ガチャ親のハズレについて

めっちゃ要らんこと言うけど、貞子ってさあ、井戸、めっちゃ頑張って這い上がっても、地上の日本人、気持ち悪がってホラー扱いしてどうやって消そうとか相談するんだけど、敢えてそこ、這い上がらずに、地下掘り続けて、逆に地球の裏側から出たりできてたら、意外にその出た国でドキュメンタリー番組とかに映してもらえる立場になってたかもしれないとか思った。

ってまあ、英検受験のために貯めてた宿題とか取りかかってたり、学校でやってるいろんな説明会とかも参加してて、今までブログ書く時間なかったんだけど。

昨日、学校で、英語のグループレッスン参加できて。普通にみんなで自己紹介とかしてて、まあ、こんな会だから、他の参加者も、英検受けてた人ばっかりだった。

やっぱリスニング難しかったんじゃないかと、改めて平均点が低いことに期待。

まあ、他の話題はここでは書けないんだけど。

終わった後、担当の先生に、自分の英語に問題ないか聞いたんだけど、流暢じゃない部分はあるけど、非ネイティブとして問題ないぐらいだと言ってもらえました。

ちょっと機嫌が良いです。

エディット・ピアフ~愛の讃歌~(字幕版)

これ、ちょっと今日めっちゃ思い出してたんだけど、見たいと思ったら、プライムビデオではレンタル料いるやつで、Netflixの中にはなくて。

Noneが小学校の頃、一人で見に行って、そのあと、終末に集まっていた、英会話サークルで、みんなこの作品見てたから、話題にしてたんだけど、

その中で、一番英語スキルある人で、世話役みたいな人が、

お母さんも歌手だったのに、全然売れなくて、娘のピアフが売れたのはどうしてだろう?

みたいなことをおっしゃったんです。

それ、映画一人で見てたときも(あ、もしかしたら主人も一緒に見てたかもしれない)速攻でその理由わかってたから、

J「お母さんが、「私は不幸、私はみじめ」みたいな、陰気くさい同情を求めるような歌ばかり歌っていたのに対し、ピアフが最初に人前で歌ったのは、周囲を鼓舞するような国歌だったからですよ。」

って言ったら、その場にいた皆さんが納得したんだけど。

これ、私の母子関係に似ていて、

母は、自分が不幸のヒロインになるのが好きだったから。で、私はそれをめっちゃウザいと思って見ながら生きてきたから。

正直、母と父が一緒に住んでいたとき、ある時期から、母が、言葉では言わないけど、「私はこんなに夫に暴力をふるわれ、働かされ、とても不幸」みたいに父の前でも酔いしれる状態になっていることがあって、それが余計に父を暴力的にしているのがわかっていた。

私自身も、私が学校で自殺未遂をしたとき、担任に連れられて帰って来た私に母が「あなたが死んだら、私のピアノの生徒が減るでしょ。」って言うのが最初の一言だったことや、小さいときから「おまえを産んだら、お父さんがまともになると思ったのにね。」って繰り返し言われて、私は母にとって父の更生のための道具として作られ、そしてその失敗作だと言われているんだ、というのがあって、(あと、母の情報に嘘多かったり、母が自分中心に物事を考えているのが語句の選び方とか表現のしかたでわかることが多かったので苛ついて)ずっと反抗的だったのですが、

母が実家に帰ったあと、二年後に私も母と一緒に住むことになったら(母は嫌いだったし、母の親戚にも歓迎されないことが分かっていたから、暴力に合うことがわかっている父と二年は一緒に住んでいました。暮らし向きから、それ以上とどまったら、飢え死にするか、凍死するかするんじゃないかと思われたため、母の家に行くことにしたのだけど)

母は、やっぱり不幸なヒロインでありたくて、ほぼ会話しない私、母の発言によくキレる私、家事などを手伝わない私のことを、親ばかり働かせて、「困らせる子を持った不幸な私」に浸るための、父の代わりの対象になっているのは、もう小学校のときから承知していたけど。

母自身は、母が子どもの頃、誰も何も教えてくれなくても、自分で家事を覚えたから、私に対しても、「やる気があったら覚えられるねん。」って言って、教えてはくれなかったんだけど。

洗濯を何度か、頼まれたとか、自分でしたかったときがあって、

とてつもない吝嗇な母にとって、1回に洗濯機を回すのに、母にとっての基準があり、それより少ない洗濯物しかないときに洗濯機を回したら、えらく怒られることになっていた。

