近大オープンキャンパス行ってきた

 朝、起きて、近大オープンキャンパス、ちょうどいい時間に着くように家をでるのはどのぐらいかな、とか、路線考えながら朝を過ごして、

 今朝になって、近大一番楽に行けるのは、鶴橋から近鉄ルートじゃなくて、新大阪からおおさか東線ルートなのに気づく。

 これだと、うちからはかなり近大の通学は楽になるはずだ。

 八戸ノ里からバスかと思ったけど、神大のオープンキャンパスのときに、バスとか絶対ムリ、みたいに行列になっていたのを思い出したから、長瀬から徒歩。

 長瀬駅前、商店街の入り口に近大のウエルカムの垂れ幕とか下がってて、商店街ずっと蛍光灯数メートル置きにも小さな垂れ幕かかってて、町ぐるみのちょっとしたお祭り騒ぎみたいになっていた。

 入口で、学校のパンフレットが入った紙バックとかもらって、一緒に近大のオリジナルのミネラルウオーターのペットボトルを全員に配っていて、Noneと、「1970年の万博で、帽子を配っていた松下幸之助もかくあらん。」とか言ってて。

 受験の説明会の会場に入ろうとしたけど、満員で、別の会場に行ったら、オープニングセレモニーの、チアのひととか合唱団とかの演技を見ることになって、Noneと、「学園祭?」とか言ってて。

 その後、なにか司会をする学生が出て、出身校を私の出た平凡高校だと言ってて、平凡高校からでも入れる大学に、某高行ってるNoneを進学させるのは、チョイ心理的ダメージとかは感じたけど。(まあ、でも、その「後輩」は文系学部で、Noneには近大ならば理系で行って欲しいと思っていて)

 まあ、併願とかで、いくつかの学部を申し込めるけれど、理系と文系の両方を一度の試験で受験することはできないらしい。

 受験の日程とか、受験科目の話を聞いて、この日のコレなら受かりやすいかもしれないね、とか言ってて

 正直、私立になるなら関関同立より、近大の理系に行きたいね、とか言ってて。

 外出たら、会場とか、オープンキャンパスとか、以前に関学とか同志社とか言ったのとは全然様子が違って、めっちゃ世俗の欲望が渦巻いてますなー、みたいな様子で

 まるっきりUSJのパクリみたいになってて、キャンパス内、どこ行ってもユニバみたいにバックトゥザフューチャーの曲流れてるし、

 無料で食べれる、という近大マグロの整理券をもらいに行ったら、ちょっとしたアトラクションか、言うぐらいの行列になって

 並びましたよ(そんな、何時間待ちとかじゃないけど、そこそこ長い行列で)

 回転ずしとかスーパーのお寿司とは違う、そこそこのお値段のするお寿司(ネタは美味しかったけど、シャリはなんか機械で握ったやつでしたが)でした。お醤油もちょっとイイヤツがテーブルに置かれていました。

 生協でガリガリ君もらって

 で、写真撮るの失敗してたけど、食堂で「近の炙りブリ丼」を食べて

におわないブリ丼 近大農学部学食で初提供

 どうして写真消えちゃったんだろう。レアな感じの残ったあぶったブリに、ちょっとポンズか柚子かわかりにくかったけど、柑橘系の味付けをした大根おろしが乗っていて、よこにお出汁がついていたのが、おすましなのか、かけてお茶漬けにするのかわからなかったけど(私は先日の和牛丼のように、半分食べて、残りお茶漬けにしました)なかなか美味しかったです。(近大のオリジナルのオムライスもありました。そっちのほうが売れているみたいだったんですが、私としてはブリ丼で正解だったと思います)

 Noneと、ランチ食べながら

 J「ピノキオが騙されて行ったプレジャーアイランドみたいなとこなんじゃないかと思うんだが。」

 N「ありうる。」

 とか言って笑ってて。

 近大のオープンキャンパスが楽しいからと言って入学してしまったら、ロバになってしまうかもしれない。

 って、理工学部も確認したけど、近大の中では、None的には農学部の方が魅力的で、奈良の方は、大学らしかったと言うし、でも理工になったからと言って、やりたいことがやれないわけではないらしくて。

 うち、Noneの話聞いててわけわからんねんけど、有機化学、というのが面白いらしく、Noneの用意できる受験科目でそれが勉強できるのが近大なら、応援するから、という話で。

 こういうのもなー、うちがもっと情報通やったり、勉強できる人やったら、国公立大学で有機化学できるようにサポートできたんやけどな。

 でもな、全部子どもに任せて放置、みたいなのも一つの方法なんかもしれへんけど、何も知らないで生まれてくる子供に、親が話しかけるのって、ただ単に日本語とか、母国語の語彙とか文法を教えるかけ流しのコンテンツではなくて、その親が生きてきたうえでの思想とかが当然入ってくると思うねん。親が心理学好きやったりして、それの影響を受けた子が、行きたくなりそうな教育機関とか仕事に行けるようにすることって、決して子どもの芽をつぶしているわけでも親の作品にしているわけでもないと思うねん。

 心理学好きで、話してたら子どもも心理学興味持って、そっちで進学したいのかなとか思ったら、ギリギリで受験科目も用意できてないのに、農学部とか行きたい、言うんかーい、みたいな。ある程度の影響は出るけど、子どもは自分のもっとやりたいこととか見つけられるよ。(って、それでも第一志望国公立は、理系で用意できないし、やっぱり心理学は心理学で好きだからそっち方面で受験するんだけどね。でも、これは親が押し付けて心理学進むのではないし、心理学は好きだし、理工学部受けられないのもNoneの勉強不足だし)

 Noneが、高校では倫政とってないんだけど、自分で倫政勉強して、センター倫政にすることになって、私が手伝おうか、って言ったら、「オカンはセンターの出題範囲より濃い話するだろうからいい」とか言われて。

 昨日、でも、Noneのほうから、自分がヘーゲルのアウフヘーベンの理解があってるか聞いてきて、

 残念ながら、学部の時、もヘーゲルはあんまり調べてなかったから、Noneに説明させて、それ合ってるか、私がネットとか見て調べることにしたんだけど、

 大学受験生と、20年前に学部で哲学を専攻(って言っても学部生ってゼミで2年ぐらい哲学やるぐらいだから、腰据えて見れる哲学者って1人だけの場合が多いし、新書並みの知識でいいっていったって、そんなに何人も見れないから)ぐらいの親のヘーゲルのアウフヘーベンの理解なんだけど、

 要は、過去に、アカン自分がいて、自分をよくしようとするのとか、それでもアカンとかを繰り返して、今納得いく自分がいるんやけど、過去のアカンかった自分も、今の自分のコヤシになってる、みたいな解釈で私はいるんだけど

 だからね、親が勝手に子どもになにか教えたり、何かさせてアカンことがあったとしても、それすらもコヤシにできるように最終形を目指すとしたら、子ども壊すとか潰すとかないんちゃうかな、それがアウフヘーベンじゃないかなって思って。

 アウフヘーベンの理解が正しいかどうかは別として、

 親が、よかれと思ってやったけど、うまくいかないこととか、なにかひとつ乗り越えたところに行く機会にすればいいんだと思う。

 実際、小学校の時だったと思うけど、確か哲学者の言ってることの要約みたいなのを集めたのを一緒に読もうとしたけど、そのときは、もとが要約だから、キチンとした理解とかも求めてなくて、ただ、こういう世界がある、っていう紹介にすぎなかったのだけど、で、幼児の時の漢字ドリルと同じで、途中で投げ出してるんだけど

 今、倫政でセンター受けたいからやと思うけど、この哲学者の言っていることはこうやろ?を大学受験の時に聞いてくれる関係になっていることが、どこかの有名大学に行くよりも嬉しい

 もちろんね、国公立大学で、心理学やってくれるほうがうれしいし、それとは別に、近大で自分のぜんぜんしらない有機化学をやるでもいいんだけど。

 親の、いいこともわるいことも、できることもできないことも、子ども本人のいいこともわるいことも、できることもできないことも、全部踏まえて新しい良いものをめざしていく

 親が子どもを持つとき、父親だって母親だって、自分がこうして欲しかった、あれがやりたかった、ああすればよかった、があるし、正直、よその子を見て、あれはうちの子にも合うかもしれない、は思うはず

 子どもを何人か産んだような時点で、完璧な子育てができる必要はないし、暴力を奮うとか、食事を与えないとか、それは親としてイカンやろ、みたいなケースは考えられるけど、(このへんが、どこからアウトかっていう線引きをするために、親は、ちゃんとした本一冊読むぐらいの心理学とか教育学はあったほうがいいと思ってて)基本、自分完璧やないんやろうな、と思いながら、完璧じゃない子育てをしていていいんだと思う。

 料理とか作るときに、科学の実験か、言うぐらい、温度や分量にこだわるタイプの人って、家庭の料理作るの苦手な人多いと思うんだけど、

 子育てだって、キラキラしたのを壊しちゃいけない、とか、あんたの子、核融合物質(これは光らないらしいが)かなんかですか、みたいな気がして。逆にうまく子育てできなくなると思って。

 英語のことならともかく、子育てのこととかに関しては、あのひと、ただの思い込みでモノ言うだけのひとですから。そんな人の言うことを聞くのは、普通に生活してて、羨ましいなと思う人のマネを少ししてみるのと本質的には何も変わりませんから。

