祝日だったので

まあ、朝から家にいて、雨だし全然外出ていないんだけど。(祝日でなければ午前午後と仕事があるはずだった日で)

朝CCTV見てたら、中国でフツーに連休とかテーマパークとか行ってたり(さすがにソーシャルディスタンスとかマスクとかはしてるみたいだけど)なんか輸入品の博覧会とかしてたり、あとロケットとか飛ばしてたりするのを見て、若干、

コイツら・・・

とかは思わなくもない。

あと、欧米系のニュースはずっとバイデンのスピーチ流してて、それは私の能力では直で聞いて内容把握できなかったんだけど、BBCで後からされてる説明聞いてたら、すべての層によい教育とか職業訓練をする方向だとか聞いて、うまくいけばいいなと思いました。

まあ、アメリカの教育関係の本とか読んでたら、所得の低い移民の多い地域で教育成功している例とか見るので、これが本当なら、格差解消とか期待できるのかなとか思ったり

若干、そういう本で書かれていることの多くが、教科を超えた教育であることが多くて、まあ、世の中で実際に起こることとか、理科だけ、数学だけ、国語だけ、とかいうことがないので、実際に世の中で起こることを、教科を超えて学ぶ力をつけるものが多いのに対して、日本の学校教育が、高学年学科ごとに先生変わるとかになってて、最初聞いたときは、先生の負担減ってイイね!とか思ってたんだけど、教育効果とか考えたら、あまりいい方向じゃないのかしらとか思ったり。

まあ、朝、フロで中国語でアメリカの教育の本を読んでいたら(出たよ、無駄に国際的なヤツ、まあ、原書買うより安くなるんだけど)中国の新事情を書いた本がタブレット開いたときに広告で出て、タイトルが気になったから値段見たら、言うほど高くなかったので風呂の中で購入したんだけど、やはり、新技術に入れてる力が全然違うんじゃないかと思ったり

まあ、日本の場合は、景気が良かった時に、既存の勢力脅かしそうなハイテクとか、そんなことやりそうな人はみんな危険人物っていうか、準犯罪者扱いされそうで、あんまりパソコン系でオタクとかおおっぴらにできなかった時代があったんだけど、(アメリカでもある程度そうだったんだろうけど、あの人たち、「そんなの関係ねえ」みたいにできる人がそれでも出る文化していますからね)中国は、新規勢力を押さえる既存勢力がもともとなかったからかなとか思うし。

正直、日本はガリ勉とかいじめていい、みたいな風潮の時代あったと思うし、なんか、そんな文化のなかでひねくれておかしくなったのがオウムだったんじゃないかなとか思ったりもしなくもない。

なんか、理屈くさくて言ってること全然わからないけど、そっとしとこうとか、仲間にいれよう、みたいな文化があったら、あんな反社会的な組織に入らないでその学力をいい方向で使ってもらえる人材になったんじゃないかと思ったりするし。

まあ、今日は、資格とるための通信教育、提出して一応資格はお金だしたんだから取ろうと思って、提出物の下書きみたいなのを書いて過ごしてはいたんだけど

実際、すごいアメリカの教材とその教師用指導書買ったけど、で、よかったんだけど、現実に日本で標準的な英語教室来る生徒とか設定されている年齢とか考えたら、やりたいところでも取り入れられないところばかりになったけど

なんかねー、今している活動でそのポストにつながらなくもないんだけど、なんか、今その仕事ついている人たちが、若干例の「つながり」みたいなの入っていなかったら枠が回ってこないってヤツかなと気づきつつあるんだけど、まあ、自分から見える範囲で見ても、あ、自分がやろうとしていることができるところじゃない、みたいなのは気づいてて、まあ、できるだけ所得を確保しながら自分が学ぶことができたら、その枠に無理やり入り込もうとしなくても他のことをしたほうがいいんじゃないかは思ってるんだけど。

ってまあ、今やってる枠、来年あるかどうかわからないんだけど。

サザンオールスターズの汚れた台所キッチンの歌詞の

絵にかいたシンボル達やロックンロールは死んだ

あわよくば人生なんて風まかせ

みたいな(歌詞の方は日本語としてはちょっとおかしいんだろうけど)のを低音でシャウトしたくなるんだけど、

収録していたアルバムYoung Loveはあんまり好きなアルバムではなかったので、iPod Touchには入れてなくて、発売された当時に少ししか聞いてなかった曲なんだけど、YouTubeで音楽もプレミアで聞けるようになってスマホで聞いてたら流れるようになって

ああ、ある程度地位を確定していたサザンが、この時期伸びしろみたいなのに陰りが見えて、このあとどうなるんだろうと動揺していた時期だったんだろうな、みたいなのが、今聞いててわかるような気がするし、それが今の自分の世代の人々に当てはまるような気がしなくもない。

まあ、まだ引退するには早くて、今の生活の基準を保って生活したいなら、まだ活躍しないといけないんだけど、上からも下からもはさまれて、自分の実力で生き残れるんだろうか、みたいなのを、感じなくもない。

Noneが老後面倒見てくれるとか、主人が生活援助してくれるとかなら、今必要だと思うことを総括して調べたりする時間にしたいんだけど

って、図書館が緊急事態宣言で閉まる前日に図書館行ってて、ある程度勉強になりそうな本は借りてきてるんだけどね。

Schools That Learn: A Fifth Discipline Fieldbook for Educators, Parents, and Everyone Who Cares About Education (English Edition)

これ今キンドルで549円で、もともとジュンク堂で和訳されている本を見て、コレ欲しいと思ったんだけど、高すぎて

学習する学校――子ども・教員・親・地域で未来の学びを創造する

5280円の翻訳版と、549円のオリジナルだったら、迷わずオリジナル買ったんだけど、英語力がアレなので、実際より期待こめてる内容で解釈してないかとか自分で不安だったりしたので、和訳本が図書館で実物あったから、自分の勘違いとかないか確認するつもりでいるんだけど。

今964ページある中の、107ページまでしか読めてないんだけど。

って、英語で読んでて、めっちゃ印象に残ったところがあったんだけど、めっちゃ長いところだったから、ハイライトとか入れないで読み進めてしまって、いつか誰かに伝えたいと思ったのに、英語版読み直してどこだったか探せなくなっていたのを、日本語版で読み直したら、さすが自分の母語なので、数分で見つけられたんだけど、

和訳のところを引用したいんだけど(著作権的にこの長さ許されるのか自身ないけど)

▶①子どもは「欠陥品」であり、学校は子どもを「修理」する

 数年前、ある教育者が、以来これまで決して私が忘れることのないある話をしてくれた。

「私たちは、幼いその子が学校でトラウマに悩まされていることに考えも及ばないのです。」

 この女性が言っているトラウマとは何のことだろう。

 私たちの中に、学校に行ってはじめて、自分は絵が下手だと知ったという人がどのぐらいいるだろう。先生から、あなたは音痴だから他の子が歌っているときに声をださないように、と言われたひとはどうか。はじめて数学が苦手、国語(英語)が苦手だと知った人も・・・。自分に対したこうしたレッテル貼りを免れた人はほとんどいないのではないか。いつの間にか忘れているかもしれないが、私たちは昔、心の片鱗に「自分に対して下された評定」を隠しもち、しばしば同時に自分が見たくない血管から目を逸らせる方法を身につけている。

 こうしたトラウマが生じるのは、産業化時代の中核的な価値である「順応性」のためだ。組み立て作業ラインが次々と予測できないものを生み続けたら、それは効率的ではない。しかし、自然はまさにそうしたことをし、絶えず多様なものを生み出し続ける。組み立てラインの思考の中に、組み込まれた標準化の重視は、できの悪い「原材料」と見なす。学校システムはこの原材料と働きかけ、教育された終生産物を生むためにあるというわけだ。学校外では学習は能率的で自然に起きる(私たちは毎日の生活を通して絶え間なく何かを学び続けている。)しかし、一旦学校に入ると学習は違う見方で捉えられる。イェール大学のカマー・プロジェクトの元代表者で職員研修の専門家でもあるエド・ジョイナーは、これを「欠陥品の視点」と呼ぶ。これは学校の仕事は生徒が生まれつきもつ「欠陥」を「うまく修理」することだ、と考える教育者や保護者によく見られる態度だ。

 教育者たちは、この「欠陥品の態度」を公言することはない。しかし、学校の生徒は一人残らずその辛さを知っている。そして、それは特定部分の自己評価に留まることなく自分の存在全体へと広がる。はじめての数学の成績でCやDをもらった生徒は、彼らの答えが間違っていただけではなく、彼ら自身が「間違っている」という結論に至る。学校の教室で下される評価は、やがて何もかもを奪い去る自己評価につながる。