洗剤や柔軟剤も、もっと衣服を長持ちするものに変えてほしかったが、どこのやねん?みたいな、あまり知られていないメーカーの安物洗剤しか買ってもらえなくて、それは明らかに、高校でバイトしていたときなどに、私がやっと見つけたそれなりに見栄えのする安物の服を、一度の洗濯で台無しにしてくれた。(本当に、柔軟剤は、すごく頼んでいるのに、ひょっとしたらNoneが生まれたあと、Noneの衣服やタオルを洗濯する、みたいになってから、やっと取入れてくれたことだったかもしれない)

正直、洗濯で衣服が使えなくなることが怖くて、洗濯しないで何度も着る、みたいなことをやって、臭うヤツ、みたいになってしまっていた時期もあるし。

それ以前に、風呂が、何日前の水やねん、みたいなのを、いつまでも変えないどす黒い水で炊いた風呂に入らなければならないことはしょっちゅうだったし、それがさらにバイトや夜間大学などで、遅く帰って、家族が入ったあと、時間が経っていて冷め切っているのを、真冬でも追い炊きすることが許されなかったりしたし。

古い風呂なので、蛇口からは水しか出なくて、シャワーなどもないやつで。

前も書いたけど、シャンプーは母が買っているんだけど、リンスとかコンディショナーは買ってもらえなくて、シャンプーの方も、洗濯洗剤と同じように、質の悪い安物で。

料理の作り方も教えてもらえなくて、野菜や肉魚などの食材に対する知識もなくて。

学校の家庭科などは、家である程度教えてもらっているのが当たり前、みたいな状況になっていて、わからない者は、邪魔にならないように、フライパンを一定時間支えているだけ、とか、そういう役しかできなくて。

母が持っている包丁が、えらく古いもので、多分母が結婚したときぐらいから使い続けていたものだったんだろうと思うけど、切れ味が悪くて

で、それはたぶん、右利き用の包丁で、私は包丁は左手でしか使えなくて

左手で、切れ味の悪い右利き用包丁を使って野菜の皮を切る、とか、しようと思ったら、全然切れなくて、力をいれてたら、突然シュパッと切れるとか、間違ったら指切る、みたいな包丁で、怖くて使えなくて

包丁を買い換えてくれと頼んでも、勿体ない、って言われて、で、あるとき、伯父がドイツに出張に行ったときに、ヘンケルの包丁をお土産に買ってきてくれたので、それをおろして使いたい、と言ったら

母「これは、おまえが嫁に行くまでとっとかなあかん。」

言われて

まあ、ヘンケルだし、それなりの価格のする包丁なんだろうけど、それをケチることで、あなたの娘は、明らかに婚期を逃すことになりそうなんですが?って思いながら、逆らうことができなくて。

見合いで結婚することになったとき、自宅ではほぼ食べることのなかった和食を中心に家の食事を作るように主人から依頼されたから、(当時YouTubeとかクックパッドとかないので)普通に本屋で売っている初心者向けの和食の本とか、新婚主婦向けの家事の手引きの本とか買って、結局我流で家事こなすことになったけど。

たぶん、そのほうが新しくて理屈にあった家事ができてただろうと、母の、いつも何も参考にしないで好き勝手にやってる家事を教えて貰っていたよりよかったんじゃないかと、勝手に思ってるけど。

まあ、今ではなんでもスマホやタブレットなどで家事のヒントが調べられるけど、私が小中学校のときは、調理や収納、裁縫などが上手にできるかどうかで嫁ぎ先が違ってきて、そのスキルを知っている親を持っているかどうかって、大問題だったんだけど。

テレビとか見てたら、今でも、セレブの主婦とか、自宅で高級料理店なみの食事作れるスキルとか求められてたりするのを見るけど。(中国語教室で、調理について大学で専攻していたという女性が、やはりすごく収入のよさそうな家庭の主婦をしていたけど。)

そのへん、今ネットにつながるタブレット持ってるだけで、かつてあった文化資本の家庭間格差って、縮まっているんだと思うけど。

今日、なんか知らんけど、母がまた不幸に酔っているような、体調悪いって言ってるんだけど、本当に小学校のときから何度でも見てきた、体調が本当に悪いんじゃなくて、なんか置かれている立場が悪くなっているときに、現実逃避するように仮病に走ってるパターンのようにしか見えなくて。

トイレでなんか吐いてるみたいにするんだけど、自分が体調悪くて吐いたときの記憶とか、知り合いが吐いていたのを見た記憶とかと比べて、ちょっとなんか違う、みたいな違和感ある状態で。