 まあ、おうち英語のピラミッドみたいなのの中に入って英語とかを気にしてない大勢の普通の人に対して、実際優れているわけでもないのに優越感感じたいひととかは、しかたないのかもしれないけど。

 まあ、Noneに、今日取り忘れた近大の過去問もらいに明日の近大のオープンキャンパスにもう一度行ってきてとか、パシリ扱いだったんだけど、(Noneは模試)ネットみたらPDFでダウンロードできるので、明日は教会に行って、午後受験説明会に行ってきます。

とりあえずこんな感じです。

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例のブログ見た

 って、もうブログ村からも出たみたいなんだけど。(まあ別に、もうブログ村の順位気にしてブログ書いてるひとも少なくなってるだろうけど、ってカリスマパパ気にしてそうな気もする)

 まあ、朝一番に見て、何コレ、とか思ったんだけど、朝弁当つくらにゃならんだったし、昼から授業で、いろいろ準備せにゃならんかったので、ツッコむ前に家を出た。

 何をもって成功とするか失敗とするかは人によって違う、というわりには、広告動画に出てる子、高額教材のCMに出てきそうな、世間一般で成功している、という感じの子ばっかりだよね。なんかね、英語力は普通だけど楽しそうだな、とか、見てて、いろんな価値観あるよね、って感じのする子が全然いないんだけど。なんか、そういう子も中にいるけど、顔出しOKでたのがたまたまそういう子だけだったからとか言いそうだけど、サークルの中で幅聞かせてるのは、そういう英語のいわゆる上手な子どもだけなんじゃない?みたいには見えるよ。

 まあ、そこよりちょっとキレたのは、また、教育に熱心な人をディスってるところですよね。

 幼児期に身につけた方がいいこと、というよりは、幼児期にしか身につかないことってあるし、それを子どもに身につけさせようとすることが、大人の物差しで子どもを計ること、とか言いきっていて。

 大人の思いつかないことをすることっていいことだけど、けっして、幼児期に音楽をさせることとか、水泳を習うこととかで、大人の思いつかないことができなくなるわけではない。

 以前、プリントをさせる親をひどく言っていたことがあるけど、そりゃ、間違った方法で、間違った量のプリントをさせる親とかもいるだろう、でも、あるていど発達心理学とかをちゃんと学んでいたら、標準的にこのぐらいの年でこのぐらいができます、とかいうのが、あくまでも標準でしかすぎなくて、その子の段階がある、というのはわかっている人の方が多いと思う。(そういう、ちゃんと調べもせずに、販売されているプリントの「何歳」とかいうのだけ見ている人でなければ)

 まっすぐな線を引く、とか、まがった線を引く、っていうことを、その子にちょうどの時期に練習させる、たいていイラストかなにかが書いてあって、橋を渡ったり、迷路を抜けたりするような気持になるようになるものが多いけど、実際、線が引けて当たり前の時期に、線を一本うまく引けただけで、子どもは大喜びするさ、褒め方がうまければね。見た感じでは、子どもの方は冒険でもしたような気分でそれをやっているように見えるし。

 ほんの、ちょっとの時間、線を引いて、褒めて、ハナマルでもしてやったら、ものすごいご褒美もらったような顔するさ。

 でも、それで、決まった線しか書けない子とかにならないし、母親がご飯を作っている間、自由な時間に、自分でいろんなものを真似して書いたり、自分の好きなものを書いたりするようになる。実際、うちがそうだったし、遠足で動物園に行って動物の絵を描きましょう、とかいう場面で、よその子より楽しそうだったし、よその子よりちょっとうまかった。

 音楽でも、水泳でも、そりゃ習いに行けば、音楽一家とかだったら、スパルタもあるし、水泳とかでも、親がどうやらミキハウスの社員で、なんか選手みたいだな、とかいう家とか、キビシイ家とかあったけど、他のものだって負担の多いレッスンとかさせようとかいう家とかあるんだろうけど、普通の家とか、そんな、枠にはめ込んで芽を摘むとかいうものにはならないと思う。

 実際、私は、母がピアノ教師だからピアノは習ったけど、その他の習い事は一切なかった。お金がないから。

 神戸線の比較的お金を持っている人の住む地域だったから、自分と、習い事のできるよその子とかの違いをヒシヒシと感じながら育ったよ。

 子どもだけの素質で、天才と言われるほどの能力を開くことができるのは、よほど生まれつきの才能に恵まれた人だけだ。

 習い事をせずに、自分の時間を持ちたいか、楽しいものとか、自分に合ったものであれば、習い事をしたい、というのも、実際ならいごとに連れて行って、その子の反応を見て決めることだと思う。

 ふつうに行く習い事が枠にはめ込んで芽を摘むことであるとしたら、親が英語の歌を歌って聞かせたり、絵本を見せたりするのも、枠にはめ込んで芽を摘む行為の中にはいる。

 別に、音楽スクールへ行って歌を歌うのだって、べつにインコを調教するように歌わせるわけじゃない。音楽スクールにもよるけど、基本、幼児向けの音楽スクールなら、子どもの好きになる歌を、楽しく歌うはずで、たいていそういうスクールに行かす親は、親も音楽が好きで、一緒に歌ったりして育児の一環にしていることが多くて、おうち英語やっている親が、子どもの気に入りそうな英語の歌をかけ流したり歌ったりするのと、どこが違うんだ、みたいなものだろう。

 それを、他の習い事だって、子どものことを考えて、子どもに合う方法で取り入れている家なんていくらでもあるだろうのに、子どもを親の作品にしている、とか、よそを悪者にして、自分達がイイモノだと思わせて、優越感感じるようにしている。

 批判されるべきは、よその子に勝るようになにかを習わせたり、その子には無理なハードルを掲げる親で、習い事をさせるとか、その子がちょうど習得しそうななにかを、その子に挑戦させる親ではないと思う。

 みんな天才なんだ、は、聞いた方は聞き心地がいいさ。

 でも、実際、習い事に行かせてもらえなかった子が、天才、って呼ばれるほど、なにかに秀でることは難しい。

 私自身、子どもの時から絵が好きで、いつもみんなに褒められてて、頑張れば漫画家になれるかもしれない、みたいに思った時期もあった。

 高校で、芸術大学の教授の娘が先輩にいて、基礎からなにから、全然ちがったさ。

 親が好きだった芸術を、当たり前のように毎日続けていたその先輩は、別にその両親の作品のように扱われていたわけではなかったし、親が自分が好きなことを、子どもも好きになるようになることってあるんだと思う。

 うちの母みたいに、辛いぐらいピアノの練習をしなければ、「食べれる」音楽家にはなられへんねんでー、みたいに、練習も楽しくなければ、目標もそんなに魅力的ではないものを掲げる家とかもあるけど、親が楽しいと思うことを、子どもにも楽しませて、親が魅力的だと思う将来像を、子どもが自然に目標にするようになる場合もあると思う。それは、決して、親が子どもを作品にしているのではない。

 私自身は、その子の幼児期の素質とか性格とかを考えて、いける子だと判断できる場合は、オリンピック選手になれるべく水泳をスパルタ、とかいう状態になっても、親がその子の素質とか性格をきちんと判断している、と解釈できる場合は、やっぱり枠にはめ込んだ、とか、親の作品にしている、とは言えないと思う。

 子どもはみんな天才なんだ、という文句が、すごい偽善的に聞こえて、むしろ、人間らしささえあれば、人より優れている必要はないんだ、みたいな理屈だったら、納得いっただろう。(でもあのひと、いつも最強とか自画自賛とかばっかり言って、他人もけなしまくりだし)

 っていうか、うちから見たら、英語コンテンツに偏りすぎた趣味娯楽を与えることのほうが、よっぽど枠にはめ込んでるねん。

 それに、ボスママが「さすが」と言ったカリスマママとかのほうが、よっぽど自分の子作品扱いしとった、言うねん。

 そりゃ、ボスママ自身が大人の価値観で子ども育てへんとかいうのは勝手やねん。好きにしたらいいし、その育ってる結果もそんなに魅力的ではない。あの家族を見て、ああすればよかった、みたいには見えてない。

 逆もそうやろうけど、うちが自分の子を枠にはめ込んだとか、芽を摘み取ったとか、作品扱いしたとかは言われたくないねん。

 幼児期に英語で流行ってる英語コンテンツ、見せたけど、拒否られて無理に見せたりしてへんし、実際、ダンナに追い出されて大阪に来たばっかりの頃って、うち自身が睡眠障害でちゃんと起きれている時間少なかったし、Noneにかまってやれる時間は少なかってん。Noneは、ホンマに最初に公園連れて行ったときも、何もせずただ、砂場に座っているだけで、親が一生懸命プリン作って見せたり、何かに興味持つように頑張ったけど、ちょっと障碍あるの心配したぐらい、なんにも反応しない子やってん。大阪来た後、1年ぐらい構ってやれなかったら、また何にも無関心状態になったから、公立で進学せんとアカンもあって、公立コース受験路線に踏み出すことになったんだけど。