(中略)

「欠陥品の視点」は、議論の俎上に上げようがないだけに致命的だ。大人が自分も子どもの時には粗雑な扱いを受けて、「これが当たり前だ」と考えている場合には、子どもは自分が感じていることを言い難い。自分の仲間も粗雑に扱われているのをみると、これらについて議論することはさらに難しい。

ピーター・M・センゲ 『学習する学校』英治出版 p67~69

ここね、めっちゃ呼んでてアタマにこびりついていたんだけど。

「大人が自分も子どもの時には粗雑な扱いを受けて、「これが当たり前だ」と考えている場合」っていう部分に特にひっかかって。

今まで何度かしていた差別の仕返しの話に似てくるんだけど、まあ、うちの親父、子どものころ沖縄だっていうんで差別受けたとか言って、大人になって何にも関係なかった会社の同僚相手に、大卒だって言って上から対応しようとして、あの人のなかではそれが「復讐」にできると思ったんだろうけど

教師に、ちょっとデキ悪いな、みたいな対応受けて、腹立つのは教師のはずなのに、なんにもしてない、その先生に褒められてしまっただけの優等生いじめるとかも似てるんだけど

大人になって、教える側になって、自分がされたであろう、上から押さえつけるように対応されたことの「復讐」みたいなのを、攻撃しやすい生徒に対してしている教育者がいないだろうか、みたいなのは、前々から思っていて

学習者が今できないことを、「できない」って烙印を押さなくても、よりよくすることができないだろうか、っていうか、工場で生産するような教育をそもそも変えられないだろうか、人間はもともと知識欲があると、もっと前の部分に書いてあるんだけど、それをもっと活かせるようにできないだろうか、

自分で、学びたいと思って、学ぶことができたら、それでいいんじゃないか、みたいな。(若干そこで、今ここトレンドよ、みたいなアドバイスができたらいいぐらいで)

教育に携わる人で、一般企業の仕事がどうなっているか知らない人が多いから、もう終わろうとしている産業革命以降に形作られた教育を、そのまま続けて行けばいいと思っている人がまだけっこういるんじゃないか、みたいなことを常々思っていて

もうね、私も昔先生にそうやって怒られたんだから、あなたも怒られなさい、みたいな、そういうの、けっこう見るような気がして

私の子どものときとか、熱血青春教師のドラマとか、そのあと「〇八先生」とか、あと、だぶ後でもトシちゃんとか教師ドラマしてたけど、教師が主人公のドラマって、いつからいつまで流行っていたんだろう?今もあるのかな?

なんかねー、私は、生徒の方主人公にしたいな、みたいなのがあって、『ナルト』で言えば、生徒がナルトとかサクラとかで、自分カカシ先生みたいな、脇役だけどそこそこいいポジションとれたらそれでいいな、みたいな。

数巻後になったら生徒役の方が強くなっているの当たり前、みたいな感じで。

まあ、生徒押さえつけるようにする先生とか、まあ、そうしないと収集つかないとか、やれば収集つけられる方法ほかにあるかもしれないけど、忙しくて考えられないとか、いろいろあるんだけど、時々、生徒の上に出るの嬉しくてしゃーない、みたいな人とか、(ぶっちゃけジェラートとかな、人の上に出れそうな場面で漏れなく上から出てる気がする。正直、お子さん上から言える学校行ってたら、絶対マウント取りに来てると思ってるけど、言ってこないからそのぐらいのとこかな、とか勝手に思ってたりして。受験前にNoneの仮面で受ける大学の判定が悪いから、諦めてるんですとか言ったら、「判定とか関係ないない。」とか言うから慰めてくれるんかと思ったら、「ウチの子なんか、去年判定Bだったのに、ダメだったから、もう判定なんか関係ないから。」みたいに言われたよ。結局ソレただの自慢やないかい、みたいな。まあ、幼児に近い生徒にうるさいとか平気で言うこととか、そのくせ自分が授業中私語多いこととか、自分の方がうるさいやろとちょっと注意するようなことを言ってみても、逆に大声で話し出したりして、性格悪いの直す気ない人ってマジでいるんだ。みたいに思ってて。ホンマずっと見てて、正しいことしようとする人より、悪い人間でも立場が強かったら勝ち、みたいな考え方してるんだろうなって思う。)

まあね、そんなんあったから、ガチで勉強しようと思うことができているんだけど。

まあ、コンビニで働こうとしたときも、あのチーフいなかったらコンビニ辞めて日本語教師になる学校行こうとか思わなかったしな。

って、今、何かYouTube見ようとしても、お勧めの中に日本の動画上がらないんだよな。なんか飛ばされた感すらあるんだけど。

とりあえずこんな感じです。

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仕入れの準備中

まあ、なんか、アタマおかしいこと書いてるわー、とか思われそうなこと先日書いたんですが、まあ、伝わるところには伝わったらしく、朝、YouTube見よかー、って画面クリックしたら、

この最近の閲覧利益から、ソレは出てこないだろ、みたいなのがズラッと並んでいて、仕入れて欲しいのそちらですか?みたいな。

ソレって、仕入れられるようにするところから始めないとアカンやつじゃないですかー、みたいな。

まあ、それ自体ができそうな人が少ないのはわかりますが。

っていうか、別口なんだけど、某アプリのセールで、安くなってたけど、手が回らないだろうからいいや、って、買わないでいたの、セール期間おわってるはずなのにその値段で並んでいるの見て、買っておかないとアカンやつかな、とか思って思わず買ってしまったんだけど。

さっき調べたら、そっちはかなり後回しになるか、ただの無駄遣いに終わりそうなんだけど、

午前中そちらのことやってて、午後また風呂入りながら中国語やって、

あと、BBC見てたら、スペインで屋内の大型コンサートを試験的にやったらしくて、全員検査して陰性なの調べて、マスク付けての参加で、別にソーシャルディスタンスとかしなくても、クラスターとか怒らなかったとかが放送されてて、

まあね、自由に活動できるために、市民も政府もリスクしょってこういう実験するところが西洋人かなあと思いました。

何度か一日に繰り返して何人かのアナウンサーが報道してたんだけど、最初に聞いた人だったかな、英語で「マスクのいいやつして」みたいに言ってたものだから、

大阪で感染者が減らないのは、大阪人がみんな「やっすもんの」マスクしてるからちゃうやろか?

とか思ったんだけど、まあ、その後、別にマスクがそんな高級品だったみたいに言う人はいなかったので、まあ、私五〇枚で三〇〇円台の安物マスク買いそろえましたけど、箱に99%保護とか書いてあるし、たぶん大丈夫なんじゃないかと。

まあ、今日はオンラインの授業じゃなくて、課題出されているだけで、片方は面白そうな本をテーマにしてたから、本欲しいなと思ったんだけど、めっちゃ高い。

図書館今緊急事態で開いてないしな。

外国語で調べたら安いのないかと思っていろんな言語で調べてみたら、台湾の書店で日本語版の10分の1ぐらいの値段で電子書籍が出てるから、買おうとしたら、売り切れってなってあって、

なんで電子書籍が売り切れるねん?みたいにキレてたんだけど

出版元、北京大学出版社だから、潰れてるってこともないだろうし

っていうかねー、いろいろ、怖いよねー

なんか、部屋の中で、変な機械の小さな異音が聞こえて、いや、部屋の中ちらかってるけど、そこに端末とか置いてないはず、みたいなところから聞こえて

言うて、カーペットの下、なんかタブレット隠れてましたとかかなと思って今日部屋片付けるんだけど、

いやコレたぶんコンセントからやで、みたいな。

で、間違いないと思ったので、電源タップ一つ抜いてみたら音が消えて

まあ、タコ足配線してたら電源タップとか異音出るんか?とか思ったけど、いやソレ、どういう理屈で?みたいに思って、

抜いたり挿したり繰り返したら、異音しなくなったからもう放置してるけど、怪しさハンパないよな、とかは思っていて。

もうね、異音がイヤだっただけなの、音敏感だから、もうそこになんか仕組まれてるとか、全然諦めてるから

っていうか、ECHO SHOWとか、カメラついてるの、自宅で写ってるものとか、アマゾンにダダ漏れだってもう聞いてるし

っていうか、もう、アタマおかしいだけだって言われるの解ってるけど、もうすっかりテレビと噛み合ってるつもりで毎日暮らしてるし。

課題ひとつ下書き書き上げて、書いてたら、懐かしのドラマとか話題にしたから、Netflixとかでやってないか見たら、全シーズン揃ってて

前最後の数シーズン入ってなかったんだよな。

久しぶりに見たら、放送してたときの年号が入ってて、(まあ、あの、出演者が途中で亡くなったやつ)

