チョイとね

まあ、数日間、日本語学校の授業の準備だとか、自分の勉強だとかでいっぱいになってて、ブログの方ほったらかしだったんだけど。

今日、チョイ、コレ、悔しいよね、があって。

午前の中国語教室の、授業の方は、先生のノリに合わせた授業をして、無難にすごしたんだけど(こちらのクラスの先生は、本当に、英語で言ったらスモールトークにあたる内容の話題で中国語を話してほしいタイプの先生で)

先週、が、上周だったか下周だったかど忘れして、先生に聞いたら、5級取っててもそれで迷いますか?とか言われて、日本人は苦手ですよね、とか言って覚え方教えてもらったんだけど、

授業のあと、同じクラスの生徒さんと、HSKの話題になって、中検とHSKとどちらがいいとか、このアプリおすすめですよとかの話題をして、

で、中国語が母語の、日本語がわからない小学生になにかしたいとか告白して、話していた人の中に、そういう仕事をしている人がいて、あ、なんか情報得られるかも、とか思ったまではよかったんだけど、

まあ、その仕事については、その人は個人的なツテでその仕事についてるから、情報とかは、その仕事がどんなことがあるのかぐらいを聞いただけなんだけど、

その場にいたのが、留学経験のある人たちばかりで、英語とか、勉強しないで身につけたわよね~、みたいに話が進んでいって、

で、英語だけでなく、他の科目の勉強とかも、親ができない人に限って、子どもに勉強させるわよね~、みたいな話になって、

なんか、すごい、頑張ってる人、馬鹿にしてない?みたいな流れになって、

まあ、私、見栄を張ったり、流れに合わせて自分を変えたりしないから、自分は頑張ってるけどできないし、子どもにもそれなりに頑張らせた話をして、

当然っちゃあ当然なのかもしれないけど、その人、あからさまにこっちの事馬鹿にしたような目線になって、話するときに、他の、留学の経験があって、英語がある程度話せて、の人にしか視線むけないようになったりしてて、

まあ、その人によれば、今でも、できる人は正社員になれると、教育はいまのままでいい、みたいな話で(私が、いまの、事務員になったりすることを前提にした教育のありかたに疑問を持っている話などへの返事で)

まあ、釜の下層が煮えたぎってるのに、それがわからない上澄みの方なんだろうけど、

英語とか、内容理解できてなくても、コツとかつかんだら900とか、当たり前にとれるよね、みたいな話を聞かされて

まあ、とにかく、アタマのいい人は、勉強とかしなくてもいい成績とれるし、いい就職とかもできる、みたいな話で一貫していて、

その人、いくつぐらいだったんだろう?私は、同年代ぐらいに思ったけど、私がちょっとその人を老けて見ただけで、一回り下の、アラフォーだったりする可能性は十分あるんだけど。

でも、一回り下の世代だったりしたら、不景気で、運が悪くていい仕事つけなかった同級生とか、普通に見ているように思うんだけど。

話のノリがね、ああ、バブルの時こんなヤツいたよ、的な感じなんだけど。

最初の仕事が金融系で、そのあと外資系とか言ってたけど。(Noneが赤ちゃんの時に通っていた編み物教室で、ダンナが銀行員だってことが自慢の主婦が来てたけど、もう話題が100%自分がどれだけ庶民じゃ買えないものを買ってるかの話なんだな、教室の先生も、そういうお金出せる生徒優遇してたんだけど、ある時、「今の幼稚園も、いろいろうるさくなっていますよね。」って言うから、私が、「まあ、モンテッソーリとか言うところとかありますよね?」みたいな返事をしたら、その人たち、「それ、どこのブランド?」って聞かれたけど)

その人が初めてのTOEIC受けたときが900あったって話しで、自分を思い出すんだけど、

私と同年代だったとしたら、普通に学校行ってて、TOEICで話される英語についていける速さの英語教材に触れている可能性自体がものすごく稀なのね。

関西外国語短期大学ぐらいのレベルの学校に行っていた場合であったとしても、なんだけど。

しかも、外短のなかで、当時3コースあって、文学とビジネスとコミュニケーションのコースの中で、私がいたコミュニケーションのコースは、空港のなかの雑音の中での英会話が聞き取れる練習とか、比較的音声教材に力を入れていた状態で、そこで平均的な成績を取っていた私が、最初にTOEICの英語聞いたとき、びっくりしましたからね。

確かに、外短のなかでも、CAに就職する人とか、実力つけて卒業する人もいたから、その人たちはできたのかもしれないし、それぐらいの人しか視野にいれないで生きている人なのかもしれないけど。

まあ、そのあと、午後の中国語教室行くまで、食堂みたいなとこで、ご飯食べながらTOEICの文法の問題が出るアプリやってたんだけど、

普通に、正解率があがっている、これは、普通に、普段触れられる英語が増えたこと、にあると思う。

今、高得点が取れる自信はないけど、ナチュラルスピードで話される英語を、自分の好みの内容のもので聞ける、本も読める。電子書籍なら、知らない単語はタップしただけで辞書が出る、単語帳だって、昔よりはるかにきれいに編集された、一定時間見ていても疲れないものがある、音声教材がついていて、その単語がどう発音されるのかを、確かめやすくなっている。