大阪来る以前は、発達心理学で、どの順番にどの能力が上がっていくっていうのを順番として、この子にはこのぐらい、みたいな感じでいろんなことをしていた。興味とか示したものは、できるだけやらせてみたし。(お金もあったから、ちょっと馬乗ってみたいとか言ったら、馬乗れるとこ探して、幼児だから乗馬とか無理だけど、馬触れるところに連れていったり、馬車乗せたり。)

 まあ、自分のオリジナルで、幼稚園やったNoneに、漢字には音と訓があって、へんつくりがあるって説明して、少し練習した後、あんまり漢字のことやらずにごく普通に生活してたら、「歳末感謝祭」とか、一度も説明したことない漢字の読みとか読めるようになってたよ。看板とか、生活で目にする漢字で、読めないものはほぼなくなってた。

 それは、決して私の作品じゃない、だって、私もそこまで計算してなかったから。ただ、一個一個漢字がどう読んで、意味は何で、って説明するの、しんどそうだな、とか思って、音と訓、偏と旁で漢字ができてるって言うのを、偏とか旁の意味がイラストで書いてあって見やすい500円ぐらいの漢字練習帳があって、そのときのNoneにもできそうだから持って行って、ちょっとやってみたけど、あんまり面白くなさそうだから、けっこうすぐやめた、っていうだけの話だったし。

 まあ、ソレ、英語でやってたら、英語での爆発があったのかもしれないけど、親が得意じゃないことより、親が自分でできそうだと思ったことをやっただけの話だし。

 親が、自分もろくに話せない英語で語りかけをするより、よっぽど枠にはめてないと思うで。

 人のところは、親の押し付けで芽を摘んでて、親の作品扱いで、自分ところは育児のツールなんです、みたいな自分たちに都合のいい理屈を言い張ってるのが、めちゃくちゃ腹が立ちましたね。

 まあたぶん、批判を避けるためにブログ村離脱したんだろうけど、自分達が自分たちでいい人と言う判断がしたいがために、言われもない人を批判したり、(間違った幼児教育をしているひともいるだろう、けど、自分達以外の幼児教育をする人を、全部芽を摘んでる扱いをやはりあそこではしている)悪者扱いしたりしているのを見逃すつもりはない。(って、身内のSNSでいろんなひとディスってるだろう、は想像つくんだけど。)

 教育の仕方が間違っている人はいると思う。子どものできることを増やしてあげないといけないのに、親が自分はこれだけ知ってるで、とか、こんなんできるで、とか、親のできる自慢になってる人とか、ちゃうやん、とか思うし、自分が勉強つらかったから、つらいことさせたら勉強になっていると思ってさせてる親とかいるときある。それは、やりかたが間違っているのであって、教育すること自体が間違っているわけではない。

 私としては、親が適切な援助をしないで、子どもがもともと持っている「光るもの」を期待する親とかのほうがキライでね。

 日本語教師の養成講座で習った、スキャフォールディングの考え方が一番好きでね。まあ、wikiとかでまとめたものがないので、自分のことばで簡潔に言う自信がないし、あのボスママ、あっちゃんのいい夫やめます=悪い夫になります、の人だから、ちゃんと聞く気ないだろうなとか思うと考えるの面倒くさいので、それなりに説明してくれてるサイトのリンクだけ貼ってる。私はこのページをそんなにガッツリ読んでないけど、間接的なスキャフォールディングのほうが好きだ。

スキャフォールディングという支援の恩恵

 まあ、今日は、授業行ってて、それなりに生徒たちとうまくやれてるんじゃないかなと思ったけど、授業聞きながらも、それなりに私語があるので、(でも、みんなが黙っているときのほうが、寝てるやつとか、うつぶせたりするやつがいる状況のことが多くて、少し私語あるぐらいのほうが、ホワイトボードに貼ったイラスト見て、ベトナム語でなんか言ってるよ、状態で、まだ授業聞いてくれてるように思うのだが)

 会話練習とか、アドリブ入れてくれる生徒とか出て、それを他の姓とも楽しそうにしたりして、私としてはうまく授業できてるつもりだけど、私語があるのを苦い顔して見てる常勤の先生とかチラッと見えて、難しいなと思った。

 私が相談する相手になっている常勤の先生は、私が出したアイデアとか賛成してくれるし、見学の時に、つまらない授業をする先生だなあと思った常勤の先生も、今日授業のことで相談したら、けっこうおもしろい規格を授業でしている話をしてくれて、あのときは模範的な授業をしないといけないから、あんまり遊びみたいなことはしなかったのかな、と思ったり、25課ぐらいになると、生徒が教科書だけでついていくのいっぱいいっぱいで、そんな余興のあることがやれなかったのかもしれない、とも思う。

 来週は学校の行事で授業がお休みで、その次とその次の週、学校から言われてるテストとかだけですむ授業かと思ったら、けっこうテストあっという間におわるらしくて、テストで使われた教材とかを材料に、話ふくらまさんといかんかったり、ひとつの課の新出単語と、15分ぐらいで終わるテストだけで2コマつぶしてください、とかになるらしくて、新出単語なんか、生徒みんな予習してくるし、授業すぐ終わらない?とかいうことで相談したら、その前までの課の復習してください。と言われ、とくに推されたのがて形の復習とかなんだけど、1コマ半つぶせる企画をなんか考えんといけません。

 って、明日、近大のオープンキャンパス行きます。

 うちにしたら、子どもがある程度の年齢になったときに、進学とか就職とかの選択肢が、すでに今から努力しても間に合わないと思えるような状況にさせることのほうが、(自分がそうだったように)親のやったことに不満もつんじゃないかなあと思うんだけど。(って、それすら思えないように、自分の子洗脳してるように見えるもの。あのサークル)うちは反抗期が来たら、親に文句好きなだけ言えるようにしてるけど、なんか、あのひとたち、私はいい親よねー、を自分の子に強制してるように見えるねん。

 ある程度の選択肢が選べるところまでは、必死で押し上げた。経済的に国公立しか選べなかったときは、第一志望でなくても、受かりそうな国公立を受験してもらう予定だったけど、今は私立もOKだから、好きなところで受かったところに行ってもらうつもりだ。

 だいたいこんなことがしたい、という話を聞いたら、それでつけそうな仕事とか進路とか、親の私がめっちゃググったけど、選ぶのはNoneだし、それが気に食わなくて自分でググるのを禁じてるわけじゃないから、(そのへん、今でも砂場でボーっとしてるのと変わらない状態なんだけど)決して、どんな進路とっても、私の作品じゃない。

 まあ、受験だし、運がわるければ全滅もあるんだけど、受験うまくいかなかったら、子ども潰したとか好き放題言うんだろうな。身内じゃないひとんちのことは。

 自分で行きたい学校選んで、受からなかったら、受験勉強とか、一応予備校とか行かせてるけど、それもかなり親子で一緒に相談してだし、(って、自習室に使えるからって東進に変えたんだけど、ほぼ行ってないの、別に無理に行けとか言ってないし)志望校とか、その他の受験大学も、受かっても受からなくても、私のせいでもおかげでもないんだが。

 進学できる大学が、所属している高校の指定校推薦とか聞くと、私なんかは指定校推薦で行ける大学がたまたま自分の勉強したいことができる大学の学部だっていうのが、かなり稀なケースの気がして、そりゃ、うちが志望校のなか混ぜている産近甲龍より、うちの指定校推薦で行ける大学・学部の方が偏差値が上、とかいうこともあると思うけど、正直、指定校推薦と言う狭い選択肢で、人生の一番ノリのいい教育を受ける機会に、本当にその子の一番したい学問を学ぶチャンスを作りましたか?は問いたい。

 ってねー、うちも全滅かもしれないし、どこやそれ、みたいな、某高行ったのに、みたいな大学に行かないといけない可能性もあるから、強くは言えないんだけど、

 別にね、子どもの時からゲームが好きで、ゲームを中心にしたいから高校受験とか大学受験とかあんまり頑張りたくなくて、でもある程度の偏差値の大学には行きたいから指定校推薦を狙ってて、その大学出たらゲーム関係の仕事目指します、とか言ってた、「高い偏差値の高校行ったのに、推薦と同じ大学に行った」発言の人、

 前も言ったけど、その関係の就職希望なら、大学じゃなくて、専門学校に行って欲しい、があるし、受験頑張らないで高偏差値大学狙うのも、その数値を出した、まともな受験生をバカにするのもやめて欲しい、だし

 まあ、なんか、そういう人の方が、長く強くつきあえるんやね、は不思議。あの人のコンサルを1時間×3回一万円とか、ブログはツッコむために見てるけど、参考になったことはないわー、みたいな。

 って、遅くなったし寝ます。

 って追加だけど、UPしてから他の教育熱心なひとのブログ見てても思ったんだけど、自分の人生で、このときにこれができていたらよかった、っていう経験って、ひとつの文化資本だと思うのね。(ブルデューの言う意味での文化資本ね)これ何度も言ってるけど。何年生までに何ができていたらいい、を自分の子や、他の子に教えて、それができるように教育することは、決してその子を作品にしているわけでも、芽を潰しているわけでもない。普通に、子どものことを思って教育する人を悪し様に言う人が、私最強とか言ってふんぞり返っているのを、どうしても許せない。