ああ、もう、そんな前の話なんだ、みたいな。

英語の字幕と日本語の字幕が同時に見れたらいいのに、って、ずっと思っていたドラマだったけど、今NNLでソレできるんだって気がついて

まあ、ちょうど歌えるやつ探してたから、時々見ることにしてもいいなあと思ったんだけど、

これも好きだから歌いたいなあと思って、そういやMacbookAir買ったから6ヶ月Apple Music入ってるんだと思い出して、iPadのMusicで見たら、歌詞付きで見れて

そこそこついて行って歌えるね。(歌詞見ながらだったらだけどね)

ちょっと昔より記憶力戻ってきてるから、歌詞見なくても歌えるようになると嬉しいけど。

って、思考できないとか、覚えようとして覚えられないとか、その時期はその時期でメリットはあったなと思って

自分で考えることができないから、キクタンとか聞いてたとき、雑念ほぼゼロで聞けてたんだけど、今ソレできないのね。覚えようとして覚えるとかできないけど、運動記憶みたいに、体で覚えるみたいな覚え方はできてたのね

英単語聞いて、そのあと日本語聞いて、その英単語をもう一度繰り返して言ってもらったときにイメージ記憶するようにひたすら繰り返して聞いていて

今英語でも中国語でも、それやろうと思ったら、その前後に起きた出来事とかに対して思ってることの雑念が浮かんで、ほぼできなくなってて

歌詞見て音楽聞けるようになってるのが気に入ったら、学生の間は学割で聞けるから、そうしておいてもいいかなとかは思わなくもない。(って、いろいろサブスクライブしすぎてるから、若干整理したほうがいいとは思ってるけど)

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強く なりたい

まあ、分かち書きで書いて「強く なりたい」なんですが。

日本語学校で、まともにやっても自分は認められないんだ、って実感したあたりから、ほかの職場でも同様のことを思うようになって

『無限の住人』の、乙橘槇絵おとのたちばなまきえのことばかり思い出して。

まあ、前にも紹介したけど、『無限の住人』に出てくる中で一番強い剣士で、女で。前も言ったけど、人の立場の上下とかの問題で強いのではなくて、マジで剣術で強くて。

本人は別に人と闘って勝とう、とか、ぜんぜんそんな人じゃなくて、

まあ、強いから、闘いたくないのに、闘うように言われてしまう人で、剣士になりたくないので芸子とかやってるんだけど、断れない人から言われて闘うことになって、芸子やめて橋の上に立っているときに、抜けたお店の人がチンピラ雇って連れ戻そうとするんだけど(店の人とチンピラは槇絵が強いの知らない)

槇「判りました」

槇「・・・私が 子供だったんですね」(原文が「子供」です)

槇「たった今ね・・・理解ったんですよ。」

とか言ってチンピラ瞬殺して、泣いて剣士に戻るっていう・・・

まあ、「むげにん」の2巻3巻あたりの登場人物なので、興味のある方見て欲しいんだけど

闘っているうちは夢中で気づいてなくて、終わってから自分で震えるようなタイプで(ソレ逆に怖ぇよ、みたいな人格だけど)

まあ、結婚する前に6年付き合っていたひとが借り本屋(その時期ツタヤとかゲオで漫画貸してなくて、駅前に個人が経営する漫画の貸本屋があった)で、借りていて、絵がきれいだったから、たまたま見てた漫画だけど

当時の自分はどっちかっていうと、かなり美化しても「凛」って感じのキャラで、まあ、その時の彼も、ガタイ的には「卍」っぽくて、まあ、ぜんぜんこんな漫画みたいな設定は私たちにはなかったんだけど、卍と凛の人間関係が、当時の私たちの付き合い方ににていたな、って感じなので、読んでてすごいメランコリーなんだけど。

(っていうか、今日すごい思い込んでて、オンライン授業終わってから、VRでプライムビデオの「むげにん」見てたら閑馬永空しずまえいくうの回で、血仙殺を飲んだ卍が血ィ噴き出して死にかけているのに、凛が家伝の薬を飲ませて治す話があるところなんだけど、いや、そのちょっと前に、彼がすげえ下痢したことがあって、持ってた正露丸渡して治したことがあったんだけど、まあ、「そんな薬で治るか」とか、ちょっと口論したあたりとか、すげえ漫画とその時の状況が、漫画に比べたらえらい庶民的な状況になるけど似てたのがすごい記憶に残ってたのを思い出して)

まあ、本当に元カレとか言っても、いつも彼は夜なにかしらのビデオを見ていて、私横で熟睡していて、名前とか、ふだん彼の下の名前にさん付けだったんだけど、甘えているときとか「あんちゅん」とか呼んでて、まあ本当に、兄妹みたいな付き合いだったと思うんだけど

ってまあ、ソレはいいや、乙橘槇絵おとのたちばなまきえみたいに、「判りました」とか言って、相手瞬殺したいぐらいの心境になることが最近多くて(怖ぇよ)

途中遊女に戻っちゃって、結核とかなったあたりから連載追うのやめてて、で、Noneが高校受験終わった後に単行本買いなおして最後まで読んだら、やっぱラスト一番強かったので全巻キープしてるんだけど。(自炊して電子書籍化する予定だったんだけど、カバーとかに書いてある作者の話とか面白くて好きだから、コレがなくなるももイヤだなとかあって踏み切れないんだけど。

マンガのキャラで、自分たちとこのキャラ似てるなっていうのが他にもあって、ワンピースのミスター3とミスゴールデンウィークとか、すげえ自分たちに似てた。(当時の私がミスゴールデンウィークみたいだと言っているのけど知らないから気になる人は、どんなキャラか画像検索でもしてください。たぶん、それにほうれい線描いて白髪交じりにして、ちょっと太らせたら今の私です)

ってなー、教育機関の仕事やってて、駄菓子屋のおばちゃんみたいに駄菓子の代わりに知識とか考え方を渡すようなやり方で教えたいとか思ってる話を、前に書いたと思うんだけど

もっと賢くなって、もっとちょっと大人のお客が来ても、好みのものを出せるぐらいになれないかな、とかも同時に思って

ゴルゴンゾーラとか欲しい人がいるみたいだから、ウチの40年ぐらい発酵させてたネタは出してみたけど、(もうソレ発酵通り越してちょっと毒ある、いうやつかもしれなかったけど)まあ、自分ではバランスよく新しいネタもくっつけたつもりだったけど

駄菓子屋で思い出すのが、浦原商店で、(『ブリーチ』の、浦原喜助がやっている駄菓子屋で、まあ、死神が使うのに便利なグッズとか売ってるんだけど)

人とか漫画キャラの名前とか、なかなか覚えないタイプなんだけど、浦原喜助は一発で覚えて、

まあ、自分がめっちゃよく知っている人の名前の、ほぼアナグラムなので

私と知り合いだったころは、ウインドウズとか出てないから、98とか使ってた人だけど、当時全然疑問抱かなかったけど、貧乏なはずなのに、なんかパソコンは当時100万とかするものだったと記憶するのに、マイナーチェンジでも買い換えられてた気がして、あれどうやってたんだろう、みたいな。

十二番隊隊長のモデルだとしたらピッタリすぎる気が、(っていうかね、アナグラムにならない部分が「助」で、たぶんソレ「スケベ」の「助」だなとか思って、なんか、マニアの友達からあだ名「スケベ」にされてるとかも前聞いたことあるし)

まあ、私は十二番隊が扱うような商品は扱えないけど、まあ、自分が得意なこと頑張って品揃えできないかなと

(っていうかね、本当に、Noneが幼稚園ぐらいのころ、自分が置かれている状況が理解できなくて困惑していたころ、まあ、主人に言われて、夕食後にスーパーにボトル持っていったらもらえるミネラルウォーターもらいに行ったら、夜道、目の前に、浦原喜助のコスプレしてチャリ乗ってる男が目の前通り過ぎて、思わず「うらはらきすけ~?」とか叫んでしまったことあるけど)

まあ、当時、いろんな意味で信じられん人が目の前通行していたんだけど(ある時期から慣れてスルーするようになって。もうイチイチ驚いてやらない、みたいな)

いろんな意味で、強くなって、品揃えできるような準備をしていきましょうかね。

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錯乱していて

なんかもうちょっと朝からいろんなことして訳わからなくなってるんだけど。

いや、昨日の晩、あっちゃんのHUNTER×HUNTERとか見るけど、寝落ちとかして、

朝起きて、風呂入って中国語の『クリエイティブスクール』読んで、ラジオ英会話聞こうと思ったらファイヤタブレット充電切れてて、音源の語学プレーヤー入れてるiPadも充電ギリギリっぽかったので、充電して、で、昨日寝落ちしたHUNTER×HUNTERとか見直すんだけど、寝てるのか起きてるのか状態で