勉強(や英語)のできる人はできるから、変える必要はない、という意見には、同意できない。

変化を求めないのは、一握りのできる側に回った優位性を、維持したいからなんじゃないだろうかとすら思ってしまう。

この年になって、音声文字変換アプリで見て、聞いてわからなかった単語が、知らなかったからではなく、ちょっとくずれて発音されていたからわからなかったのだとか、気づかされたりする。

自分が学校で英語を習っていた時代は、文法と単語を習ったら、パズルを組み立てるみたいに、その文法と単語を使った英語が理解できるのだと思っていたし、パーツを増やせば英語が理解できるのだと思って、文法と単語を覚えようとして、

私の場合は、高校生の時点で、英語のイディオムの「なんでこの単語とこの単語が組み合わさってこの意味なるねん?」が攫める気がしなくて、こんな言語理解できるか!みたいになって、ドイツ語に移行するんだけど。

環境が変われば、教育でやらなくてもできる人もいるのだろうけど、実際にいままでに変わってよくなっていること、そして、まだまだ変えられるところがたくさんあるはずだと思っていること、

願わくば、公教育を受けてさえいれば、世界の主要な言語を、自分で選んで習得することができるようになってほしいと思っているし。

やっぱり、自分が短大を卒業したときの、ほぼほぼ誰でも生活できる収入がもらえる仕事につくことができる、そういう状態になってほしいと思っているし

もちろんね、コピーとお茶を入れるだけでお金がもらえます、その代わり、3年ぐらいで寿退社してね、みたいなのはアカンと思ってるけど。

で、やっぱり、ある程度の層が事務職で正社員になれるとしても、時代が求めている職能のための教育って、転換期だと思うんだけどなあ。

ハラリとか名前出しても知らなかったんだけど、その人。

大阪市内に住んでて、ああ、この辺やったら、文理10高なら、あそこやな、みたいな場所なんだけど、お子さんは私立の中高一貫校だったり

正直、大阪だと、中高一貫校とかにすると、行ける大学のレベルが公立より下がる可能性があって、選ばない家庭が多いのだけど。

もちろん、日本語教師養成学校で、関関同立の某大の附属高校から大学へのお子さん持ってる方とかの話で、大学の受験勉強にかける負担を、高校から上に上がるのなら、実社会で使えるスキルを養う時間にできる、っていう意見も聞いているから、受験勉強以外で自分の子の能力を伸ばすことも理解できるんだけど、

まあ、そもそも大学って要る?みたいな議論もあるんだけど。

すごい、従来型の教育の、それも、たまたま自頭がいいとか何だかで有利な人のことしか考えなてない人から見下すような目で見られたってのが、かなりアタマにきていて。

まあ、とてもいい職歴とスキルと、あとお金と人脈を持たれた方なんだと思うから、逆転とかないんだろうけど(って、でも、その割に、私の知っている、セレブ系の奥様とは、ちょっと何かニオイ違うんだわ。私が今まで知っているそいういう系の人とか、衣服とかヘアスタイルとか、持ち物とか、その言動に比例するぐらいイキってる場合が多いんだけど、まあ、見かけは普通の庶民的奥様だった)

自分、洋裁でも、布地屋で処分セールになっている布とかで、百貨店とかで売っている洋服に見劣らないもの作ろうとするタイプなんだけど(し、実際、自分で作った服着て百貨店行ったら、店員とかいつもと全然違う丁寧な対応受けるもの作ってたし、当時付き合ってた男とか、駅前で待ち合わせしていて、私が自作の服着てきたときとか、むやみに百貨店行きたがったもの、イヤ、自分がプレゼントしたわけでもない服着た女連れて、店員の態度が丁寧なのの横にいるのが楽しいか?みたいに思ったりはしてたんだけど)

今だって、タダみたいなアプリ組み合わせて、このサービス、どこかでちゃんと受けようと思ったら、それなりの金額なりそうだよね、みたいなのがやれてるんじゃないかなと思っているし、

その人が、まあ、当時の英語教材とか、環境で、TOEICそのスコア出せたんならすごいんだろうけど、それを否定しようとかは思わないけど、教材とか環境をよくすることで、できる人を増やすこと、そんなにふんぞり返って威張れる状態じゃなくすることはできないかな、とかは思った。

なんかね、ガツンと、言わせられないかしら、みたいな気分になってたんだけど。

まあ、言うてね、たぶん言うほどこの人セレブでもなさそうやで、言うのがあるんだけど、逆転みたいなのはなくても、問題があったのは、従来の教育のほうにあった、っていうのを、自分の中でしっかり握りしめられる状態になりたいな、は、ごっつ思った。

狼少女が人間の言葉を覚えられなかったのは、人間がその年になると言語を身に着けられないという証明なのではなくて、その当時の言語教育の限界がそこであったことの証明でしかない、と、私は思っている。

ただ、もう、狼少女のような境遇に遭う児童がこれから出ることが考えにくいだけで。

午後の中国語の授業は、まあ、自分が書いた作文を、先生に添削してもらったのを読んで発表するもので、添削されてるから正しい中国語だし、作文の内容とか、Noneが実際に大学であった話とかを聞いて書いたもので、内容がめっちゃリアル、言うことで、みんなに「面白い」って言ってもらって上機嫌なわけだけど。

語学教室で話すこととか、教える側でも教わる側でも、旬な話題こだわるほうで。

まあ、来週の授業の準備とか、自分の勉強とかしますわ。

とりあえずこんな感じです。

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