教育の今後とか考えて

まあ、昨日、午前と午後の仕事してて、 それぞれに思うことがたくさんあったんだけど、考えない方がいいのかな、も、同時にあって。

とりあえず、私を否定すると、満足する方がけっこういらっしゃるらしいな、ぐらいの認識で、思考停止しておこうかなと。

まあでも、ICT化で、教師の役割変わるらしい、は、いろいろ考えて

一握りの教えるのがうまい一握りの教師がオンライン授業をやれば、他はカウンセラーでよくて、みたいな考え方で、その、カウンセラーの方を、授業力のない格下の人のように言うところに、抵抗があって

Ⅰ万人の人が受けられる教育動画があったとして、Ⅰ万人のそれぞれの個性にあった授業が可能かどうかということで。

もちろん動画授業の数を増やし、10種類つくれば千人に、100種類つくれば100人に、みたいにはなるんだろうけど、

授業車の各個人の能力や学習意欲を把握し、その上で紹介すべきその後の学習方法を考える事が、理解しやすい動画授業を作れる先生より格下になるのかどうか、という。

まあなんか、東進なのか、武田塾なのか、みたいな話になっているけど。

まあ、武田塾を作った方は、もと東進の生徒で、理解度に関係なく、塾が儲けるために、次々新しい授業を見ることを勧められて、把握できないままたくさん見てしまったから、希望の大学に行けなくて、その後武田塾を考えた、ということらしくて

強面父さんは武田塾に批判的なことかいてたの覚えてるけど、基本私は武田塾派で、

って、でも、武田塾も、上部が作ったルートをあまり考えずに生徒に勧めたりしてないかなあ?とか、疑問に思うこともあるけど。

まあ、塾の講師の採用募集聞いてたら、難関大学に、自習で受かったタイプの先生を募集しているらしいから、ある程度、自習の仕方のコツとか知っている先生が揃っていると思うんだけど。

まあ、武田塾を例に取ると、カウンセラーが優秀だと、動画教師はいらなくて、市販の教科書で学力を上げることができるということなんだな、とか思って。

あと、動画授業、向き不向きあるよね。

私は、けっこう動画授業見るの好きなんだけど、Noneはダメで。

もともと速読な人だから、本で読んだら10分で理解できることを、30分の動画で教えられるのは好きじゃないらしくて。

確かに、よく知っている部分を早回ししたり、今聞き逃した大切な話を、動画戻して探すのとか、けっこう大変で、理解ができるなら、本で読んでればよかった、は、確かにあって。

ただ私の場合は、出版するほどの需要がない話題について、動画でなら情報が得られる、が、あるんだけど。

っていうか、一握りの優秀な人が高い収入を得て、その他の人が、ほぼ最低条件で働くという社会を肯定するとしたら、

その一握りの人は、たいがいのことは教師なしで、自分で学習することができるだろうと思う。教育が必要なのは、多数の所得の低い人たちになって、たぶんその人たちは、無料か、極めて無料に近い教育を求めるようになるだろう。もしくは、教育を受けること自体を放棄することもありうる、というのが、まあ、ぱっと考えればだれでも予測できることだろうと思う。

昨日、朝の仕事と夕方以降の仕事の間、スーパーのイートインでランチしながら英検の勉強してて、

スタディギア、同じ語字数の類義語タイプして×になるの、いやになってきて、ほかのアプリ探したら、すごくいいのあって

まあ、英語に関して言えば、文法知識や語彙増加については、教師もいらなくなったよね、みたいなのもあって。(ってまあ、そのアプリのための教材を作ってるのが、塾講師だったりはあるんだけど)

東進の先生だった人が、ただよびとかに移動してるの、一度とった動画授業とか、権利買い取られてて東進はその動画で儲け続けられるけど、教師の生活は維持できない、みたいなのがあるとか、聞いた覚えがあるんだけど。