1998年代とか、まさに漫研いた時代なんだけど、読んだことなくて

何かのアナロジーだろう、というのはわかるんだけど、「これだ」という確信をつけるものがなくて、

終わって、Noneから副外国語の中国語の発音について質問来たから、ある程度教えるんだけど、親子中国語とかする気ないらしいから、テモ中国語見れるように工夫しようと思って。(一度見て完了ボタンを押さないと次の授業動画見れないので、とりあえず全部見た状態にしようと思って)テキストだけ見ると、もう、この初級レベル、私学ぶことないや、みたいな状態だったんだけど、実際動画流すと、中国の地理の話とか、知らない話題を知らない単語使って話すので、まあ、全然見なくていい、みたいなものではなかったのだけど、

で、ラジオ英会話やって、

学校の宿題になるレポートのもとになるだろう本を図書館で借りてたので読んで。

って、直接その授業の宿題になるような本じゃなかったんだけど、フッサールとかヘーゲルとか、あと、後半になるとボルノーとか出るよ、みたいな、懐かしい状態だったので、趣味っぽく見てて、

結局レポート、読んだ本全然関係ないこと書いて提出したんだけど。

って、その本読んでる間、あっちゃんの韓国の反日感情と歴史についての動画、前に見たことあるけど、流れ始めたのでそのまま見てて

まあ、自分の身内同士で仕事紹介しあうとかいう話題から義叔母のこと思い出したりしたんだけど

どこまで書いていいかな

まあ、韓国か朝鮮かはしらないけど、そちらから来た人で、同郷の人たちとガッツリ結びついていたのは覚えていて

もう、日本中のどこにどういう同郷コミュニティがあるとか、センターとか共通テストに出るんですか?言うぐらい、網羅して日本地理覚えていたのを知っていて

まあ、自分沖縄からの同郷の知り合いとか全然いなかったから、聞いてて気が遠くなったのは覚えているけど

って、その沖縄の父親、その義叔母が母に紹介した在日の友だちへピアノ教えるバイトを通じて母と父知り合ってるから、そこ父全然関係ないわけじゃないかもしれないけど

まあ、母に自分の同郷の友だちにピアノ教える仕事紹介するところとかも、同郷の人に(たぶん母、相場より安くピアノ教えていたと思うので)いい話分けていたのわかるし、

幼稚園の頃だったかな、義叔母に、喫茶店についれていかれて、コーヒー飲まされるんだけど(自宅でも、貧乏で当時高価だったジュースとかあんまり家でも飲めなくて、甘い飲み物とか、幼稚園なのにインスタントコーヒーで作ったカフェオレばっかりだったんだけど)

まあ、何かの食レポの仕事ですか?っていうぐらい、「うまいって言って飲めよ」みたいな圧がかかっていたのですが。

叔母、北新地で幅きかせた仕事してて、儲けていて、それを、同郷の人が経営するお店とかで分けるように使っていたのが当時幼稚園だった私にもわかって

義叔母の主人だった、母の兄である叔父は、音楽活動とかしていた遊び人だったのが、義叔母の紹介で就いた仕事がうまくいって、まあ、上場企業の高給取りになるんだけど、

生まれた子ども3人は、お金だけ渡されて放置されてたように思います。

従姉兄の部屋って、ホラーとか、気味悪い漫画の本しか置いてなくて、母が実家でピアノ教室やるとき、そのホラー部屋で一人数時間閉じ込められてたんですね、幼稚園の時

字は読めたんだけど、気味悪い本しかなくて、従姉兄たちは外に遊びに行っているからいなくて、拷問うけているような気持ちでいつもその部屋いたんだけど

正直、そんな本ばかり見てたので、それが普通なのかと思ってずっとそういう話題をするようにしていたら、小1か2年の時、比較的良心的な少年が、「なんでオマエ、そんな気持ち悪い話しかしないの?」って教えてくれて、そこでやっと、コレ普通じゃないんだ、っていうのを知るのですが。

まあ、父から離れて大阪に来たあとも、叔母とかやってるアンダーグラウンドな活動とか、母とか他の親戚から聞いて、怖いなあ、は、思ってて

そんな人ばかりじゃないとわかってるし、でもやっぱり、ほかの外国から来た人に自分が沖縄だって言ったとき、まあ、若干仲間感みたいな受け入れ方してもらえるのに(そりゃね、誰だって心の中では母国が一番だったりもするんだろうけど)前も言ったけど韓国の人は、沖縄は韓国より格下だからな、みたいなことを遠回しに確かめるような発言をされた記憶が多くて(文化なのか知らないけど、格付け好きな気がする)

まあ、今、自分思うのは、日本人ももっとお互い協力しあったほうがいいよ、みたいな、もちろん、日本人じゃないから除け者にするとかダメだし、親日的なら海外の人でもその輪に入れるような形で

まあ、私の最初の彼氏、たぶん家の人在日だったんだろう、みたいな親御さんの、就職で苦労した話とか実際に聞いたから、(某大企業なんだけど、調べたらびっくりするぐらい給料安くて、たぶん社会的立場の低いひとをたくさん雇っていたんだろうなと推測していて)

そりゃね、日本人と同じように働いているのに、全然賃金違う、みたいになったら、楽して儲けている日本人と結婚して、貢がせてやろうとか、たぶんそれがどこの外国人だったとしても、その境遇になったら、そういう発想になってもおかしくないと思うけど。

ちょっとね、義叔母がしたこと、怖くて書けないし、義叔母自体、ある程度の年齢になったときに、アルツハイマーとかじゃないらしいんだけど、まともに話すことができない病気になったらしくて、筋が通った話が全然できなくなっているんだけど、若干、彼女が若い頃にした、人にバレたら困ることが言えないように、なんか飲まされてそうなったんじゃないかなと疑ってしまうぐらいなんだけど。

まあ、若干言えそうな範囲って、新地でバブルの時偽ブランドバッグばらまいてたぐらいのことかなあ。(通関でときどき捕まってた)

ほかにも、言えるか言えないかビミョーみたいな話あるんだけど、このぐらいにしておいて。

日本が好きで、日本でいい仕事していたり勉強していたりする人もいるから、それは日本人にも犯罪者いたりいい人いたりするのと同じだから

ただ、そのコミュニティのつながりの強さが、義叔母のさらっと流すように話していたことから推測できるだけでも恐怖感は実際ある。

なんか、前に、右翼のおっさんなのかもしれないけど、韓国と日本の間に高速道路できることに文句言っている人がいて、

今日、中国からのシルクロードがもう高速道路になっているのを思い出して、ちょっと調べたら

たぶん、アジアハイウェイというやつの話をしているのではないかと

アジアハイウェイ出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日本、韓国、北朝鮮、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、バングラデシュ、インド、パキスタン、アフガニスタン、イラン、トルコのルートらしいけど、北朝鮮とアフガニスタン入る時点で実現不可能とか言われているみたいで

まあ、若干ルート変更あっても実現したら面白そうだなあと思う。

ってねー、BBC見てて、今すごくコロナの危機にあるインドをどう救おうとかの話がやたら流れるんだけど、

インド、人口から言っても技術から言っても、これから伸びそうだし、味方にしておけば中国が台頭しても対抗できる相手を仲間にできると考えているのかなあ、とか思った。

まあ、今日本も大変だけど、その辺一枚噛んでおけばコロナの後の景気回復とか、期待できないかなあとかも思う。

っていうかねー、先日(ってもう数週間前だったかもしれない)台湾が水不足で、それで半導体が作れなくなってるとかBBCで言ってて、たぶん水とか、技術とか資源とかいう意味では日本、協力しようと思ったらできるんだろうけど、中国とケンカなるかもしれないからできへんのかな、とか思った。

なんか難しいわ。

買って全然開けてなかったテモ韓国語、まだ寝るには時間あるし、開封して少し動画授業見てみようかしらとか、ちょっと思った。

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終いにできると思ったんだけど

昨日のブログ、午前めっちゃ早い時間に書いたので、あの、「やさしそうな」ツイッターの前に書いているのがわからない状態になっているんですが。

教祖さんが、前のブログ、確認してスルーしたのか、知らないで書いているのかわからないんですが、

若干、もう、この10年そこそこの話を、もし今までタゲったり、そんなに悪くないのに悪く言った人に謝れるなら、終いにしてもいいぐらいのつもりで書いていたのですが。(まあ、私自身は、散々カウンターパンチ入れてるから、謝りたくないだろうけど)