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あっちゃんカッコイイ

 今日二つ目の投稿で。

って、まあ、中田敦彦さんなんですが

 昨日、夕陽に別れを告げて~メリーゴーランド~を歌おうと思って、意外にキーが低くて、歌いづらいなとか思って、ユーチューブの初音ミクのを見てたんですが

 おすすめの動画に、中田敦彦さんのYouTube大学が上がって、テーマが気になったからそのまま見て、

 3日前に(昨日見た時点では2日前なんだが)上がったやつ、今最新版が挙がったところをチェックしたところだけど、なかなかテーマが熱い。

 このテーマ、消化するのあっちゃん大変だっただろうな。

 まあ、スマホとかでもうたいがい新しいの出尽くしたつもりになっていた私には衝撃的だった。

 もちろん、理系のカシコイ人とか、今更ナニ言ってるの?だろうけど。

 この動画とは話ズレるけど、インターネットの多数同時接続とかできるのなら、政治とかもう、直接民主制を目指せるんじゃない?とか思うんだけど。

 って、自分の子にあんまり高い教育をする気じゃない人が、子どもの英語教育サークルの大御所になったりしているの見てると、一般的な成人がみんな政治に参加できる世の中とか、技術じゃなくて人間のほうで問題あるのかなは思うけど。

 この動画見たときは、株、グーグルじゃなくてアマゾン買わなかったの後悔したんだけど。アマゾン今めっちゃ値上がりしてるし。

 まあ、これ見て、グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルの統治が終わるだろう論を見たんだけど。(適当なところでグーグル利確しようかな、って、それだったら買って1年後に利確して、そのお金で他の投資したほうが儲けが大きかったかもしれないけど)

 まあ、他のYouTube大学より、再生回数高いよね。たぶん、この流れがあるからだろうけど、

オリラジ中田、YouTubeでがっぽり稼いで吉本興業の「専属エージェント契約」第一号に?

 って記事が昨日挙がってるみたいだね。

 もちろん、危ない橋渡ってる感じがしなくもないけど、先輩芸人から仕事もらう生き方じゃなくて、自分で道を切り開こうとしている姿勢は評価しようと思う。

言っていることは、あっちゃんが読んだ本のまとめだから、どれだけ正しい内容を言っているか確証ないけど、着眼してこうやって世の中に出したということに意味があると思っています。

 この動画4つだけでもかなり読書とか勉強してるんだろうと思う。奥さんの育児手伝ったりするのもいいけど、それを育児の専門家のヘルパーさんを雇えるお金を稼いで、自分は自分に向いた仕事をやる、といっていたとおりだと思う。

 それはそれで、「いい夫」だろうと思うから、読解力のない人もいるんだから、「いい夫やめます。」とか言わなくてもよかったのに、は思う。

 まあね、普通日本人だったら、そこは、「いい夫やめます。」とか言って謙遜して、って、庇ってもらえると思って発言したりするもんだから、それを期待して言ってただろう、というのはわかるんだけど。

 そりゃ、動画とか、「オレ賢いです。」みたいなオーラ出してるし、動画の最後にパーフェクトヒューマンの広告入れたりしてるのが、反感持つ人もいるやろうなー、とは思うけど。(まあ私、偉そうな人はやっぱりあんまり好きじゃないんだけど、それでも、自分にいい情報くれるひとの偉そうは、けっこう容認するほうだから)

 まあでも、あとAIの動画も見てたから、そこで言ってたやつだったと思うけど、AIが自分の出ている動画とか作品の視聴者データとか見て、次の動画、自分抜きで、相方の藤森君の歌だけにしようとかいう結論出したらどうしよう、とか、心の底で思っている不安とか発言してるし、すっごい、人に認められたくてアピるタイプだけど、本当は不安とか持ってる人ですね。

 自画自賛とか、キライじゃないよ、実はね。ただ、その賞賛に値する能力が他人から見てもあると思える場合だけだけどね。

 では、明日午前中、明後日の授業の準備完結できるようにして、(ほぼほぼできているけど、月曜に上司に出したメールの返事がまだ来てないから、授業内容をまだ変更するような指示がくるかもしれない)と、あと、できてるパワポを、いつもは学校に印刷してもらうようにメールで添付するけど、今回はもう自分で印刷して用意しようかなとか思っています。

とりあえずこんな感じです。

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共感を得るって・・・

 あの人のブログが文章力あるとか評価されているとか、自分でひとから褒められてるとか書いてるんだけど。

 文章力をどう定義するかとか、かなり人によるんで、そう評価する人がいるのは「仕方ない」ことなんだろうと思うけど。

 まあ、今、文章がうまいとかいうのは、明治の文豪みたいに小難しいこと書いてるのじゃなくて、星新一さんが書いたように、難しくない単語を使って平易な文で、伝わりやすく書いている文のことを言うことが多いと思う。

 あと、欧米型の文章つくるように勧めるサイトとか多いし、ビジネスではそのようがいいんだろうと思う。

 自分自身は、自分が読んできた漫画とか芸人の喋り方に影響受けた、日本型の文章なんだけど、これは評価されるために書いてないし、自分の思ってること原寸大で書いてるから、読みやすさとか全然考えてないし。(大学の頃、めっちゃグライスの会話の原則とか勉強してたのに、それの、量の公準とか、思いっきり無視した長さで毎回書いてるからな)

 実際、自分も、話すのがうまいのは、宇治原君より、あまり勉強しなくても行ける学校の芸人の方がうまいし、人の心をとらえていることがあると思う。(千原ジュニアさんを家では宇治原君と比べて言うことが多かったんだけど、今調べたら、ジュニアさんって、けっこう難関高校に猛勉強して入って、そのあとやる気をなくして中退したらしくて、学力がなかったんじゃないらしいから、ここで学歴と話芸の比較に出すのは間違っていると思ってひっこめた。)

 重ねて言うなら、日本語検定N3の留学生でも、下手な日本人より話すのうまいひとはいると思うし、国語力と話す力って、別のもんだと思う。(あの人の読解力とかめっちゃくちゃなのは、あっちゃんの「いい夫やめます」のときにすごくわかったので)

 まあ、ブログでも、私国語力ありますとはどこにも書いてないからいいんだけど。

 あ、私、文章力ないかもしれんけど、読む方が国語力いる文章かいてるんだろうな、とは思う。めっちゃ鍛えられた娘持ってるから。たぶん。

 ひっかかったのは、あの人のブログに共感しているらしい人が結構な数(って、あの人の自己申告だけど)いるという話。

 まあね、あの人が身内のひとのことを面白く話すのとか、病気とか心配するのを書いているのは、身内には共感されるんだろうな、とは思うけど。あるていど、常識的な文章で書いているし。

 ってでも、自分の子、偏食で白ご飯とパンと(あと海苔だったっけ?)しか食べられないの、全然心配してなくて、それでも十分健康に生きて行けますとか、他の人が自分の子の偏食を心配しているのを、自分達が大丈夫だから、心配いらないみたいに書いてるのとか、人格疑うひといないのかなとか思う。

 偏食を心配しすぎて、強引にものを子どもに食べさせたりするのは、それはそれで問題だろうけど、今まだ子どもが小さいから健康でいられるみたいだけど、将来的に成人病になるとか心配しないのかとか、小さいうちの柔軟性のあるうちに、少しでも色々な物が食べられるように努力しなかったのかとか、思わねえ?

 このへん、子どものこと考えて、神経質になる人より、全然気にしない人の方が、受け入れられるという不思議。

 高2で推薦とかもらえるように勉強している我が子に、毎晩洗濯とかさせてて、子ども朝食の時に勉強とかしてて、で、続けて、話聞いてたら、ご飯作るのも掃除するのもたいがいダンナで、本人フルタイムのワーキングマザーってわけでもなさそうだし、洗濯も掃除も食事作りも仕事もそんなにしてなくて、なにしてるの?みたいな日常が書かれてるんだけど。子どもは感謝してもらえるから喜んでるとか、ダンナには愛されてるとか、書いてるんだけど、英語の教える仕事でも、けっこう雑用ひとに押し付けてるし、押し付けられてる方も、「こき使われ隊」とか言って喜んでるんだけど。まあ、うまいこと言って、ラクなポジション手に入れるのうまい人なんだなあは思う。

 まあね、掃除洗濯を嫌がらずにできる子に育てる方が、その子がやりたい学問をやれるようにする進学を手伝うより、生きていくのが上手な子にはなるのかもしれないから、その選択肢がいい結果だすのかもしれないけど、正直、子どもの可能性を信じなさいとか言って、子どもに習い事とかさせるのを否定していた人の子どもってこうなるんだ、は思う。それはきっと、子どもに習い事をさせて、それに興味を持ったり、それで得意になったり、とかを期待していた人が求めていたものではないと思う。

 まあね、掃除洗濯を進んでやれる子にするのは、いいことだよ、でも、ACのコマーシャルで、家の仕事たくさんあって、十分な教育が受けられない子の問題聞いたときと同じような、なんか、可哀そうな影みたいなのを感じる。

 このひとは、本当に周りの人の幸せを考えていますか?って、私は、たぶんあのブログで、「考えさせられるとこあるわー(ってたぶん肯定的な意味で)」って言ってる人とは違う意味で、めっちゃ考えさせられる。

 あと、身内にだけ優しいよねー。確かに、友人の病気のこと心配するのとか、ふつうに心配してるんだけど、基本あの人、他人の欠点とか点数低いのとか、私たちこんなんじゃなくて良かったねー、みたいに、生贄にすること多くて、たまにそうやって身内のこと心配してるのとか見たら、「身内にはやさしいんだ」みたいな感想しかもてない。

 まあ、そうやって、部外者をまつりあげて身内の集団的自尊心とか満たしている教祖は、信者からはかなりの共感をもらえるんだな、ということで。

 保育園だったか幼稚園だったか忘れたけど、自転車置き場がなくて、雨の日に送り迎えが大変で、近くの公園まで自転車で行って、公園に自転車置いて送り迎えするひとのこと、ルール違反を子どもに教えている、教育によくない、と批判してたけど。

  実際ね、困っている人が多い問題を、ルールだということで、従い続けることが、果たしていい教育なのか、は思う。

 前も言ったけど、保育園か幼稚園化が市のものだったりするのなら、雨の日に安全のために警備員さんか何かに来てもらって、雨の公園を臨時自転車置き場にするとか、困っている人を助ける方向には全然考えが行っていなくて、ルールなんだから困り続けていろ、みたいな結論で。

 そりゃ、雨の日でも公園でトレーニングしたいアスリートとか、たまにいるかもしれないけど、基本、雨の日に公園利用する人がそんなにいるか?