教育とかだけのことじゃなくて、一握りの人がお金持ちになって、真面目に働いている人が、ギリギリの生活をすることになることのほうにあると思って。

そもそも、お金を儲けられる人がエライ人なの?もあって。

ビルゲイツみたいに、お金を儲けてて、その使い方も賞賛に値する人も確かにいるけど。

salesforceじゃないけど、お金の儲け方、お金の使い方、のほうを、その額の高さより問われるべきなんじゃないだろうか、があって。

まあ今、なんちゃってビーガンやってるけど。まあ、高級牛って、日本の大切な産業なのかもしれないけど、家畜の餌にするほうが、貧困地区の人たちの食事にするより高く売れるから、そちらが優先されているとか、

環境のこと考えたら、儲けより環境維持を優先したほうがいいよね、みたいなこともあるし。

たくさんの貧乏人の中で、ひとかたまりの金持ちの側でいる気分ってどうなんだろう?みんながガリガリ君食べてるのに、ひとりだけイタリアンジェラート、みたいなの、おいしいかもしれないんだけど。

まあ、自分の職場に、階層が高いことを誇示するタイプの人かな?みたいな人がいるから、そういうの、ウッキウキしながらイタリアンジェラート見せびらかして食べるタイプとかもいるんだろうけど。

でも、どうやって経済を成長させるかとかより、今地球のなかで使っていい資源を、どうやってより多くの人が快適に過ごせるように分配すればいいか、を考えるべき時代にきているんじゃないかと思っているところがある。

グレタさんみたいなの、話題にするところはよかったけど、今、経済的に強い立場にあって、環境によくない事業をしている人たちを、単純にワルモノ扱いするのは、ちょっと、事態をよけいに硬化させてるんじゃないかなとか思って。

自分も、昔、微力ながら、英語の勉強会とかで、大企業の役員とか言う人と話ができたときに、「捨てた方が安いから」という理屈で動かない人を、「そのあとで処理しなければいけないことにかかるお金を考えたら、はじめからリサイクルを考えたほうがコストがかからないですよ。」みたいなことを説得して、けっこう長い時間説得したけど、最後、「確かに、国の税金とか、どこがどうお金を出すかを変えていったら、できることかもしれない。」という前向きな発言を聞くことができた覚えがあって

今権力や儲けがある人を動かしたかったら、その人たちが持ってるプライドとか名誉を壊さない形で、事態を好転できるアイデアを出していった方がいいと、私なんかは思う方だけど。

ってまあ、それで十分事態が動いてなかったから、グレタさんキレちゃったのかもしれないけど。

まあ、地球環境考えたら、お金持ってても、そんなにたくさん物を買ったりできないし、食事もある程度この範囲で、とかになってきて、多くの人が、これ以上もうけてもしょうがないよね、みたいにならないかしら、は、思うんだけど。

だから、人を評価するときに、その人の所得ではなく、「生き方」で問われる時代がくるべきなのではないかな、と、思っていて。

20世紀の、とくに戦後の、人より所得がないと、テレビや、洗濯機や、冷蔵庫や、クーラーや、自動車や、カメラや、後もう少しあとになるけど、マッキントッシュ時代のパソコンや、NECのパソコンが買えなくて、生活の質に大きな差があった。あの時代の価値観は、もう、終わらせた方がいいんじゃないかと。

言うて、高度医療で、お金持ちは不老不死手に入るとか言ってるひともいるけど。

(ハラリとか、そういう高度医療受けられる方は、散歩レベルの活動ですら、(アメリカなど銃がある社会では)命の危機があるから、しなくなるだろう、寿命を短くするような、おいしい料理を食べないだろう、みたいな、「そんな人生を長くして楽しいか?」みたいに思える生活の例を、そういう不老不死のひとがとるだろうと、皮肉を込めて言っていた)

まあ、授業の準備して、午後から、養成学校の授業、模擬で対面でしかやれないから、見にいってきます。(終了しているから、私が模擬をすることはできないらしいんだけど)

とりあえずこんな感じです。

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