やっぱり、きのうのツイッターも、簡単に言える優しい言葉にすぎないんですよね。

まあ、去年度の卒業者とか、せっかく大学とか専門学校とか出たのに、就職おじゃんになって奨学金返せなくなって、将来どうなるか解らない人とか、たくさん出たじゃないですか。

不安を軽減する言葉とか、必要なものだと思いますが、(まあね、たぶん、トイレットトレーニングとか、英語習得とか、その類いのことを限定して話をしているんだろうと思うんですが)無責任感はめっちゃある発言ですよね。

自分や、一握りの、たぶんある程度余裕のある周囲の人間が大丈夫だったから、他人に大丈夫だと言うやりかたって、

あなたが、他の、まだ経験の浅いおうち英語の引率者に言っていることと同じで、自分の子、少数の経験しかないのにこんなことを言う、っていうのと、そんなに変わらない気がします。

この発言、けっこう何度も言っていたし、でも、自分だって経験ないところから始めて、賛同されて長くやってきてるんじゃん?みたいに思って

この新人、あるいは中堅は、経験数がまだ少ないけど、メソッドがしっかりしている、とかいうのが全然ないらしく、自分より経験数少ないところは漏れなく潰そう、みたいな勢いで書かれていること多いですよね。

言うて、まあ、あなたのところは英語が優先じゃなくて、人との「つながり」が売り物であって、英語はオマケでついてくるものらしいんですが、

まあね、一つのメソッドとして、いいと思います、言語習得ってそういうものでしょうし、

ただね、悪くない人を悪く言う、とか、それ指摘されてるのに認めることも謝ることもできない人との「つながり」って、人的教育的にどうかな、みたいなのは、同時に思いますね。

まあ、世の中、イキオイある人、パワーある人に付くのが人間の本能的な正解なのかもしれないけど。

実際こんなに残念な人がリーダーじゃなきゃ、とてもいいメソッドでやっているところなのに、みたいなのはずっと思って見ています。

まあ、あなたが、お父さんの資本とかの中で作ることができた人とのつながり、って、食べることができる仕事につながるものだったかもしれないし、今売り物にしている「つながり」で、まあ、そんなに努力しなくても、そこの会員さんたちがまたお互いに就職先を紹介できたりするものだから言っているのかどうかわからないけど、

昨日箕輪さんのYouTubeとか見て、ふつう何ともできないような天災が起きても、それを何とかするぐらいの気概でなければこの世の中生きていけない、みたいな話してたの見てて、見てて、ソレはソレでキビシーな、とか思いながら見てたんだけど、

まあ、底辺っぽいところに生まれて、平均的な生活手に入れるのって、かなりそれに近い心構え必要だったところはあるんですが、

たぶん、温室の中でお育ちになったお嬢様がお母様になって、また他の温室にいらっしゃる若いママに語りかけているのだろう、

まあね、前みたいに、ちょっとうまく行かなくなっている人を例にだして、こんな人よりマシ、とか、言うことなくなってきたからね、よくなってはいるんだろうけど、

とりあえずこんな感じです。

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10年そこそこ見ていて思うこと

教祖さんが、今からでも学問を学びたいとおっしゃっているようで。

それは、いいことだろうと思います。

10年ほど前は、大学に行くような人を、4年間遊んでいるだけだというような発言をされていたところから、かなり変わったと思います。学問をするような人を、ささいな人間生活の大事さを優先していないような人だとおっしゃっていたこともありました。

(なんかね、そういうことを、なかったかのように、周囲の人が応援しているように見えるのがやはりちょっと気になりますが。やっぱり人よね、的な)

ただ、あなたに足りないのは、学問以上に、本当の意味での「優しさ」だと思いますよ。

みんなが優しいと言っていること、簡単にできる優しいこと、優しそうに見えたり聞こえたりすること(よく考えたらそんなに優しくないこと)は、たくさんされていますけどね。

で、周囲の方も、似たような方があつまっているんだろうなと思います。

本当の教育虐待はあると聞いています。でも、明らかに、問題は受験制度とか教育制度の方にあって、その中で経済的事情とか、あと、保護者の方が十分な教育に対しての知識がなくて困ったり間違っている状態にある人を、情報を出したり、(お金がないならないでできる方法とか、親が教育を受けて無くてもできる方法とか)親の緊張をほぐすとかしたほうがよりよい結果が期待できるような相手に対して、「虐待だ」「虐待だ」と言って、悪者扱いして自分たちの仲間内がそういう人に対して優越感を持てばその中で私は正義の味方になれる、みたいなことをしていましたよね。たぶんその相手は、それを見てよけいに追い詰められる状態になったと思われるのに。

その誤りを認めて、傷つけていたかもしれない人に、謝るつもりは今もないですか?

そのほかにもね、味方が少なそうな人で、確かに問題のあることはしているけど、その人の置かれている状況を考えたら、(雨の日の通園自転車とか、ガラ空き電車で隣に座られてキレた人とか、わかりやすいのは数が少ないんだけど、微妙なのはいままでにたくさんあって、割り勘で1円でもピッタリ払いたがる人とか)その人にも事情があったり、考えがあったりする人を、かなりに悪く言うこともたくさんありましたよね、

自分に、そういう、味方の少ない人を傷つけて、それで優越感を得ようとする傾向があることを認めるつもりはありませんか?

学校英語しか受けていない(しか受けられない人多いんですけどね)馬鹿にした発言もありましたよね

家庭で、よりよい学習環境を用意できることはいいことです、でも、それができない人を傷つける発言が多かったことも認めるつもりはありませんか?

それなしに、心理学や経営学を身につけようとしても、また傷つける人を増やすだけの知識をつけるだけか、優しそうなことをするだけで満足しているように、賢そうに聞こえることを覚えただけで満足することになると思いますよ。

まあ、なんか、そんなことにどうせなるんだろうなと思いながら、一応自分の思ったことは書いておきます。

とりあえずこんな感じです。

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教祖とかその信者とかな~

いや、なんか、じょあんな、一度他人否定したら、もう絶対意見変えない人間だと思われてるところあるんだけど、

けっこう、そこに至るまでに、けっこう相手に確認いれてるところあるんだけど、

教祖にだってな、ブログにちょっと誤りがあるんじゃないかと思ったとき、そうじゃないかと問うような内容で自分の間違いとか認めないかなと書いてたときあったんだけど、全部、「うらやましがられてひがまれている」扱いで終わってたみたいで、

あっちゃんが「いい夫やめます」発言の時にめちゃくちゃ叩いてたのも、読解力に問題ないですかと問うてても、結局認めて訂正するようなことはなかったし、でもその後、あちゃんがYouTubeでうまくいった後、なんかまずいと思ったのかどうかわからないけど、「西野もいいと思ってた」とか言って、仲間ちょっと褒めたらチャラにできたようなノリでいたの覚えてるんだけど。

それで認めてくれる友だちたくさんいるのって、「やっぱり人よね」みたいに思ったけど。

なんか、今回、あっちゃんが相方から反感表にだした動画とかあげられたの知ってかどうかしらないけど、あっちゃんに反感持つ人私の心的統計で9割、とか言ってた教祖の言ってたこと、やっぱり正解だったって信者が喜んでるのかツイッターの「いいね」が急にめっちゃ伸びてるな、みたいに思ったりしたんだけど、教祖最強、みたいな感じなのかな、とか思ったりして

この文脈で言えば、「いい夫やめます」発言とか、今回はむしろ、いい夫とか、いい父親になろうとしたんだろうと思うよ。相方とか、周囲の仲間の反感を買うほどに。

今日、学校、まだオンラインじゃないから(今日が対面授業の最後の日)通学する間、まあ、アバターだし、画面そんな見なくていいから、バックグラウンド再生で動画聞きながら学校に行ったんだけど、

まあ、こんな動画挙げながら、自分だけ金持ちに、(それも、弱者の所得を踏み台にしたような金持ちに)なるとか言ったら視聴者とかからフルボッコになるのとか、当然解ってると思うので、さすがにないかな、とかは思った。

まあ、吉本とか、大御所とか、間違ってても普通身を守るために逆らわなかったりするところを、自分が正しいと思ったところを言ってしまう人だし、

仕事だから、さして特別うまいわけでもないラーメンを、めっちゃうまそうに食べたりする仕事とかも、いやだからやめてしまう人だし、

そんな知識も教養も無い、たぶんそんなに金持ちでもない人たちが視聴することで得た動画の収入で、やっていいことと悪いことは、わかっていると思いたいんだよね。

ある程度、人間ってどうしても弱いから、芸能人で登録者数トップユーチューバーになるとか、YouTube見ない人でも、本屋に行けば本に帯で顔が出ている、そんな本屋に行く人でなくても、通勤通学で、駅に本の売店あったり、電車の中にも広告とか出てたりして、知っている人は多いだろう、