 公園を自転車置き場にすることでありえるトラブルとか事故とかが防げればそれでいい話だったんじゃないのか?

 そこで、ルール違反を非難することの意義ってなに?

 実際、まちがっている常識とか、予算が不足しておこる不便とかでできたルールなら、変えるほうで努力することを訴える方が教育になると思う。

 そういう、困ったルールとかを、正攻法で変えられるほうがいいのはわかっているけど、現実、守れない人、守らない人が多くて、ルールを変えることが余儀なくされるほうが実際には多いんだと思う。

 前に、常識を変えていくことをすごくいいことみたいに書いていたけど、結局は言うことはルールだから守りましょう、みたいなことを言う人だし。

 けっこう、学校のきまりとか、あのひとの家だって、自分の家の教育方針にあってないから、守らない話見たような気がするんだけど?(なんか、追加料金払って高校の補講かなにか授業うけることになってたの、あれ、絶対だったか任意だったか忘れたけど、確か基本的に受けることになってる話を受けてなかったように記憶してるんだけど・・・私立の学校とか、そういうの追加してもらって経営なりたってるところあるんだから、それイヤだったら公立行っとけよ、なんだけど。)

 自分が困るルールなら文句つけるのに、他の人が困ってるルールとか、ルールだから守れとか言ってるし。

 そんなんでも、身内の人には共感もらえるものなんだなーって、その人たちの判断力が不思議。

 って、こんなの書いてても、あの人ほとんどちゃんと読んでなくて、私、出る杭だから打たれてるの、ぐらいにしか思わないんだろうけど。

 もしわかってても、味方がいるから気にしないらしいし。

 たぶん、今でも、身内だけのSNSかなにかで、いろんなひとを馬鹿にして、自分ら最強、みたいにしてるだろうのはわかる。

とりあえずこんな感じです。

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None現国だけめっちゃいい

 今朝、普通に起きて、日本語教師養成講座へ。

 いつもの先生が第一課の模擬の模範を見せてくれると言うから、前の中国語教室でいっしょだったおじさんからランチ誘われてたの断って学校に行ったのに。

 先生、用事あってお休みで、もう一人の先生が授業。

 それはそれで、基本に忠実な初級日本語の教え方を聞けてよかったけど。

 で、午前の授業が終わった後、教室にいた他の生徒さんと子どもの教育について話してて、そのひとプチセレブなひとなんだけど、やっぱガラの悪い大阪の公立学校行かせるより、私立に行かせたいとかの話で、それはそれでわかるところがあって、頷いて話聞いてて、ただ、附天とか池附とかの進学実績とか考えたら、高校で文理十校に行った方が、結果ラクだし賢くない?みたいに言ったんだけど。(Noneが中学受験とか言っていたときは、 附天も池附 も高校に上がるのにテストがあったんだけど、今中高一貫校なん?ネットで確認できてないんだけど。ただ、内部進学について書かれていたYahoo知恵袋では、大学進学を考えたら、高校は外に出た方がいいみたいに書かれてた)

 なんか、プチセレブさんに言わせたら、普通に公立に行ったら、悪い子に感化されそうな(いっしょになってグレそうな)キャラの子だから私立に入れたいだけで、そんなにいい大学とか入れなくていいみたいに話してて。

 金持ちとか、いい大学とか行かせなくても、所得の高い生活が維持できるツテとかコネとかあるのかな、みたいな、(その人、生活レベル落とす気は全然なさそうなので)自分がNoneに、ある程度以上の進学を期待している時点で貧乏くさいんじゃないかなとか思った。

 まあ、実際、高等教育実質無償化とかになったら、将来的に高いレベルの頭脳労働が、安い賃金で雇われるようになるんだろうなとか予測しつつ。

 で、そのあと図書館行って、日本語教師の教案書いてて。

 実際4時間の教案書くのに、どんだけ時間かかってんねん状態なんだけど、図書館で作業するのは、マクドとかファミレスより快適。

 家帰ったら、Noneが嬉しそうに先日の阪大模試の結果がネットで出てるのを私に報告。

 英語がそんなに悪くなく、現国にいたっては偏差値70越えだったことを私に見せる。

 Noneの承諾をとって、その部分だけスクショしました。

 一応阪大人科を受けたい人のなかでの偏差値なので、英語の54そこそこでも、普通の模試より頑張ってるんじゃないかと思うし、国語に至っては、それで70超えますか状態なんだけど。

 って、この下の古文と数学が悪すぎて、総合での判定はEです。でも、ギリEで、もうチョイでDがとれたEでした。

 Noneは本当に努力と成績が比例しない人で、一番頑張っている数学の成績が悪くて、ほぼなんにもしていない国語がこの成績です。

 None的には、中3のときの、11月五木で偏差値85越えより、阪大模試の国語が偏差値70越えのほうが嬉しいらしい。

 まあ、あと、センターの英語とかだったら、あんまりいい成績とれないのに、阪大模試とかだったら少し上の成績がとれるのも嬉しいらしいです。

 受験英語で点数をとれる英語でもなく、英語で娯楽を堪能する英語でもない英語をやってきていて、少し、うちなりの英語をしてきた形ができているのかな、という気になります。

 ただ、日曜にGTEC行ってきてたんだけど、受験時間に間に合うように試験会場近くのマクドで朝マック食べに行ったら、思ったより早くついたので、勉強するには逆に辛いと言うので、持って行ったiPadでネットフリックス見せたんだけど、

 日本のアニメが英語の吹き替えで放送されてるものを喜んで見ていました。

 第一話で気に入ったので、続きも見ていくらしいんですが。

 幼児の時、セサミストリートは喜んでみていたし、ついでにその時期ケーブルテレビで見れたパワーパフガールズなどは見ていたんだけど、そのあと欧米キャラの作品とか受け付けなくなって

 ピクサーのとかは今でも好きなんだけどね。でも、基本欧米キャラより、日本のコンテンツが好きで。

 でも、実際、アメリカの作品に詳しい日本人より、日本の作品に詳しい日本人の方が、日本に興味を持ってくれた外国人には必要なんじゃないかと思うようになって。

 もちろんね、自分が今習っている中国語の先生とか、めっちゃ中国詳しくて、学習する言語の文化とか詳しいことが、語学力を上げているとは実際思うけど。

 まあ、Noneの場合は、日本語教師になるわけではなく、外国語教育にも携わる予定はないんだけど。

 Noneには国語教師になってほしいと親としては思い、ただ、理系科目の先生になりたいと言ったときに、理系科目の先生は言葉で説明するのが上手じゃない先生が多いけど、Noneはそれをうまく言葉で説明できるときがあるので、Noneとしては、言葉の巧みな理系の先生になりたいと思うそうで、それは面白そうだから、できるところまで応援したいけど、ネットを見る限りでは数Ⅲとか理科二科目できない状態で理系の先生は難しそうだなあと正直思う。

 って、今日図書館で作業してて疲れたし、そのときにわからなくなったことを、主任にメールして相談した方がいいと思うのでこのへんにします。

 って、こないだ例のブログ見たら、自分は人の子と馬鹿にしたことがないみたいな、私っていいヒト、みたいな自画自賛またやってて、今まで人のこと馬鹿にし続けてきたこととかなかったみたいに書いててハラワタ煮えくりかえってたんだけど。

とりあえずこんな感じです。

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新しい暮らしを形作り始めているのかも

昨日、ちょっと遅く帰って、ブログ書こうと思ったら、12時超えそうになって、Noneから寝てくれと言われたから寝ました。今朝起きて4時台だけど、目がパッチリさえたので、Noneも隣の部屋で熟睡してるし、続き書き始めています。

