うまくできるかわからないけど

なんか、最近、日本はもう終わってて、海外に出た方がいい、みたいに言う人、多いよね、みたいには思ってたんだけど

自分はもう年だし、どっちかっていうと、次からの世代の人が海外に出られる手伝いをする側でいたほうがいいと思って動いていて

実は年末、これからの仕事のために、それなりに頑張って仕事していたことがあって、それから、けっこう自分の生い立ちについていろいろ調べることになって

生い立ちについては、自分ではそれなりにわかっていたんだけど、自分が思っていた以上にネグレクト受けてたことがわかって、

その翌年、明けた正月に、自分は親戚から挨拶を避けられた

大みそかに深夜までテレビを見てたので、朝起きることができなくて、昼近くまで寝てたんだけど、昼ぐらいに食べ物買いにスーパー出た時を狙って、親戚が自分とこの家に挨拶きたらしくて(家並んで立ってるから、まあ、チャリがあるかないかとかで、家出てるとか、見分けることはできる状態で)

まあ、きっと、うちの母がネグレクトしてることで社会から孤立してることとか、親戚知ってて、っていうか、一緒になって、近所に、あんな子(沖縄のアルコール依存症の父の血を継いだ子)がいることを悪く言ってたんだろうな、みたいなのが推測されて

一応、帰宅した後で、挨拶来てた、みたいに聞いたので、親戚ん家にこちらから挨拶行ったんだけど、

電気ついてるし、ちょっと中から話し声も聞こえるような気がするのに、なんぼノックしても、「すいませ~ん!」つって呼びかけても、居留守?みたいな状態になってて

去年、一年、自分は海外ルーツっぽい(沖縄だとコレ言うの躊躇するんだけど、親父が大阪来るときパスポートいる時期だったらしいし、自分が生まれたときはまだ変換されてなかったっていうのはあって)存在だったのか、日本人だったのかで、迷っていたところがあったんだけど、親戚の中で「純日本人」っていうか、けっこう日本の文化とか伝統とか大事にしてそう、みたいな親戚からその扱い受けて、

ああ、自分は、日本人やなかったんや

って、思って

で、まあ、この国で、海外から来た人の助けになるような仕事ができるように頑張ってたんだけど

自分、この国で、社会化されてないっていうか、誰ともうちとけてないんだけど、長く住んではいるから、この土地でどううまく生きるかは(どこにどんな便利な施設があるとか、なにがどこで安いとかは)知っているので、それを伝えることはできると思っていたんだけど

去年末からめっちゃ頑張っていたこと、たぶん、評価する側が、初めから評価するつおりがなかったんだ、っていうのがわかって

っていうか、その人だけじゃなくて、私はこの国で必要とされてなかった人間だったんだっていうのがひしひしとわかって

この国に来たのは私の父方のじいちゃんで、父が来たのは小さいときか、ひょっとしたら生まれたのはこの国なのかもしれないけど(あんまりにも父方の親戚と付き合いなかったので、そのへん自分ちゃんと知らなくて)

まあ、前、書いたけど、じいちゃん働いてたとき、まだ、銀行振り込みとかなくて、給料日だったときに月給持って家に帰る途中、後頭部に鍬かなにか、農具がつきささった状態で死んでて、お給金なくなってて、警察に調査頼んだら、まあ、戦後かなにかで忙しかった時期だったとかで聞いたけど、警察が、薄給の沖縄人なんかちゃんと調べる気がなかったらしくて、「事故死」ってことで、なんの調査もせず終わったって聞いてたけど

言うて、その沖縄だって、まあ、そのあと、ばあちゃん、差別怖いとかで、ひきこもりになって働かなかったらしくて、父の兄姉とか、小さいほうはもう小学校から働き出してたみたいで、で、一番小さかった父だけ、ちょっと頭もよさそうだったっていうので、兄姉で投資して、弟だけ大学に行かせて、兄姉は大学活かせたら社長かなにか金持ちになるだろうから、大学に行った弟に人生逆転させてもらおう、みたいな計画だったように私は聞いていて