それが、YouTubeに新しい流れが来たとか、他のメディアがまたバズったとか、単にネタにすることがなくなってきたとか、転げ落ちる可能性とか、常にあって、

一度バズった人間が転げ落ちたとき、容赦なく叩く嗜虐生の高い人とか、この世の中たくさんいるし、もう、転げ落ちる可能性のない選択肢、っていうのが、光明に見えるのは仕方がないと思う。

それが、人として選ぶべき選択肢かどうかとは別として

ただね、『お金の大学』の人、どこのリゾートだったか、もう覚えてないんだけど、その人よりまだハイクラスのビレッジにいて卓球していた人の話、あれ聞いててさ

聞いた感じ、その高級ヴィレッジに、他の金持ちの友だちと遊びに来てて、そこにプロの卓球の人呼んで、みんなで卓球楽しんでいたような話には聞こえなかったのね、

解釈力の問題かもしれないけど、超金持ちがひとり、普通人が泊まれない宿で、プロの卓球選手雇って、マンツーマンで卓球やってたような話だったと記憶してるんだけど、

ちょい今記憶してるとこ動画確認してたけど、やっぱ独身男性がたぶんお金で雇った中国人卓球コーチかなにかと卓球やってた、みたいな話で、『お金の大学』の人、それでそこに憧れてどうしたらそうなれるか聞いたって話だったけど、

なんでそんなもんに憧れられるンかわからん。

うちのアタマがおかしいんかしらんけど、めっちゃ寂しいぼっちの金持ちの話にしか聞こえないんだけど。

まあ、うち、今卓球やれるほど体自由に動かないけど、まあ、そのへん、できるってことにして、もし、その、高級リゾート地で3ヶ月プロの卓球選手呼んで卓球の練習できるのと、家族とか友だちとか同僚とかと、2拍3日ぐらいで近場の温泉地旅行して、そこに卓球台とかも置いてあって、仲間と小一時間ヘッタくそな卓球を楽しむことができるのと、どちらが羨ましいですかって聞かれたら、迷わず後者の庶民派なもんで。

まあね、『お金の大学』の人も、親父さんムチャ言う人やったみたいやし、うちも高校の時は当時まだ「でんでんタウン」やった日本橋で、電化製品値切りながら歩く青春を送った人間だから、金銭的な価値を、人生の中で重点置きすぎてしまうこととか理解できないわけではないけど、

まあ、あっちゃんが今まで挙げてた動画で言ってたこととか、しくじり先生以降、メディアとかで発言してたこととか総括して考えると、

たぶん、社会的立場のそんなに高くない人に、よりよい生活ができるかも、というような内容の動画で稼ぎ続けていたお金で、社会的立場の高くない人には絶対つけない特権階級みたいな地位を手に入れるようなことがあるとしたら、その矛盾を一番痛感するであろうのは、間違いなくあっちゃん本人だろうと思っています。

そんなことをするのだったら、前にいた企業のパワハラとか、考え方違う大物芸人とかに、長いものに巻かれるようにして生活していたほうが、いくらか幸せだろうと思うよ。そんなうまくないラーメン「めっちゃうまい!」って言いながら生活していたほうがよかっただろうと思うことだろうと思うよ。

まあ、今回の動画とか、ずっと前に「しくじり先生」の偉人伝のところでマルクス扱ったところとか、ベースにある思想とか、たぶん理想としているところはなんとなくわかるので、そこから離れたりしないだろうと思いたい。

まあ、転げ落ちて社会的にボコになりたくないとか、人間どうしても弱いから、必ずならないとか、限らないけど。

動画を見てた人が期待してるのが、『約束のネバーランド』的な展開であることは、絶対わかってると思うから。

今回の動画は、ちょっと今受けてる授業でSDGsめっちゃ推しの先生とかいたりするし、まずそこが具体的に学べてないのに批判の方先に受け入れるとか今できないんだけど(って、この流れを利用して、形だけ環境によさそうなことする営利企業とか、絶対出てくるのは予測できるし、資本論そのものの限界を訴える人が出るのもある程度予測できていたことなんだけど)

全体に、自分の勉強不足を感じるから、最初からこの本があっているとかまちがっているとか決めつけずに、余力があれば内容をチェックしたいなあ(って、学校と仕事と、自分がやりたい外国語で、いまいっぱいいっぱいなんだけど。あと、体調を改善するためかなにかしらないけど、異様に睡眠時間最近長いし)

まあ、相方さんについては、今まで不満とか全部押し殺して笑顔で本音隠されていたんだったとしたら、むしろ腹わって話せる機会にしていければいいんじゃない?みたいに思っているけど。

ぶっちゃけ、デビューしたときは、断然相方さんのほうが芸人として力あると私は思って見ていましたし。本当に、しくじり先生以降ぐらいからしか、あっちゃんのことは実力あるなあって見てなかったし。(まあ、子育てで忙しかったので、そもそもそんなテレビも見てなかったせいもあるけど)

前より、本音で話し合える仲になるといいね。

って、明日また仕事あるんでこのへんで寝ます。

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因幡の白兎のような

まあ、また、あっちゃんの動画とか見て思ったことだけど、

実際GACTさんとかと一緒に動画とか出だした時に、あ、自分だけ不動産投資とかで生きていけるようになろうとしてるんじゃないかな?とか思うようになって

いや、あっちゃんが自分が作った動画で儲けたお金で他の事業やるとか、資本主義的には問題ないんだけど、

まあ、『MOMO』の回とか見て、感動した側からしたら、「イヤ、この人が「灰色の男」になろうとしてないか?」みたいな気分にさせられて、

いや、海外移住の話聞いたときは、あっちゃんの子どもとか、普通に日本の学校とか行ったらいじめられるとかハブられるとかありそうだし、芸能人がよく行く私立校とかお受験しても、親ユーチューバーとか、名門校ハネられそうだし、入れたところがあったとしても、既存の芸能界のランキングに沿った校内カーストとかありそうだから、選択肢海外、っていうのは納得してたんだけど、

思ったより反感受けてない?みたいな。

トーク動画で、対話してた人、前から、あっちゃんがリア充自慢とかしちゃってるときは、若干関心ねー的なトーンで返事とかしてるのわかってたんだけど、移住先の話とかなったときは、関心ないだけじゃなく、反感混じるトーンになったよな、みたいな。別に何か反感表す単語とかあったわけじゃないよ、でもね、トーンが、声の音でわかるっていうか。

その後見た、相方さんの動画で、確実になったな、って思って。

登録者何人!とか言って数競って、因幡の白兎が鰐と数競うフリしながら向こう岸に渡る前に、うれしさ余って向こう岸に行くことを言ってしまったみたいに、

そちらでの生活の基盤が整う前に、鰐に自分の目的話してしまってませんか?

今まで動画で見てきた、あっちゃんが賞賛してきた人間像と、これからあっちゃんがやろうとしていることが一致するものであるかどうか、まあ、私とか、動画でのファンが残るかどうか、が、そこにかかっていると思って、でも、もしかしたら、その基盤までもができてしまったら、やはりそれも見捨てて、この人はもっと違う、我がよければいい人に変わってしまわないか、みたいな不安というのは、いくばくかはいつも残っていて

既に見捨てられた感を持っている、近くにいる人たちの反感を、今私は見ているのではないかと感じ取る。

いや、吉本出たら没落するんや、みたいな、お決まりを作ってしまうと、いつまでも吉本にいる側の人たちが搾取されるから、出た人が生活していける方で応援したい気持ちはあるんだけど、で、海外出たからってそれ自体がいけないって思ったわけではないんだけど、さっきも言ったけど、お子さんとか海外の学校の方が人間関係よく通えそうだと思うからね。

