新しい教育について

前回のブログについて賛同者が少なかったのかなと思うのは、やはり、「溶接のような仕事を差別している」と、とらえられてしまったからかなと思う。

実質、危険があったり、たいへんなのに、待遇がよくないことが多くて、仕事に困っている状況でも、応募する日本人が少ないから、平均年収が違う外国から人を雇用しなくてはならない状況にある職業だとは思っています。

日本共産党に出入りしていたとき、職業が溶接だという人がいて、学校でずっと陽キャやったやろうな、みたいな人で、奥さんもごっつ美人で、そのときはまだ景気がよい時代だったので、けっこう豪華なマンションに、めっちゃ丁寧に掃除して暮らしていたのを覚えているけど

前に自分で言った言葉を使うとすれば、1年でN3に受かった彼は、「よい物理学者」になるようなタイプで、そんなにサッカーは好きそうでないのに、物理学者でなくサッカー選手になろうとしているように思った、という話で

同じ実習生でも、建築に関わるような職種とか、もしかしたら製図の知識をつけたり、CADに関わる仕事に移れるかもしれないとか、実習生制度をあまりよくわからず日本語の仕事をしている私としては期待したのだけど

溶接の仕事、熟練すればその人にしか作れない機械部品とか作れるのかもしれないけど、あんまり日本語とか言語能力を活かせる仕事のようには思わなくて(ないと危険を注意されたときに気づけないとかあるから、日本語はあったほうがいいけど)言語力が優れていると思った彼に、そういう仕事よりもっと言語を使う仕事に就いて欲しいと思ったのは当然だと私は思うのだけど

走るのが速いとか運動神経がいいとか、めっちゃいいアスリートになりそうなのに、設備の整っていない公立高校にしか進学できないとか、絶対音感あったり、めっちゃ音楽に向いてるのに、楽器が買えないとか、安普請の家で近所迷惑になるからで歌う練習ができないとか(葉加瀬太郎さんとかその辺近所に温かく支えられてたらしいけど)で、結局平凡な仕事を選択する、とかの残念さと私は同じだと思っています。

ちょっと数日、教育について書いてある書籍を読むとか、たんにすごい疲労感に襲われて寝ているとかの時間を過ごすことが多かったんだけど

今日、朝起きて、斎藤孝先生の『新しい学力』という本を図書館で借りて、アクティブラーニングなどについて書いているのかと思って、途中で紙の本で読むのを諦めて、Kindleで買って、今朝風呂に入りながら1.5倍速の読み上げでざっと内容をチェックするんだけど

確かに、アクティブラーニングができる教師をこれから用意するのは大変だし、それを効果的にする難しさも納得する。従来型の教育で成功している先生を無理にそちらにして生徒の学力を下げる可能性があることも理解する。

実質、私は従来型の教育で基礎学力を普段つけておいて、1ヶ月に1度とか1学期に一度とかのある程度のスパンごとに、それを実践で使う機会を設ければいいのではないかと思っています。

ただ、斎藤孝先生が推しているかつての中国の科挙型の学習モデルとか、昔日本にあった「綴方教室」で、自分の家庭について作文を書かせる授業とかは疑問があって

科挙モデルは、たしかに世界の学力ランキングなどでは上位に入れるかもしれない、でも、学習する側が「学ぶことが楽しい」と思えるかどうかについて言えば、一定数の優等生タイプに限られてしまうのではないかと思います。

個人の生活について書く「綴方教室」について言えば、運動会などについて作文するより画一化は避けられるかもしれない、それに個人の生活について書くと、見えなかったいじめや、家庭での虐待が発見できる可能性もあるかもしれない、

でも、生徒にとって常に教師が、プライバシーを開示したいと思うほど、信頼できる存在であるかの問題もあると思う。担任が男性で、生徒が女児だったり、生徒の家庭が貧しくて、それを、先生が好きか嫌いとかとは関係なく、言いたくない生徒もいると思う。どちらにしろ、プライバシーに関する問題が出てきそうに思いました。

そこでそれ以上先に本を読み進めるのはやめて、風呂あがって部屋で別の本を読もうとするんだけど

で、テレビでYouTube見ながら、次の本読む前に朝食食べてて

見た動画がイーロン・マスクが中国の番組でゲストに出ていて、子どもの時の話とか、最初にパソコン触ってたときの話とか、ロケットで倒産しかけて大変だった話とか、聞いてて

イーロン・マスク、学校作ったらしい。

(番組で自分の5人の息子の教育をするのに兼ねて少人数の学校を作った話をしているところあたりから再生できるように設定しています。ほぼ英語で話していますが、字幕は中国語です)

学年とかなくて、科目とかもなくて、自分がやりたいことを選んで勉強するような学校で、いつ卒業するとかも決めてないらしいんですが。

教育方針について話しているところの字幕を、書き出してみました。(イーロン・マスクの英語は、ネイティブのくずれたもので、インタビューしている中国人アナの英語より私には聞きづらいです。)

我觉得正规学校做的无非就是让人遵守原则。我却想让我们看看自己能做些什么。或许创办一所学校会更好而我实际上从别的学校雇佣了一名教师。认为会有更好的方法去做这件事。

読点が字幕にはないので、私が勝手にここだろうと思って就けた物で、間違っているかもしれません。

google翻訳にかけましたが、「正規」とか、私が思うのと違う役になっている(中国語ではそういう訳になるので正解なのかもしれないけど)があるので、ちょっと翻訳はりつけるのはやめておきます。

まあ、自分の思うような学校を·、本当は作った方が良いんだろうけど(その前の会話では、中国語訳では「学校を作った」と発言しているんですが)他の学校から教師を一名雇っただけで、もっと良い方法があるんでしょうけど、みたいな話をしています。

これが、彼が自分の思うような学校で自分の子を教育したかっただけで、彼らが大人になったら終わるのか、学校として広がっていくのかに興味があります。

そして、イーロン・マスクが我が子にしたい教育って具体的にどんなものか、本当はもっと知りたいです。

ただ、上の斎藤孝先生の「新しい学力」と、この話を組み合わせて考えるに、公教育として大人数に「アクティブラーニング」を実施するのは難しくて、イーロン・マスクのような、親が教育を受けていて、なにを教育するべきかがわかっていて、優秀な教師を雇えるお金がある、というような場合でないと難しいのではないか、とかは思わされてしまいます。

ただ、昔、食洗機が、大金持ちが何十万という高級な食器を壊されたりしているのに、機械で食器を洗うというようなことを諦めずに、一般家庭で食洗機が使えるようになってきいている、という今までの歴史を考えると、イーロン・マスクが我が子にするような教育が成功して、どうすればいいかが広まって、個性を活かした教育、というのが一般家庭に広がることを諦めてはいけない、という気にもなります。

とりあえずこんな感じです。

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