仕事について考える

 正直、幼児期に親が母国語方式で英語を教えようとしているところに、ここいいなっていうのが見当たらない。

 老舗のところなんか、よその家がバイリンガルに育ててると謳っているのが、そこの子幼稚園とか皮肉ってるけど、自分とこ小学校から高校まで3人バイリンガルに育てたとか言うけど、親父日本人ちゃうやん、って、でも英語ネイティブでもなさそうだし、あそこの子ら見た目ペラペラしゃべりそうだけど、中身のある会話ができる英語なのか甚だ疑問だし、っていうか、教祖さんの母国語の日本語のレベルがそもそもひどいから、それが自慢してる英語もそんなたいしたことなさそう。

 なんか、両方に両方のアンチがINポイント入れててポイントがバブル状態なんだけど。

 今日は祝日だけど、仕事の方は午前午後あって、間の休み時間に日本語教師の動向の本読んでた。

 図書館で借りてる方から先に読んでて、iPadでノートをとりながら、(OneNoteに、日本語手描きキーボード(有料アプリのもの)でApplePencilで書くんだけど、キーボードで打つとしたら、両手がいるけど、ApplePencilだと、本当に紙のノートに書くような作業ができる。iPadを立てて書くと、なんかホワイトボードに書く練習してるみたいになる。)

 日本語の文型積み上げ型の授業を、新しく違うものにする提案がすごく興味を持って見ているんだけど、

 前のブログに書いたように、文型積み上げ型の授業って、学習意欲がすごく高い人のためのもので、今日本語を学ぼうとする留学生のほとんどに対応してない、というのに共感して。

 共感したはいいんだけど、今回就職した日本語学校はめっちゃ文法積み上げ型やし、面接の時に、学校の方針と自分のやりたいことが違う時は、学校に合わせますか、みたいな質問に、合わせます、って書いてしまってるし、技能実習生の方は、私は向いてないって言われたし、今回この本で読んだような、日本語で人生みたいなものについて考えられるような日本語は教えるところじゃなくて、雇用者に認められる日本語を身につけるところだし、そもそも私が教育についてつねに学習者を肯定するような態度でいるように考えているんだけど、技能実習生の方は、学習者の人格をとにかく疑わないといけないらしくて、できそうにもない。

 基本な、自分の生徒がちょっと性格悪そうだな、って思っても、その人がとった、ええ人ぶってるところから身動きできなくなるぐらい、肯定していくタイプの人間だから。

 まあ、今日も仕事で、人騙すの平気な技能実習生がいくらでもいる話を聞いたけど、正直、それを疑いながらする仕事なら、しなくていいほうを選びたいと思った。

 留学生だって、全員が学習意欲がある生徒ばかりじゃないし、宿題とか他の生徒の写したりする生徒もいるんだけど、疑ってかかって、ペナルティをつけるとかで力づくで宿題をするようにさせるんじゃなくて、学習意欲を沸かせるように努力したいと思う方で。

 正直、授業中に、問題の答えをホワイトボードに生徒に書かせたとき、できる生徒が一人、テキストを持たずに答えを暗記して前に出て、答えを書いたのを少し褒めたら、それ聞いてた、同じぐらいできる生徒が、次から真似して暗記しようとしたりするの見て嬉しかったり、生徒にとって認められたい先生になりたいなと思っている。

 まあ、本にも書いてあったんだけど、外国人労働者を受け入れる側の日本の一般人が共通語としてのやさしい日本語を身につけようとしていないところのほうが、朝の仕事をみている点では問題だと思うんだけど。(本ではね、その一般の日本人を変えていくことも日本語教師の仕事だと書いていたような気が・・・・)

 って、でも、仕事の技術が高い技能実習生って、日本語がイマイチでも、職場では歓迎されたりするらしんだけど。

 まあ、養成学校でも、洋裁の技術がものすごいんだけど、それに自信あるから日本で働くのに日本語学習する気がほとんどない人とかいたとか聞いたけど。

 って、まだ書きたいことあったけど、日付かわって時間だいぶたってるやん、寝ます。

とりあえずこんな感じです。

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