やっぱFIREとか言い出した頃から、「え?」があって。

ちょっと今まで動画で言ってきたことと話変わってきてませんか?みたいなのがあって。

あっちゃんみたいな頭のいいひとが、「みんなで起業して、億稼いで、投資して、配当生活」みたいなことが、実現できる話じゃないことがわからないはずがないんだ。

たくさんの鰐(登録者数と動画再生数)を集めて、自分だけ向こう岸に渡ろうとしてませんか?っていう。

まあ、チョイ、このぐらいで状況静観することにしようと思います。

とりあえずこんな感じです。

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かなり長いこと暖めていた考えだけど

まあ、前回のブログ、思ったよりレスポンス薄かったんだけど。

ずっと思っていたことがあって、最近それを強く認識することが多くて

誰かから差別を受ける、もしくは差別とまではいかなくても馬鹿にされることがあるとする、

もし、そこで嫌な思いをしたのなら、人を差別すること、馬鹿にすることはよくない、と、論理的に言うならそういう結論が出るはず、なのだけど、

他の人を差別する、あるいは差別した人を攻撃する、他の人を馬鹿にする、馬鹿にした人を攻撃する、そういう行動に出る人が多い、

その方が楽だし、考えなくていいし、感情的にスッとするのかもしれない、じぶんのしていることを自分で客観視したりすることがないのであれば。

まあ、差別されることや馬鹿にされることを止めるためのカウンターパンチとかは、穏健にやめてもらうように努めていても止まらないときはある程度アリだと思ってるけど、

まあ、差別をなくすとか、人を馬鹿にする人をなくすとかいう段階の話になると、話が壮大になりすぎて、そうしない人が多いのは仕方のないことかもしれない。

自宅で哲学書読みあさるとか、やることがヒッキーになりがち。

先日、学校の方の最初の授業が始まったけど、行ってみたら、教壇に立ってる先生方とか、ハイソサエティの方々だなあ、という印象を強く受けて、庶民の感覚とか、受け入れていただけるかしら(自分では庶民の感覚をハイソサエティのものに「置き換える」つもりはなくて)と思って先行き暗雲立ちこめている感はありました。

まあ、前に学校に行ったときも、「今は時代が変わったから仕方がないけど、もともと高等教育は一定以上の家庭の子女のためにあったものだ。」とうような内容のことを、残念そうに話す先生もいらっしゃいました。

まん防出たので来週からオンラインですが。

ちょっと、自分が子どものときに受けた教育を思い出すことがあって

まあ、前から言っていますが、小4まで私は遅れている子にひらがななどを教える役割を与えられて、私は授業も受けていなかったし、そうすることで他の生徒さんたちと繋がることもできずに過ごしたのですが、

(ってこれもね、遅れたお子さんのケアとかするのに私小学生の時に4年間従事して、当時はこれはプロの仕事ではないかと思っていましたが、私の時は実際相手に合わせて相手のできそうなことを自由にやれたのですが、プロがやると、本人がまだできないだろうことを学校のプログラムに合わせて、無理してこなさせようとかあるみたいだなあと見聞きすることがあるのですが)

私は、そのときまでそれを、「助け合い」だと説明されていたのですね、あなたがあその「困っている人」を助けることで、あなたが困ったときに助けてもらえるのだ、と。

小4の夏休みが終わる数日前、母が夜中に消えていて、2学期から学校に行くのですが、

2学期からの音楽の授業が、「かあさんの歌」だったりするんですよ、「かぁさんが~よなべぇ~をして」っていうアレ

とてもじゃないけど歌えませんから、他の曲にしてくれませんか?って頼むんですけど、

「あなたのために、学校で決まっている教育内容を変えることができないから、歌いたくないなら音楽室から出ていなさい。」

って言われて

まあ、それからしばらくの期間、音楽の時間は教室の外で立ち尽くしていました。(別にイヤホンで何か聞く、とかいうことなどありませんから、他の幸せな生徒が「かあさんの歌」歌ってるのは聞こえてくるんですけどね、

で、そのあと父に振り回されるので、明らかに成績が落ち始めるんですが、

誰も助けちゃくれねえ。

いや、まあ、今みたいに虐待受けている子どもがいたら通報する義務とか法律がないので、そのあたりは放置されていてもしかたがないかもしれないけど、これはないやろ、みたいな。

まあね、私だけじゃなくて、また、私のような極端な状況でなくて、できる生徒に、理解できないでいる生徒を教えさせる教師とか学校とかにいた人もいたと思うんだけど

ベル・ランカスター法とかいうのの誤った使用法なんだと思うんですけどね、調べるとベル・ランカスター法っていうのは、できる子にその役目ぶん投げるんじゃなくて、教師といっしょに、アシスタント役をさせて教えさせることらしいんだけど。

まあ、そのとき「助ける側」だった生徒が、小学校の時にはなにも困らずに卒業してしまって、中学とか高校になって、授業解らなくなったりするんだけど、そのときは誰も助けてくれない、みたいなこと、あるあるだったりすると思う。

生徒本人の中に、小学校の時、自分がもっと先のことを勉強したかったのに、教える側に指定された子どもとか、大人になって我が子に懸命に先取り教育とかしてしまうとかも、やっぱりあるあるだと思う。

まあ、実際、子どもの時に教える側に回された生徒が、本当は先のことが学びたいならそうできたほうがよかったんだろう、と、思うけど、まあ、その人の子どもにも、本人の勉強したいペースがあって、それは尊重されるべきなんだろうと思うのですが

まあ、これぐらいの高等教育機関に行きたければ、受験時に偏差値どのぐらいが必要で、そこに辿り突くには逆算で何年生にどのぐらいのことができないといけない、とかになってしまってはいて、

ある時期までは、不景気だったり抜け出したりした時期とか、ある程度安定した企業が受け入れるエントリーシートが書ける大学、みたいなのがあった時代なんかは、あるていど仕方がないかなあ、は、思ってたんだけど

もう、そんないうほど安定した企業とかないんじゃない?みたいなのとか、YouTube見てたら、600倍の倍率乗り越えて大人気企業に就職した人が、入ってみると会社の期待ハンパなくて、とてもついていけなくて退社してユーチューバーなりました、みたいな人いるし、

すごいお金と時間と負担かけて、高偏差値大学に行って安定企業、みたいなのが、そんなコスパよくないんじゃない?みたいなのを感じて

まあ、そのお子さんの親が社会的パワーあるとか、いろんな条件で話変わってくると思うんだけど

って、ここから自分の勉強しようと思います。

って、さっきNoneのスマホが。触ってもなんにもしてないのに、

「バ~イトバイトバイトォ~♪」

とか、どこかのバイト紹介サイトのテーマソングが流れ出して

いや、自分が活動するときに、ついでに見つけたNoneに向いていそうなバイト先を紹介し、Noneもその気になって応募して、面接を受けて、なんかそれなりに活動できるほうで話は聞いてたんですが

N「何も触ってへんのに、なんやコレ?」

J「神の啓示や。」

みたいなことを言っていました。

とりあえずこんな感じです。

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サンデル見てて

先日、サンデルの正義論についての動画がおすすめに出ていて、まあ、なんで今コレなんかなと思いながら見ることにして、有名なトロッコの話とかしていて、別バージョンのトロッコの話とかしてて、ユーモアあって、面白いなと思いながら途中で寝落ちして、目が覚めたときにまだ動画やってて、すげえ面白い話の展開になっているのに気がついたんだけど、深夜だったし、翌日仕事あるしで、片付けて布団敷いて寝て、後日たぶんコレだろうと動画見てて

リバタニアンがボロックソに言われててすげえ、みたいな動画で

って、また後で確かめたら、これはいくつかある動画の、3つめのやつで、1つめのやつはほぼ見てて寝落ちして、2を寝てる間に見逃してて、起きて3つめ見て、後日見直したのもこの3つめだったんだけど、

この話は、『これからの「正義」の話をしよう』に載ってたのだろうか。

Noneが中学の時、最初に入った方の塾で、国語の特別授業をタダで受けられるから、面白そうな本を買ってきてください、と言われたので、この本がもう古本屋で100円で並んでたので買って持たせた覚えがあって、自分もちらっと読んだんだけど、トロッコの話のところ読んだだけで、だいたいこんな本なんだな、みたいに思って途中で読むの挫折したと思うんだけど

この回の講義の話載ってたんだったら、読んどくべきだったな、があって

まあ、哲学とか経済学とか興味の無い普通の日本人の人に「リバタリアン」とか言ったら、ナニソレ宇宙人?映画のタイトル?みたいな感じだと思うんですが、

講義見てもらったらわかると思うんですが、要は「稼いだ金はオレのモノ」っていう主張をする人たちですね。

稼いだんだからあたりまえじゃん、とか思われそうですが、まあ、アメリカの1%の富裕層級の金持ちの話になると、ある程度、「そんな1回の人生で使い切れないお金持ってるんだったら、貧困で死にかけてる人にわけてあげてもいいんじゃない?」みたいな意見の人もある程度でると思います。

まあ、講義の作り方が面白いですね。当時の世界一の金持ちがビルゲイツだったので、ビルゲイツで言われてるんですが、彼は秒で大金稼ぐので、もし道に庶民にとって相当な額のお金が落ちていたとしても、ビルゲイツは、それを立ち止まって拾うほうがロスになる、とか、そんな話が入ってて

