高1駿台判定模試を書けるところまで

返ってきました。駿台判定模試。

ちょっぴりナーバスな気持ちでお届けします。(あんまり良くなかったんだね(´・ω・`))

もし駿台の予備校に通うなら、英語がAレベル、数学がBレベル、国語がS/Saレベルといった感じ。

まあ、Noneの得意苦手がそのままに結果として返ってきました

第一志望とか書いていくと、名前書かなくても書いてるようなもんだろうけど、

国公立、第一志望、判定D(C判定まであと46点)、第二志望(これが志望学科書き間違えてる)判定D(C判定まであと14点)、第三志望判定C(B判定まであと14点)

私立、第一志望判定C(判定Bまであと25点)、第二志望判定B(A判定まであと4点)

みたいな感じ。

Noneは個人的に数学頑張ってるみたいだけど、英語を頑張ってるところを見たことがなくて、イライラするんだけど。

まあ、来週から、Noneは予備校に出かけます。

まあ、若干B判定の大学に手堅く入って、カウンセラーの仕事ができるようになる進路もNoneらしいのかなと思わなくもないけど、(って、親としては第三志望ぐらいを希望しているけど、None自身はこの成績でこの程度の努力なのに第一志望あきらめてないみたいだし。)

まあ、今日も仕事で、SNSで仕事に本気でかかっていないと愚痴を言われてました。

私自身は、もう一人の人のように、人生の大半を今のパートにかける気にはならなくて、かけても待遇よくならないのわかってるからなおさらで、実際、誰のシャツをいくらで受け付けたかとか逐一覚えていくことを要求されはじめているので、(Aさんのセーターはブランド物なので100円UPとか)扶養控除とか全然枠があまる状態でいいから、バーコードを通していればいいような流れ作業に移動したほうがいいんじゃないかと思い始めています。

時々思う。学校で成績は良くなかったけど、そういう小さなことをひとつひとつ覚えるのは得意だという人がこういう仕事に低賃金でつくことになって、試験によく出るみたいな問題を覚えるのに慣れたひとが、そういう仕事についてついていけないことがあるって。実際には、そういう細かな仕事も大事で待遇がよくあるべきだと思うし、そういう世の中だったら、試験によく出るような問題なら覚えられる、みたいないいのかわるいのかわからないような訓練もあまりなくなるような気がする。

ブログも、頑張りたいけど、それも今一つ自信がなくて。

ただ、長い目で見れば、ネットで収入得れる努力をしたほうがいいような気はします。

アラフィフになって、求人が少ないのもわかっているし。条件の悪いのを我慢するのが人生みたいになりそうな予感が・・・

なんか、思想系の話をブログに書いていくことに決めたら(そもそもこれに需要があるのか自信ないし、って、そこを社会意識変えていこうぐらいのイキオイが先日まであったんだけど、アナリティクスで、見る閑古鳥に幸先の悪さを感じつつ)なんか、この周辺の家に類塾のチラシが入っていて、

なんか、Noneが今社会活動していることとか、放送大学見てることとか、私が思想系の本読んでることとか、方向的には似てるところにいるんだなと思ったりしました。(まあ、だからこその探求講座のサンプル授業参加の生徒だったのかもしれないけど。)

昨日の本を読んで、院とか行って、学問を仕事にしようとかした人の枠から外れた人たちが、高学歴ワープアになることとか、真ん中ぐらいの人々が真ん中ぐらいの生活ができること、今待遇を下げることで収入を得ることを余儀なくされるぐらい追い詰められていることをなんとかできるように働きかけたいという気持ちがあるんだけど。

まあ、実際社会活動しているのはNoneで、それをそれで生活できるような進路をとれるように情報収集とか援助するのが自分の今の仕事だと思っているんだけど。

まあ、予備校行って数学をちょっと上げれたら、第三志望大学の判定ぐらい上がらないかなと思ったりします。

とりあえずこんな感じです。

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