 昨日の記事ここから。

今日は、仕事は休みで、夜に日本語教師の養成講座の人たちとの飲み会がある日。

 朝起きて、マクドで朝マックでも食べながら次の課の教案でも書こうかと思ったら、パソコンが充電切れかけ。

 家の近くのマクド、電源ないし。

 梅田のマクド行ったら電源あるし、雨小ぶりだから、雨の対策して出るか、と思ったんだけど。

 頑張って、中央図書館行ってみる?とか思って。

 実際頑張って言ってみたら、すごく快適に作業できて。

 マックで流れてる音楽とか、あんまり好きじゃないし、おしゃべりしている他の客とか気になるときあるし。

 ただ、水筒持って行くんだったなー、とか、これから弁当作って持って行こうかなー、とか思って。

 で、午後に教育機関の教材で子どものプリント採点している仕事場に、図書館から直接向かったらどのぐらい時間かかるか調べて、

 たぶん、午後から仕事の日、いままで午前の時間無駄にしていること多かったんだけど、朝イチ弁当作って、そのあと図書館行って、午後仕事に行ったら、けっこう一日充実するんじゃないかと思って。

 今、予定としては、午前に仕事がない日は図書館行く予定で。

 日本語教師の仕事に通勤するようになるから、自転車の後ろかごに乗るサイズのスーツケース欲しいなと思って。

 仕事場とか、図書館とか、移動にパソコン持ってて急に雨とかでも、困らなくて、自転車から降りて移動するときも、コロコロついてて引けるようにして、足悪いから、できるだけ重い荷物抱えて歩かないで済むようにと思って。

 母に、玄関のところに小さいスーツケースいつも置くことになるけどいいか許可をもらってから注文。

 飲み会にそのあと行きました。

 結構用事で来られなくなった人がいて、一緒に話したい人がかなり欠席だったから、正直今回は私も欠席したほうがよかったかなあと思ってたんだけど。

 私の斜め前に、先に卒業して、就職してた人が座って。

 どこに就職したのか聞いたら、私の卒業した小学校ですよ。

 びっくりしたんだけど、どういう仕事で、いつどこで求人があるのか聞いて、自分がもしスキルアップすることができていたら、その仕事に応募したいなと思いました。

 正直、飲み会代高かったので、参加するかどうかめっちゃ迷ったのですが、行ってよかったです。

 って、ここまで書いて寝て。

 続き

 一応、今決まった仕事をこなせるようになって、余裕ができたら応募しようかなと思って。

 正直、収入としては、今決まっている仕事でコマ数ふやせるほうが収入としては高くなるけど、昨日聞いた仕事の方が、自分がやりたかった仕事で。

 そのひとは、外国語とか話せないでしてはるけど、中国語はたぶんできた方がありがたがられるんじゃないかなと思って、基本HSK5級やっぱり目指すべ、とか思って。

 っていうか、正確に発音できるようにする練習かなぁ…

 もし応募して、採用されることがあったとしても、私の卒業した小学校になるとは限らないんだけど、場所としてはそのへんの小中学校にしてもらえると私としてはありがたい。

 っていうか、うちの小学校、微妙にどの駅からも遠いし、その人が通勤に使う線から言うと、駅から歩くぶんだけでもけっこう大変なんじゃないかと。

 って、昨日飲み会で聞いたら、今行ってる養成学校の終了証が、大手の終了証とかに比べるとしょぼい見かけらしい。

 修了書、先々週電話で申し込んだとき、担当講師に折り返し電話させますとか言われたので待ってたけど電話来なくて、先週学校行ったときその先生授業中で話ができなくて、

 心配になったから、昨日図書館のロビーから電話したんだけど、

 先生にちゃんと連絡行ってなくて、修了書できてない状態で。

 次授業行くまでに作っておきますと言われたけど、一抹の不安が。

 自分が仕事探しているときに、この養成学校の事務員募集してたんだけど、ちょっとパソコンスキルある人を雇って欲しいなあと思ったりしています。

 って、先週行ったら新しい人らしい人がもういたけど。

 私が入学したときにやっていた、春のキャンペーン、現在継続中!

 常春の学園だな。

 私の行った学校の子と知らない人がHP確認したときに、HP更新されてなかったら、この学校の人大丈夫かと思われたりしそうで、せめて季節ごとの更新はしてほしいと思った。

 養成講座は、基本HPとかを見てくる人より、口コミで来る人が多いみたいだから気にしてないのかもしれないけど、更新したほうが、口コミとかじゃない生徒さんも安心して来れるようになるんじゃないかと思う。

 って、修了書出す先生、併設している日本語学校の校長とかしてるらしいけど、鬼のように忙しいらしいから、増えなくてもいいのかもしれないけど。

 飲み会で、今集まっている生徒さんのちょっと前の時期の生徒さんたちは、生徒同士対立していたりして、とても一緒に飲みに行ったりとかの状態じゃなかったらしく、私はけっこういい時期にいったんじゃないかなと思いました。

 すくなくとも、私が昨日聞いた情報はすごくありがたいもので。

 けっこうね、自分がそのとき思いついたことやってて、それがその時は期待もしてなかったことに役だったりしてくることになって、自分が一本スジみたいなの持ってて生きてたら、後々つながってくるんだなと思ったりしています。

 正直、夜間の国立大学で学士とって、この安い学校で修了書とってとかしていたら、わたし、かなり格安で日本語教師の資格取った方なんじゃないかと思う。

 で、中国語してるのも、自分のしたいことにつながりそうだし。

 大学だって、ドイツ語は直接役にたってはいないけど、自分が専攻した哲学とか、ソシュールとかチョムスキーとか、グライスとか、自分の専攻のめっちゃストライクやん、みたいなところで理論編習ったし、

 まあ、今授業準備している時間とかいれたら、全然時給のいい仕事じゃないんだけど。

 パスポートを持って沖縄から大阪に来た父親の家族は、オールドカマーと呼んでいい人たちなのかはわからないけど、理論編で沖縄の歴史とかも聞けてよかった。

 お爺ちゃんが殺されて、父親が呑み助で暴れん坊だった私に、沖縄の知り合いなんかいないんだけど。

 って、教会で他に子どもをつれて教会学校に来ていたお母さんとか沖縄の流れのひとだし、技能実習生の仕事で来ている人も沖縄の流れのひとなんだけど、その人たちは、沖縄出身の人同士で、けっこう仲良くしていた人たちで、うちのように、沖縄友関係ないし、大阪とか日本側にも知り合いいないし、みたいな育ち方じゃなくて羨ましいんだけど、なにも計算せずに行った先で沖縄のひとによく合うのは、やっぱり自分が沖縄の流れだからかなと思う。

 まあ、自分が3歳まで名乗っていたらしい沖縄の姓は、沖縄のなかでもよそから来ました的な名前なので、自分としては、もっと遠いところからきた家系なんだと思いたいけど。

 明日はNoneつれてGTEC試験会場行かないといけないよ。一応会場近くでドリンクバーあるファミレス見つけたから、そこで仕事の準備しながら時間つぶそうかなあと思います。

 今日は中国語教室の会員だけが参加できる太極拳教室に行く予定。

 昨日飲み会が雨の日だったので、徒歩でけっこう歩いて会場いって体ガチガチなので、ほぐしたいと思います。

 またここでも、ディアスポラな人々との出会いがあるんじゃないかと期待しています。

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やっぱり思うんだけど

 自信について書いた後、また例のブログ見たんだけど。

 比較的無難な話題を選んでるよね。でも、私がよく見るサイトとかなら、普通にダイエットとかできて嬉しい話になっているところが多いんだけど。

 ふつう、できない人が多いよね。みたいに、できないのが普通なのに、私はできました。みたいな論法にやっぱりなってて、どうしてそう人と比べたがるかな、とか思って。

 自分が糖分取るの病的だなと思ってたのを、やめて健康的になれました。だけの話でいいじゃん。ふつうのひとの、できなくて困っていることあるあるをそこで羅列する必要あるかな、みたいな。

 まあ、こんなところだけ日本人的で、誰でも「やめたいのにやめられない」ってあるよね、とか言われたら、アカンのはわかってても、そんなやめる気ない人とか、いやべつに、そんなん思い当たらへんけど、みたいなひとも、ボスママに言われたら「あるある~」って言って話合わせないとハブになったりする学生時代やOL(死後?)時代を日本人なら送ってると思うんだけど。

 うん、読んでてね、やめたいのにやめられない、って誰にでもあるよね、とか、やったほうがいいのに続けられない、とか、みんなそうだよね、みたいなことを周知させようとか言う人って、クラスでポツンといる頑張ってる子とか孤立させたりしてたよな、とか思って。自分を基準にして、それより頑張れてる子とかありえない話にしようとしているというか。

 そこまでいかなくても、デブだけどそんなダイエットする気もない子とかに、間接的にデブだから気にしろよ、と言ってるのと同じ状態になるような気がするし。

 まあ、ボスだから、そのへんの空気読ますのあたりまえだという自信を持って生きていらっしゃるんだろうけど。

 まあ、明日、私誕生日ですわ。年齢上がる前の履歴書で就職決めれたのは嬉しいな、と。

 明日、研修です。前にボロクソ言われてて、そこから自分がスキルを上げたわけでもなく研修受けるから、ちょっとビビってます。

 寝ます。って、日本語教師養成講座の先生も、中国語の通訳の先生も、あんまり寝ないで頑張れるひとなんだな。うち、睡眠障害あるし、眠いとめっちゃ思考力落ちるので、頑張ってもああなれる自信がないんだけど。

