな。

もう十分長いのでこのへんにします。

とりあえずこんな感じです。

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