まあ、父が就職する時期に、出身とか調べる時代だし、沖縄出で母子家庭の父に、当時不況だったってこともあって、兄姉が期待したような就職しなかったように聞いてて

で、大学行くように持ち上げられてそだてられてたのは、性格に影響していて、やたら殿様扱いされることを考える人になってて

まあ、音楽の大学に行ってた母さんにへばりついて結婚しようとしたのは、いいとこ風の女性と結婚することで、人生逆転しようとしたんだと思うし(母方の祖父が、小さい工場でいい立場にいたので、うまくすれば、その工場で、もしかしたら工場長ぐらいの立場にたてる可能性もあったこともあって、父は祖父にそれを申し出たらしいんだけど、父は横柄な性格だし、祖父が断ったっていうのは、母から聞いた。父が母方の親戚を恨むような話ばかりしていたのは、そのへんなんだろうな、って思う。あと、父は、ピザとかスイートポテトとか、洋風のものを母方の親戚にお土産に持って行って喜んでもらおうとしたのに、母方の親戚は本当に古い日本が好きな人たちだったので、そのときの対応が冷たかったらしい、っていうのも、父の恨み言の理由だったんだろうと思う)

まあ、年末がんばってたこと、前にネットがおかしくなった、って書いたけど、その資料を作ることが、スマホ勝手に連写なって動画撮れないとか、ネットつながってないスマホで動画撮ったのが、クラウド上がらない、とかで苦労して作ったものだったんだけど

まあ、年末、ある人が、ネットで日本ってデジタル敗戦したって言ってたのに、調子乗って、「そうだよね、君が代流れてたよね。」とか、いらんこと言ってたことも、ひょっとしたら関係してるかもしれないけど、

なんかね、理不尽な理由で今やってる勉強とか、ちゃんと修了できないんじゃないかと思っていたこともあったし、っていうか、前に同様の学校に行ったときも、終了間際に人生潰されるような罠に自分はまってたんじゃないかということに最近気づいていたこともあって

たとえ修了したって、それ利用して仕事なんか見つからないんじゃないかという気もしているし

100%軸足は動かさないけど、海外行くほうで動けないかなあ、みたいな気はして

っていうか、そのつもりで、いくつか情報調べたり、いくつか問い合わせたりして動き始めてはいたんだけど

まあ、小さいとき、父の、同じ沖縄ルーツの父の友達とか、数人会ったことがあるし、母がいなくなった後、私が父から虐待とか受けてるの、たぶん予想ついてただろうけど、何か気にかけてもらった記憶ないし(っていうか、後日母がその父の友達から心配して母のほうには連絡していたらしくて、たぶんナンパ目的だったんだろう、みたいなのは予測つくんだけど、自分の知ってる父の沖縄ルーツの知り合いって、そんな人しか知らなくて、あんな自分を沖縄ルーツだとは思いたくないところあって)

まだ、自信、ないけど、みんなが、年寄りとか右翼とかがもうこの国潰すんだろう、みたいな意見言ってるの、それでもこの国を国際化できるほうでみんな努力しようよ、みたいな気持ちで、できるだけ頑張っていたつもりだったんだけど、

生い立ちがはっきりしたらしい年に、純日本人系の親戚から新年のあいさつを、おそらく避けられた、みたいなこととか、新しい時代のためにやろうとしていたことを、それなりに時間とか労力とかかけて準備していたのに、たぶんそれを評価する人は、まずネット経由かなにかで完成すること自体を潰そうとしたんだろうとか、それを完成させても、ちゃんと見るつもりもなかったんだろう、みたいなのがあって

年齢が年齢だし、全然自信ないんだけど、この国で潰されるんだったら、海外でのたれ死んでもいいんじゃないかって、本気で思った

50なる前に、50まで頑張り続けたけど、認めるつもりがない社会なんだろうと思ったけど

それで、自分の世代で自分が活躍しようとするのではなしに、次の世代のための時代を作れる場所に移動したつもりだったんだけど

人を、悪く言う言葉は、極力使いたくなくて、若い人が「老害」とか言うのも、自分がそこに片足突っ込んでいるので、使いたくなかったんだけど

本気で、この国の「老害」は、次の世代が生きていける社会を、自分たちの権威とか生活を守るために、潰しても平気らしい、って、超実感したように思った。

まあ、前書いたかな、主人、今年度末で仕事辞めるらしいのね、まあ、定年も終わって、嘱託で働いていたんだけど、年金もらえる年になるから、もう仕事辞めて、実は文学部行きたかったんだけど、若いときはそれじゃ就職がないだろう、ってことで、別の専攻で卒業してて、仕事辞めたら文学部行きたいとか言って、なんか大学生なろうとしている、みたいに、娘と食事に行ったときに、言ってたって聞いたけど