 リアルの知り合いじゃないけど、睡眠は十分とった方が効率が上がるって言ってたのホリエモンなんだな。

 そうだといいなと思います。

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自信について

 今日、午後のパート行くまでに、日本語教師採用されたブログ書いて出たから、仕事から帰ってからどれぐらいアクセスあったかしらと思ってブログ村見たら、ほぼアクセスなくて、よく見たらping送信できてなくて(何度か仕事行く前に試してて、更新中の表示見て家を出てたのに)帰ってアクセスないの見て、ちょっとしょんぼり。

 面接受ける前に、受かる自信とかあんまりなかったし、(別な意味で、ここなら交通の便があんまりよくないから受かるかも的な期待はしてたけど)面接受けてボロクソ言われたときは、地震崩壊状態だったから、なおさら自信については何も言えなかったけど、ここで最近自信をもつことについて話題になってたことに対して思っていたことを、ちょっと書こうかなと思って。

 って、その前に、受かったはいいけど、扶養内で給料収められるか不安になって、そのこと調べてたんだけど。

 日本語教師養成講座の教室で、103万超えても大丈夫だとか、130万超えても大丈夫だとかいう話を聞いてて、その話のウラをネットで検索してたんだけど。

 130万を超えると国保とか健保とか自分で払わないといけないと、これは極力避けたい、というか、絶対避けたい事態で。(主人が65歳になって、国保自分で払わないといけなくなったら超えてもいいけど)

 103万円超えても大丈夫だよ、というのは本当らしいけど、配偶者特別控除って、ダンナの給料が1000万超えてたらアカンかったらしいので、貿易会社勤めてた時、安月給で103万までで働いてたのは正解だったらしいなと。

 今は主人嘱託なってて、給料そこまでもらってないから、103万超えても、段階的な控除は受けられるみたいだな、と。

 一応、言っている条件で仕事続けた場合、日本語教師の給料が、夏休みや長期休暇とかで休みがあることを考えたら、たぶん年間で130万以内に収まるんじゃないかと。

 たぶん今年は前半あんまり働いてないから、日本語教師の仕事を言われた通り働いても、扶養超える心配はないんだけど。

 確定申告とかするの覚えなアカンかなー

 所得税とか払わなアカンようになるのかな。プリンターとか買ってるけど、経費にいれてもらえるのかな。

 っていうか、そこまで所得税払うぐらいになるのかな。

 ってまあ、それはまた考えるんだけど。

 自信について

 基本、自分よりでけへん人みて、優越感を感じてるタイプの人キライな。

 心理学の勉強して、自分に自信を持つのとか、親などに愛された記憶からくる根拠のない自信だとか聞いてるから、自分を何かと比較して優れている必要とかないんだと思っていて。

 そういう意味では、英語してへん人を何度も馬鹿にして、自分らが英語ができるの褒めちぎってるあの人らキライな。

 じょあんな、自分のこと自分で褒めるの、他人にはほとんどせえへんけど、けっこう家族とか自分自身では自分のこと褒めてて

 やっぱり、他人とかとは比較してなくて

J「オカン、かわいいお。オカン、ニコっとしたら、シャンシャンなみにかわいいお。」

N「和歌山行って、パンダに土下座して来い。」

 みたいな話とか、

J「いつも愉快で陽気なオカン。」

N「ウソつくな。」

 とか、

J「オカンの行くところ、人々は踊り出し、花は咲き乱れ、小鳥は歌い出す。」

N「病院連れてったろか。」

 ぐらいの。

 これくらい根拠のない自信を持ってて、それを娘に突っ込まれている自分が好き。

 自分に自信を持つのなんて、根拠なんかなくていいと思ってる。親などに愛された人はそれでいいし、残念ながら保護者に恵まれなかった人だって、神様に愛されていることに気づくことはできる。

 自信を持ってたら、なんか社会競争に強くならないといけないみたいな考えも持っていない。うまく言えないけど、競争の勝者だけが幸せになるんじゃない社会って考えることができると思っていて、実際今の日本ってそんなところあるし、それでもまだもっとよくすること考えないといけないけど。

 たぶん、大金持ちになって好きなことだけしてればいい生活をしているより、そんなことを考えながらでも生活ができる普通の所得の生活をしているほうが自分にとっては幸せで。

 今本のタイトル出そうと思ってアマゾン見たら、

持続可能な資本主義――100年後も生き残る会社の「八方よし」の経営哲学 (ディスカヴァー携書)

 kindle版がえらく安いの気づいて、欲しいなって思ったけど、一応本屋で中身見て、タイトルで私が期待したような内容のようだったら買おうかなと思います。

 中級日本語の辞書、いいなと思ってたやつ、前にこのブログで書いたときにはキンドル版なかったと思ったのに、キンドル版出てたから、日本語教師の仕事が波にのりそうだったら買おうかなと思っています。

 って、明日の準備しないといけないので寝ますね。

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ほぼ積年の恨み

 今日のブログではやわらかく勉強を頑張っている人に対して、「それも大切なことだと思う」とか書いているけど、Noneが小学校の頃とか、中学の時に、文理校受験で頑張っていた時とか、人間にもっと大切なことがあるとか言って、勉強頑張ってる人が人間の大切なもの無視してるとでもいいたげな文章書き続けていたし、ちょっとエキサイトしてるかな、みたいな家を虐待呼ばわりして、もし行き過ぎていたとしても、助けるのではなく、孤立させようとしていたのを私はしっかり覚えているが。

 それを、やっぱり認める気もないし、謝る気もないみたいですね。

 勉強が好きな人が「勉強好きやねん」言うたら、勉強が得意じゃない人たちのなかにはその勉強が好きな人を攻撃し始める人がいる。

 だから、基本は勉強好きじゃない人にその話はしないし、だからこそネットのような世界で、似たような人を探して書いているのだけど。

 サッカー好きな人が、サッカーに興味がない人にそんな興味がないのと同じで、勉強が本当に好きな人は、勉強好きじゃないねん、言うひとに、勉強の話をそんなにしたいとも思ってないと思う。

 勉強できへんひとに、勉強できるねん、って威張ってるタイプとか、私の知る限りでは低いレベルで勉強している人が多いと思う。

 それは、話聞いてたらわかる。自分が関心持ってる知的な話題を、共有したくて話す人と、ドヤ俺、こんなん知ってるねん、おまえとレベルが違うやろ、みたいにマウントしたくて話すひととの違いはわかる。

 ちょっと頑張って勉強したテーマとか、本当は一緒に盛り上がって話せる人が欲しいけど、リアルではなかなか見つからない。(まあ実際、この人はこのレベルの話につき合ってくれると思って空振りするときは少なくないけど)

 Noneは某高行って、同級生とかクラブの子と話している話とか、もりあがるらしいけど、正味普通のひと引きます、みたいな話もけっこうあるし、正直、こういう興味を持っていて、平凡以下の学校に行っていたら、ハブられてた可能性高いよな、は思う。

 っていうか、やっぱある程度の学校に行って、ある程度の職業につかないと、勉強おもろいな、みたいな関心の持ち方してたら、ハブられる可能性高いと思う。

 今のNoneでも、教員になりたくて、これからの教育のあるべき方向とか話すのに、知り合いで話せる人少ないから、ふつう引くから、しゃあないからオカンと話したるわー(って上から目線だが)っていうときがある。

 給料の高い職業とか、そういうのを目指してるんじゃないねん。

 お勉強キライで、学歴高くなくて、でもベンチャーな職業で成功してる人とか、むやみやたらに高学歴の人叩く人多いやろ。その高学歴の人にいいところとわるいところが両方あるのに、悪いところだけをカウントして記憶している、みたいな。いいようにもわるいようにもとれる、中間的なことも、悪い方でカウントするし。とりあえず結論が、いい学校出てても社会では通用せえへん、になるように考えたがる人が多いというか。

 学歴が低い人がやったら、温かい目でみるのに、似たようなことをちょっと学歴ある人がやったら鬼の首とったみたいに攻撃する、みたいな。

 ええ学校出たら、ある程度以上の学校を出てる人で揃ってる職場の方が、安全、とはいえるとおもう。そういう、学問好きのタイプには。

 そういうの経験して、我が子にはちょっとマシな就職してほしい、と思って、いい大学には、現状、学問じゃなくて、受験勉強が必要だから、いつまでに何ができてないといけないから、で、仕方なく教育している所もあるのに、虐待呼ばわりして、私っていい人、みたいに、自分のグループの中で、教育熱心な人をタゲって、そのグループの中には、その教育熱心な人に対して普通に接してたのに、味方になったら私がグループでハブられる、と思って近づかなくなったりするから、教育熱心な人はよけい孤立するんだよね。

 そういうのって、人によっては追い詰められて、適度な教育だったのが、絶対高偏差値の学校に行かなきゃってなって、よけい虐待じみてくるんだけど。

 あの時期に、英語教育熱心な人はまず知っているブログだったし、英語頑張る人は、受験とか頑張ったら、攻撃受けるみたいな空気が広がったよね、あの時期。

 ずっと、そのことの謝罪を求めていたのに、その反応とか、「私ら出る杭やから打たれてるわー」みたいなのばっかりやったし。

 私としては、これからの高等教育を受けるのに、英語は絶対必要だから、英語もできて、勉強もできる、という状態を目指しているひとがもっといてよかったのに、あの時期そういう発信者が少なかったのは、あのブログが主導権握ってたからだと思っています。

