まあ、なんともよう言わんけど、なんか、自分の人生、自分でも思ってなかった生い立ちみたいで。

けっこう記憶力、昔はよかったつもりやってんけど、物心もついてなかった頃の話が、けっこうすごかったんじゃないか的な。

ってまあ、そりゃいいんだけど。

この12月、いろいろあって、父のことを思い出すことが多くて、って、まあ、何度も書いたけど、父は沖縄出身だってことで、昔住んでた町で差別されてたって話を、何度もくどく私に話していて、聞き飽きたんでちょっと集中してない顔で聞いたら、俺をバカにしやがってとか言って殴られる的な話の繰り返しばかりだったんだけど、

言うて、小2のころだったかな、大きな商業センターができる場所に連れていかれて、父はその時はその現場の監督だったらしいんだけど、まあ、当たり前だけど、そこには普通に工事の作業をしている人がいて、

私の前にいた、作業する人に、父が、

「そこはいいから、こっちの作業をやれ。」

とか言って、遠くで作業していた人を、私の前にで膝まづいて作業するような場所で仕事させて、5分ぐらい作業させたら

「もういい、戻れ。」

とか言って、戻らせて、元の場所に行かせて、

「どうだ、俺は人に指示ができる立場にあるんだ。」

みたいな話をドヤ顔でして、私は逆に恥ずかしくてしかたがなかったが、顔や口に出したらしばかれると思って黙っていて。

他にも、母から、(母から聞いた話は正確さが保証できないけど)大学を出ているということで威張って、職場で嫌われてケンカ、みたいなことが多かった話を聞いていて

昔、差別されたからと言って、差別されたわけでもない別の誰かを、見下すようなことで仕返しができているとか思っちゃいけない、みたいなのを、私はすごい人生の初期段階で感じ取っていて

って、でも、その父を、少し庇えるような記憶が、ないでもなかったので、少しそれを出してみようかと

まあ、私が住んでいた地域は、比較的裕福な人が住む地域だったけど、私たちが住んでいたのは公団で、べつに所得があるからその地域に住んでいたわけではなかった。ぶっちゃけ、その公団の中でピアノ教室みたいな、騒音流れる商売してるのって、今ならアウトなんじゃないかと思う。

主人が、テレビに向かってブツクサ言ってて、その内容と、テレビの出演者の発言が、かみ合ってる、みたいな不思議な状況を見ていた話は前にしたけど、

当時、ブラウン管だった、絶対双方向とかならないテレビに、父が話しかけていたのをごく数回だけ見た記憶があって、その話を書き留めておきたいなと思った。

テレビでやっていた、映画のロードショー、昼間に放送されていた、たぶん部隊がアメリカのもので、そんなに有名ではなかっただろうもの、なんだけど、

そんなにちゃんと見ないで、横で人形か何か、他のもので自分は遊んでいて、若干流れてくる音声を聞いて、あらすじぐらいは理解してたのかな、みたいなものなんだけど、

こんな荒れた土地に、住宅地が作れるわけがない、みたいに、みんながバカにしていた場所を、一人の男が土地をならしたり、建築材用意したり、建物作り出したりして、大方できあがりかけた、みたいなときに、それまでバカにしていた人が、こりゃイケそうだ、ってなもんで、流れができてから乗る、みたいな人がわんさか出てきて、その住宅地がほぼほぼできあがろうとしていて、その人たちが「俺たちが作ったんだ!」みたいに盛り上がってて、その騒ぎの中からすっと抜け出して、一つの住宅の煙突の乾きかけたセメントに、男が自分の名前を書き込んでいる場面で、父が、

「これは、俺がやったんだって、この男はいいたかったんだよ。」

みたいなのを、めっちゃ重い口調で私に言ったのがすごく記憶に残ってて、当時は、

(なんでソレ、そんなマジになって言うん?)

って、とても不思議だったんだけど、まあ、何か、企画した仕事、人にバカにされたのを自分でこの映画と同じようにほぼほぼ仕上げたのに、後からたくさん人が来て、みんなでやりました、的な、似たような経験でもあるのかもしれないな、みたいに、当時も思いましたし、そうだったのかもしれないな、と、思います。

あと、ちょっと人気が下がっちゃってた時期の坂本九さんが、歌を歌いながら、その歌詞に合わせて手話でも歌を表現しているのを、テレビの歌番組で見ていた時、

父「九ちゃん、そこまでしなくていいわ~」

みたいな、大阪弁でなかったのは確かだけど、口調が友達口調で、目の前に長年連れ添ったツレにでも突っ込んでいるかのような、当時の私から見て、イヤ、ソレ、テレビに向かって突っ込んでも、坂本九さん聞こえてないし、みたいな状態だったのを覚えています。(主人と違って、テレビに、実際に目の前にいるひとのように話す、みたいなのは、他にあんまり記憶がなかったので、すごくよく記憶されています。)

あと、母が実家に帰ったあと、研ナオコさんが主人公のドラマで、研ナオコさんが未亡人の役をやっていたもので、確かオープニングテーマソングが甲斐よしひろさん作詞作曲の『別れの黄昏』だったと思うんですが

旦那さんが警察官で、仕事で亡くなって、研ナオコさんが演じている女性が未亡人になるんですが、姑さんと小姑さんがいて、未亡人に言うわけです、

姑小姑「旦那の遺産は私たちのもの、香典はあなたが取ればいいです」

その約束で、葬式をするわけです。

その旦那の遺産って、普通のその年の男性が持っているような貯蓄だったようですが、亡くなった男性は、警察だという職業柄からか、全国に知り合いがいて、香典が1億を超える金額になったんです。(私が小さかったせいもあって、香典返しとか、そういう話がドラマ内で話されていたか記憶にないんですが)

で、姑小姑が、お金の取り分の分けなおしを申し出ようとするんですが、

未「私、お義母さまにも、お義姉さまにも、いままで何一つ逆らいませんでしたから、今回も逆らわずに、香典をいただいて帰ります。」

とか言って、1億持って実家かなにかに帰るんです。

で、その1億円がめあての男たちが、研ナオコさん演じる未亡人にいろいろ絡んでくるドラマだったんじゃないかと記憶しているんですが。

まあ、そのドラマに、ウチのオヤジ、毎回「うるさいわ」ってなぐらいに、めっちゃ突っ込んでたのは、すごい記憶に残っています。

うちの旦那がテレビにブツクサ言ってて、それ、ちょっとテレビ放送とかみ合ってるように感じたのって、ギリ、テレビもデジタルなっとったし、みたいな、まあ、旦那、そんなパワーある人とも思わなかったけど、技術的には、やろうと思えばできそう、だったんだけど

って、それでも主人、当時VHSビデオに録画していた番組にも突っ込んでるおかしな人だったんだけど。

まあ、会社でちゃんと働けているし、家でちょっとそんな愉快なことしてても、スルーしてたら問題ないよね、みたいな感じだったんだけど。

ってまあ、実際今、私がいろいろ悩んでいて、そこそこ愉快なことやっちゃってるんだけど。

ってね、たぶん、今、私自身が、ほぼほぼ完成しかけの工事現場に、乾きかけのセメントがあったら、たぶん自分の名前を書き込みたくなるんだろうな、って、数日前まで思ってて

でも、ちょい、昨日ネットフリックスとか見て、あと、今日、やりかけの宿題とかで見つけた資料ですごい、自分が今まで歩んできた道みたいなのを振り返ることになって、

チョイ半泣きなりかけてるけど、

まだ終わっちゃいねえ

って、意地張ってみることにした。

とりあえずこんな感じです。

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