チョイびっくりしたけど、なんにせよ、とりあえず扶養超えたからってことで、主人が文句言うことはなくなるんだろう、みたいな動きが考えられるようにはなったらしいぞ、みたいな、

で、遺族年金、みたいなのの所得制限は、自分が稼げるだろうと思う金額で超える心配ってのは、ほぼほぼなさそうだな、みたいな

っていうか、先日の件を見て、自分の年代に、遺族年金もらえるほど、この国は体力残してるんだろうか、みたいな不安もできたりしたんだけど。

まあ、今受けている授業については、一応ちゃんとテストとか終わらせようとは思ってるけど、

あるオンラインで受ける授業とか、年明けてから授業あるはずの日に授業動画とか上がってないといけないんじゃない?みたいなのもあるんだけど、公開されてないのね、で、先日の、自分の授業で宿題なってる動画とかが撮れないとか上がらないとかの怪奇現象とか見てたら、自分だけ公開されてない画面になってて、他の生徒さんちゃんと授業受けれたりしていて、自分だけその授業ちゃんと取れなくなってるんじゃないの?みたいな疑惑持ってたりしてるんだけど。

一応、先日、二つ動こうとしていたことがあって、片方は連絡もしていて、そちらはまあ、実際にそちらでやれるかわからないんだけど、もう一方は、まあ、申し込めば受けることはできて、それもまたなんかの資格系で、受けて受かるかどうかわかんないんだけど、ただ、若いころ、やろうとしていたことをちゃんと形になるところまで持っていけなかったのを、形にできるので、若いときの後悔みたいなのを、埋め合わせるぐらいのつもりでやろうとしていたんだけど

もしかしたら、若いときに、やろうとしていたことを、もう一度やり直そうとすることができるかもしれない、

みたいに思って

若いとき、諦めたときは、時代が変わる時期で、そのとき自分が全然持っていなかったスキルがないとできなくなったってわかったから諦めたことで

自分、それ、今、ある程度できるようになったし、自分で子どもを産んで、ある程度親としてやるべきことやり終えたよね、みたいな状態だし、それを終えた今のほうが、あの時期にやろうとしたより、技術がいろいろ進んで便利になって、制度もいろいろできて、なんか、今から目指した方が、自分の人生がそのときやってたより豊かに過ごせたことになるんじゃないかって、そんな気がして

って、のたれ死ぬ前提だから、若いとき無理して行ってのたれ死んでたか、ひとり自分の子どもを、ある程度満足した状態で育てた後、若いときよりスキルある状態で、便利になった時代に行ってのたれ死ぬかの二択での比較にすぎないんだけど。

まあ、人生、今選んでいる選択肢を完璧に絶つ気は今のところないんだけど、

年末に自分の意外な生い立ちを知って、その明けた年の純日本人系の親戚から新年のあいさつを避けられたこと(血統的には純日本人なんだけど、日本の風土になじめなくて、海外暮らしが長かった親戚ってのは、母屋でそれなりに新年の談笑はしたんだけど)

っていうか、若いとき、ずっと海外を徘徊していた叔父で、帰国後投資で暮らしている人から、「メシでも食え」って、まあ、自分の1カ月のパート代ぐらいの金額の年玉もらって