持たざる者がこれだけいる世界で、そんな大金を持っていて、自分の財産の所有権を主張することの倫理性みたいな話をしていて、

ハラリとか読んでいたら、権利とか人間の集団が作り出した妄想なので、稼いだ側がそれを自分のものだと主張する権利をとるか、世界中の誰もが健康で文化的な人生を送る権利を持っているととるかは、結局はこの世の人々がどちらのほうが優先するべき権利とするかにかかってくるんだと思うんだけど

100円でとはいえ、買って持っていた本を、ちゃんと読んでなかった自分も自分なんだけど、この理論を、2012年の動画なのに、日本にいて日本語で、日本の知識階層から庶民にこんな講義がハーバードであったよ、ということが伝わってこないんだ、けっこう白熱講義とか、話題にはなっていたようなのに、みたいには思って。

宮台真司さんとか、日本の学識のある方の動画とか見て、まあ、人間結局小規模レベルの集団にわかれて、結局お金のある人が貧乏人にお金を分け与えるなんて事はしないことが証明されているんだ、とか言って、福祉活動するひとに諦めるように言い続けたりしてるんだけど、その実験をした時期ってたぶんずっと前なんだろうし、(構造主義っぽい話だと思うので、1960年代ぐらいの調査なんじゃないかと思うんだけど)

インターネットできて、同じような小規模集団で閉鎖されるかどうかわからないし、モノの作られ方も変わってきて、当時よりモノを分けても持っている側がそんなに損をしなくても済むかもしれないし、実際SDGsとか言って、貧困をなくそう、という動きをしはじめている人々も出ているし、うまくいくかいかないかはわからないけど、たぶん、その調査をしたときと、結果が変わってくる可能性というのは十分あると思っていて

いつまでも、ウェーバーに捕われていらっしゃると思って、私はもっと新しい、未来に希望を感じられる哲学を学びたいなと思ったりするのですが、

で、たぶん、この本が今日出るから、思い出したように動画が推薦されたのかなと思わなくもなくて

実力も運のうち 能力主義は正義か?

英語で読める人、英語の方が安いです。

The Tyranny of Merit: What’s Become of the Common Good? (English Edition)

ちなみに、中国のKindleで中国語で買うのが一番安いのですが、翻訳に偏りがないかどうかは微妙な気がします。

正直、この世の中を樹木のような生命体に例えるとしたら、花や実をとることだけを考えていた人が、もうこれ以上水や肥料を根に与えないと、根が枯れてしまい、しまいには花も実もとれなくなるのが見えてきているのではないかと思ったりするのです。

まあ、日本の中で言えば、囚人のジレンマみたいな状態になっているのがわかっていて、売り上げを上げるためには、従業員にもっと給料を与えて、購買力をつけさせたほうがいいのはわかっているけど、その従業員が、他社のものを買うかもしれないし、そもそも使わずに貯金してしまうかもしれない、みたいな感じだと思っていて

まあ、スーパーとか、従業員に割引券配るとかしてるところあるけど。

Fordとか、それまでの他の会社の従業員より良い給料を渡したのは、その従業員がFordの車を買うのだとわかっていたからで、

私自身は大きな会社はその会社に関連するサービスを受けられるクーポンを、中小企業もなにかしら連携団体みたいなのに所属することで、生活に必要な部分は現金で、生活の質を上げる分にあたる可処分所得は、なにかしらのクーポンで払えばいいんじゃないかしら、は、思うところはあるんだけど。

(追記:それじゃあクーポン分しか消費しなくなるから従業員にタダで商品あげているだけになるんじゃないの?みたいに思われそうだけれど、それに惹かれた優秀な社員がよりよい商品を作ったりアイデアを出したりして売り上げを上げるほうに主眼があって)

Noneにそれ言ったら、どの組織に所属するかで格差ができるから反対だと言われたんだけど、

いや、そんな格差、現時点で十分あるけど?

みたいな。

まあ、大阪市は、なんどか景気対策の商品券、市民に配ったけど。

実際、現在の日本の教育受けてて、アメリカの富裕層の1%の経営する企業に太刀打ちできる人材って、なかなか難しそうですよ。

彼ら、どんどん、一般人の賃金を下げる方で全力奮ってきてるみたいに見えますし。

まあね、私は、人間がみんな健康で文化的な人生を送る権利を持つなら、そのために必要な労働をする意志がある人に、その労働につくための教育や訓練を受けさせることができないほうに問題があると思っていて。

国が努力しても到達できないようなハイスキルの人材しか募集されないとか、人間がどんなに頑張っても機械で作る方が生産性が高いとかの場合は、もう、企業側が人材育成とかに着手するべきだと思うし(まあ、これは、大学によっては産学連携とか実際はじまってますが)人がやるより効率的に利益を出せる会社があるとしたら、国民が生活できるようにする雇用をなくした分の税金って取って良いんじゃないかと。で、それを職を失った人に、経済的な利益にはならないけれど、社会をよくするための活動をしてもらって支払うとかして。

実際ね、ある程度ハンディキャップを持っている人は、福祉の対象になって、作業所とか、(まあ、実際それで生活ができないような賃金だったりすることも聞きますけど)ある程度、保護されるわけです。

これが、イヤ、普通に会話したり動いたりできるけど、まあ、頑張っても、誰でもできるようなことしかできないねん、特に特技とかないねん、みたいな人がいたとして、いや、人柄ええで、やさしい人やで、みたいな場合に、いや、この人能力ないから、仕事ないのしょうがないし、食い潰れてもらわなしゃあないな、みたいになって、何のセーフティーネットもないとかどうなん?みたいに思ったりして

不正なやりかたで生活保護とかもらいにくる人とかでるのは、そのへんの矛盾があるせいだと思うけど

宮台真司先生、叩きすぎて申し訳ないけど、正直、動画見てて、おんなじ話多いし、ネットとか出てないとき、もの知らない人を代わりばんこに呼んできて、一度構築した同じ話していって、それで高いお金稼ぎ続けてきたんじゃないですか?みたいな疑問がよぎったりするんだけど、

庶民の目線から見るとね、いや、もっと、生活に必要だったり、危険だったり、作業的に難しかったりする仕事なのに、安い賃金だったりした人とか、たくさんいたと思うから、で、宮台先生、そういう人も含めて学識のない人を、けっこう簡単に「クズ」とか言うから、今回のサンデルの動画とか、今日出た本とか(できたら英語のオリジナルで読みたいけど)そのへんの倫理について考えたいなと真剣に思わされてしまう。

まあ、ただね、

自分、別に短大で英文科で、貿易事務の仕事につけたらそれでいいわ、って思ってて、中学の時の共産主義の家の子に呼ばれて、そこのお父さんにマルクスの『資本論』の勉強会とか呼ばれて、

いや、こんな昔の人の本やなくて、今もっと新しい哲学者が、(哲学じゃなくてもなにかしらの学術の人が)今この現実に沿ったものの見方ができる本を出しているんじゃないかと思って、そりゃ、マルクスに意見したことで「君が大学に行ってないからや」って言われた反感もあってだけど、大学行って、あるていど哲学の勉強をして、

まあ、卒業前に新しい哲学は、大戦後にユダヤ人がアメリカに移ったことで英語になってる、ってわかったところからの、進学あきらめて結婚して、生まれた子に、その子がしたい勉強ができるように進学できる子育てをしてたんだけど、

ひととおり落ち着いた時点で、英語で、動画で、字幕あるからわかるんだけど、サンデルやハラリが話しているのを見ることができる、

自分が子どもの時から持ち続けていた「問い」に、ずっと自分が関わりつづけている

それは、金持ちからしたら、アホやと思うかもしれへんけど、とても価値のあることのように思える。

まあね、不景気で仕事ないときに、フルタイムで働くのを諦めて、半日働いて半日ゲーテ行くとか、そのあと夜間主外大行くとか、主人に別居させられるけど、子ども塾いかせるだけの余裕がある生活費とパート収入あるとか、庶民の立場としては贅沢だったほうだと思うけど。

まあ、リバタニアンとか認め始めたら、ちょっと良いアイデアのサービスとか商品とか、ちょっと改良されて大手が小規模企業ではできない価格で売り始めるの予測できるし、実際にはいろんな意味で企業の利益に貢献している社員がいるのに、特定の資格がないとか、企業が指標とする査定内容で計れないとかいう理由で給料を安く抑えられたりとかしている人とかゴマンといそうなんですけどね。

小学校、道徳が教科になるとかいうの、こんな感じのもの、扱ったりすればいいのにな。

もう十分長いのでこのへんにします。

とりあえずこんな感じです。

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