 今はね、もう時期が過ぎたものから見たらうらやましいけど、英語も勉強も、みたいな人たちが、そういう発言をすることがもっと気軽にできるようになったと思ってるけど。

 まあ、前に、子どもにお稽古事とかさせすぎていた人がサークルに入ったらしい時も、率直にお稽古事させすぎじゃないの?とか言ってもらったんじゃなく、けっこうな期間、ボスママの無言の圧力に耐えてはったらしいし、サークルでは、そんなのも、ボスママじゃなく、お稽古事させすぎてた人が悪いように後日談されてたらしいからね。

 そういうとこな、人が集まる人が、必ずしも「ええ人」やと思ってないところ。まあ、でも、そのときは他に選択肢なかったから、正直、そこに洗脳されてれば、有名な英語のサークルのメンバーになれるし、みたいなのがあったと思う。

 その無言の圧力、あの時期に子どもに英語させてた人とかがブログとか書いて発信する側にもあったと思う。っていうか、無言じゃなくて、遠回しに、(一応誰とか直接言わない形で)虐待、言うてたし。

 なんかね、あの人たちが「人やから」っていうの、決して「いいひと」ってわけじゃない、って思うの、前から言ってるけど、教育の仕方が偏ってたり、やりかた間違ってた人に対する態度として、適切ではなかったと思っています。

 教育を熱心に考える人たちの立場に立てるぐらい、教育について考えたり、背景知識を持ってるわけでもないのに、その人たちがしていることを否定していた。

 学校のお勉強より大切なもの、とか言うのが好きな人で、学校の勉強をちゃんとやってなかったひととかに対していいたいんだけど、

 比較対象の片方をしらずに、もう一つを「大なり」って言うのはどうかと思う。

 教育について詳しい人は、今の教育がもっと生活に即したものになっていることを知っているし、生活を改善できるものが教育だと認識していると思う。

 確かに、受験勉強の科目で、そんな知識生活の薬に立たないし、っていうのがあるのはわかる。だから受験制度も見直されてきていると思う。けど、自分の子の受験のときにはその改革は間に合わないし、やむにやまれず受験勉強をさせてて心を痛めている人もいる、ブログだと、受験制度に疑問を持っていることを書くと、身バレブログだったりすると、我が子の受験に不利になるから言えない、っていう人もいるのに。それを虐待だとかいうのは、さぞかし楽しかっただろうなと思う。

 今はね、大阪やったら、公立受験に英検あったら点数保障されるの、みんな知ってるから、普通に馬渕とかで対策授業開講されてるし、うちらのときは、英検受験した、言うだけでキワモノ扱いやったけど、受験考えてる人で、英検とか受けるのも普通になったし、中学の時にTOEFL対策で情報めっちゃ検索してたけど、新試験になったら、4技能のテキストとか、今普通に売られるようになってるし、まだ、いろいろ問題あるけど、普通に学校に通って、話せる英語を身につける高偏差値大学受験者、これからはたくさん出て来ると思うの。

 まあ、私が参考にしていたブログで、本当に読者のためになる情報をくれていたひととか、うちらよりも情報のない時代をなんとかしてはったんだけど、(某カリスマママとか、ホンマの秘訣みたいなのはブログでは書かないで絵本アフィリで我が子の教育費稼いではったけど。他人の教育費を我が子の教育費のために吸収するのうまかったよね。初芝富田林に学費払って子どもを通わせてた人可哀想。めっちゃカモにされてたやん。)先に生まれるって、それだけで損な気がしたりしますね。

 今日は、午前技能実習生の仕事をしていて、午後少し残りました。

 帰って、教案のチェックとかして、必要な写真とか用意して、印刷して。

 って、すぐにスケッチブックに貼らずに置いておいたんだけど、ちょっと写真変えた方がいいかな。

 新幹線の写真と、富士山の写真は見ただけで、新幹線、富士山って言えるけど、パソコンで買い物してるいらすとやのイラストを見せて、「ネットショッピング」を出すのは難しいかもしれないし、教案には残すけど、模擬授業はもっと見てすぐ単語が出せるもの、、ぐらいがいすぐ見てわかるものがいいかもしれない。

 今日はよく寝て、明日教案しっかり頭に入れます。

とりあえずこんな感じです。

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じぶんがなりたいシニア像

たぶん、あのカルト英語集団、自分達と違う教育方針の家を、教育学とか心理学とかの見地もなく、理解できないという理由で虐待呼ばわりしたり、さして悪いわけでもない芸能人とか有名人とか知人とか、悪人呼ばわりしてるの、今でも続けているんだろうな。そうしたら、相対的に自分たちがいい人みたいに言えるから、自画自賛の材料になるし。で、そのことを謝ろうとか、悪いことだとかも思ってそうにないですね。負担の少ない英語教育している人が、英語に集中している人たちよりスキルが低かったら、笑いものにするし。英語ができたら、得をすることもあるだろう、けど、ネイティブ張りに英語ができます、みたいな子が送っている毎日を聞いてて、そこまでせんとアカンかったら別にええわー、みたいな人もいるし、それはそれで一つの選択として認めるべきではないかと思う。(認めてるフリしてるときあるけど、あからさまに見下してモノ言ってる時あるよね)っていうか、いつだって自分が殿上人なのよ。

 前にも書いたけど、自分が間違って悪くない人を悪く言ったことがあると認めるような謙虚さが、かけらもないところが嫌だし、やはり、あの困った状況の時に、虐待者扱いを受け続けた、ほぼ恨みに近い思いがあるし、そういう意味では、もうあそこは悪くしかとらえられないだろうと思う。まあそれも、自分には仲間がいるので気にしないとかおっしゃっているが。(でも、子どもに英語を身につけさせるところのメインストリームではなくなってきている気が)

 今日、朝、地下鉄乗ってて、私より一回り年上、ぐらいに見える女の人が、ちょっとデキる芸術家、みたいな恰好していて、いいなー、って思って。

 なんかね、この年になって、ちょっと年上のデキる女の人とかで、恰好が少女、みたいな人が多くて、乙女チックなんだけど、ちょっとエキゾチックでもあって、なんか日本人離れしてるのと、少女的すぎるので突っ込みたくなるんだけど、有無を言わさんぞ、みたいなオーラあって

 中国語の教室の先生、法律関係の中国語の通訳とかもやってはって、他の通訳、ほぼ中国人なんだけど、先生日本人でも中国語めっちゃ発音正確やから、中国人に文句言わせんらしくて、すごいなと思う。

 フリルとかいっぱいついててもオーケーです、パステルカラーもアリです、みたいな。

 自分もスキル上げたいなと思って、日本語教師になれて、一定以上の収入を得られたら、人に有無を言わさない格好をキメられたらいいなと思った。(自分的には、今朝の地下鉄で見たエキゾチック芸術家風がいいなと思ったの)

 昔、洋裁してたとき、船場の値下げされてる反物半端生地で、売ってるやつじゃないのは見てわかるけど、ちゃちじゃないやつ作ってましたからね。

 って、Noneの小さい時の服とかも作ってたし、前のブログとか写真UPしてるし、最初のブログは洋裁ブログで、洋裁道具アフィリするためのブログだったんだけど。浴衣の子ども向けワンピースとか今普通に売ってるけど、若い成人向け浴衣とかもワンピースなってるやつあるけど、あれ、もっと前に私がNone用に作ってやってますから。七五三用衣装だったけど。

 まあ、この服もツッコミどころ満載なんだけど、有無をいわさず京都の町闊歩しましたね。

 今部屋狭いからもう自分の服とか縫えないんだけど、正直、自分のお洋服縫うことだけ考えていたらいいマダムとか、なりたいよね。

 太極拳上手になったら、普段着太極拳用のジャージでもいいんだけど。

 って、Noneの前でちょっと太極拳の覚えたポーズしたら、

N「ツッコミの練習か?」

 って、腕を払うポーズのこと言われた。

自分でも、雲手っていう動き、坂田利夫師匠の登場シーンのモノマネみたいや、思ったり、右蹬脚ってポーズが、私がやるとパーデンネンのキメポーズみたいになるのだが。

 まあ、それでも、体調よくなってるし、習ってる教室で、できるひとからバカにされたりしてないから、これでいいや。(単にできるひとから眼中にいれてもらってないだけだが)

 今日は家帰ってから、またプリン作りながら、例文考えてて、経験を聞く例文のところは、ニッポンに来て、したことあるか気になる事項を聞くものが20作れたと思っているし、会話練習のところは、全部違う動詞をつかって文章作るように20作った。

 養成講座では、文法項目では習ってない用法は使わないように習うんだけど、語彙については未習語がでても構わないことになっている。だけど、面接の学校ではどうかわからないので、動詞は全部該当の課までに習っているものを利用して作りました。

 ネットで何課で動詞何が出る、とか表になってるのがあったからそれ見ながら作ったんだけど、その課までの動詞で、知っているとか、経験を聞けない動詞とか除いたら、書いてあった動詞ほぼ全部使った状態になったけど。

 まあ、うまくいくといいなー。

 明日は午前午後仕事だけど、タブレット持って出たら昼休みになにかはできるかな、とか思う。

 って、こういうときは、ちょっとアタマ冷やしてから例文見直した方がいいから、明日は昼休みは中国語とか勉強してようと思うけど。

 寝ます。

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