ああ、じぶんは、たぶん、この家の中でこの生い立ちのことで戦ってたんだ、たぶんそれが自分で謎を解くことができたことへの、これは褒美なんだ、

って思った

まあ、年末、『浅草キッド』見て、舞台からテレビへ時代が変わった話を見て

なんか、じぶんが、今の、テレビからネットへの時代の変化への転換期を担ったひとりとして、ドラマの中のツービートさんが賞金もらった場面と、その年玉が重なって見えた

まあ、自分はその年玉を、別に恩師とかもいないので渡すつもりもなくて、自分が次に撮ろうとしているその資格の学校のために使おうとか思ってるけど

って、まだまだ海外とか行けるかどうかわからないご時世だし、若干今決まっている留学とかの可能性を全部否定しているわけでもなくて(って、その国の言語が、自分が今考えている進路で、それなりに重要視され始めていることがわかっていて、ゼロで考えることはないんじゃないかな、って、ソレ行っちゃったら、その学校ちゃんと出ないと行けなくて、で、さっき言ったような、理不尽な理由でちゃんと終われない授業もあるんじゃない?っていうか、前同じ系列の学校でえらい目あった記憶あって、それ、純日本人系の親戚とかなんか関係してない?とか、今の学校ですごい恥ずかしい思いをさせられる経験したんだけど、それも、同じように関係してない?みたいな、とりあえずこのアダムスファミリーからなんとか出たほうがいいんじゃないかとか、いろいろあって、できたら今から取ろうとしている進路で考えたいんだけど、自分の能力とか年齢に制限感じるから、とりあえずは全くゼロにはしないでおこうとかあって)

若干、自分の生い立ちなんとなくわかって、

ひょっとして、自分、ジャングルで見つかった、50過ぎてて言語理解できてないけど、別の形でコミュニケーションはとれてるという、立場的にはオオカミ少女なんだけど、年齢的にはおばちゃん、みたいな存在で、「モルモットでいいっす」つったら、行先いっぱいあるんじゃないかと思うけど、体内に何仕組まれるか、薬何飲まされるかわかんないし、やっぱ最終的にサイボーグとかにされてしまうんじゃね?みたいな、若干怖いけど、実際ここまで来たら、ソレはソレでアリなのかなとすら思わなくもないという。

日本語は文法も単語もわかる、文章も理解できる、でも、コミュニケーションをとることはできなかった、それは、日本独特のコミュニケーション方法があったのに、家族の誰もが故意に教えてくれてなかった、

多くの人が、私のことを言語的に障がいがあると思って関わっていたらしいことも知ってる

私自身は、日本語がわからないなら外国語を習おうと必死で勉強していた

娘を産んだ後、ネットでいろいろ話し合っているうち、英語で、「嘘をついていない人はあなただけかもしれない」と、たぶん、親戚が私の生い立ちについていろいろ言っていること、私自身が生い立ちについて語っていること、などを調べたり言い分を照らし合わせたりして、そう言ってくれているのではないかと思った。

英語で書かれていた、というだけで、それは日本人かもしれないし、ほかのどこの国のひとかも全然わからないものだったけど

もうそれは、Noneが小学校ぐらいに私が英語を勉強していた頃の話だけど、外国語で得られる情報のほうが、自分にとって役立つし、味方になってくれているような気がするものが多かった

まあ、ときに、アジア人差別みたいなのを感じるものが混じるときがなかったわけではないけど

ちょっとね、ぺこぱじゃないけど、

ときをもどそう

って、別にアンチエイジングのエステとか行くわけじゃないけど

まあ、見かけも、確かに若く見えた方が印象いいんだろうし、って、それ以上に体調かなあ、歩くのとか、薬変えてもらってから、かなりましにはなっているんだけど、まあ、まだまだかな。

もうね、こんなときにも思いつくことがおばちゃん。

アリスの、「遠くで汽笛をききながら」(言うて、この歌が流行ったリアルタイムで見た記憶が自分にはなくて、幼くて自分でテレビを選んで見れなかった時代か、もしかしたらそれ以前に流行った歌かもしれないけど、とりあえず有名な歌なので、聞いたことがある、ぐらいの歌。申し訳ないけど、しかもそれも覚えているのが、最後の有名なフレーズの部分だけだったりします。)

何もいいことがなかったこの街で

りあえずこんな感じです。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ

にほんブログ村

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(本人・親)へ

にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ

にほんブログ村