でも、ウソやろ、って言えないから、ゆるーくその状況眺めてたんだけど。

まあ、仮病っぽく見えてても、ホンマに体調悪いんかもしれないから、そのときはある程度対処する用意してなあかんな、的な。

言うて、今日うちが晩ご飯作る担当の日だから、市場で安かった鮎で塩焼き作ったのと、ほうれん草のゴマ和えを、全然食べられない、っていうから、まあ、じゃあ明日でも食べてって言ってラップして置いてるけど、で、洗濯物乾いてるの、自分動けないからとってきてっていうからとってきたけど(言葉には言わないけど、母がいつもおまえはやってないだろう、みたいな、責めるような空気とかは感じていて)

で、取ってきた洗濯物、一応全部たたんで、置いておいても汚れない場所に置いてたんだけど、ベッドで寝てる母が、私がたたむわけないねん、みたいな口調で、「体調悪いけどたたんだろか?」って言うから「もうたたんでるから。」言うて。

で、ご飯も食べられへん、洗濯物も取られへん、言うてるのに、うちが風呂はいってたら、立ち上がって、まだ洗ってなかった晩ご飯後の食器、母が立ち上がって台所で洗っているのがわかって、

風呂場から、「イヤ、食洗機あるし、母さん寝る時間帯に食洗機の音するから回さんとって言うから、寝る前か、朝起きてすぐ食洗機回すから、しんどいんやったら、洗わなくていいから。」言うてるのに、母は食器を洗っていて、まあ、この状況、私はしんどいのに、あの子が食器を洗わないから、洗わされている不幸な母、みたいに浸ってるのがわかって。

なんか、前から怪しいな、思ってる従兄からも、高級キウイ届くし。今うちの家庭でなんかあったんか的な。

ああ、あの人は、私を悪者にして、不幸な母親を演じてヒロインになるのが生き甲斐なんやろうな、みたいなのを、改めて実感した。

Noneが大阪に来てすぐぐらいのとき、母はNoneに、私がいないとき、私を悪者にして、「怖いお母さんでしょう?」みたいな話をすることが多かったらしい。

Noneも、小さいときは母の(Noneにとっては祖母の)言うことを信じていたんだけど、まあ、あの子、国語力ついてきますから、

ばあちゃんより、母さんの方が、理屈通ってない?みたいなケースを多くみることになって、私の味方にたってくれることも増えてきて。

特に、私の自殺未遂の時に、「ピアノの生徒減るやろ」発言に対して、私が何度も謝罪を求めているのに謝らない事に対して

N「もう、カタチだけでも謝ったら、母さん気が済むかもしれないから、あやまったらいいやん。」

言うてくれたらしいんだけど、母とNoneのそういう話し合いの中でも、母は私に謝りたくないように言っていたらしい。そのほかも、母(None祖母)の理屈のほうがおかしいときは説得しようとしたことが何度もあったらしいんだけど。

まあ、前に書いた、賞味期限切れてから3年たってるそうめんを、「そのほうが熟してるんや」って言い張って、調理したらやっぱりヘンな味やったとき、調理した私の腕のせいにして、そのあと賞味期限についてNoneが調べて、このそうめんの味がおかしいのは、調理した私のせいじゃないことを庇おうとしたときも、母は絶対に自分が悪かったとは認めなくて、

そのへんから、もう、私もNoneも、

もうムリ

って動きになってるんだけど。(ってまあ、私はもう、私が小学校の時から、この人ムリって、わかってたんだけど)

一度だけ、私が二十代のとき、家族療法っていうのに興味を持ったのね、アダルトチルドレンとかいう言葉が流行ったとき。

そのことについて書いている本の最後に紹介されていた病院が近所にあったから、私は、母も見て欲しいと思ってその病院に行ったのだけど

まあ、母を病院に連れて行くことはできなくて、

グループセラピーとかあるから、参加するんだけど、正直虐待とか、自分よりすごくないのに、ギャンブル依存症とか、リストカット繰り返すとか、摂食障害の人がいて、みんな親のせいにするばっかりで、生活自分で改善する気なさそうな人ばっかりで、

医者によれば、私は不幸だったときに、同じぐらい不幸な人を見ることができたから、それが鏡のような(ここでやっていたグループセラピーのような)状態にいたから、そんなにひどい症状がでていないのではないか、と、言われましたが。

ただ、人に必要と言われたくて、仕事とか、何か褒められそうなことをイヨーに頑張るところがあるので、症状がアルコールやギャンブルなどの、やりすぎると害になるような方向に行かなかっただけかもしれない、は、思うときがあります。

ただ、若干そのときに、私は自分の症状とは違う診断を下されることになって、そこで処方された薬とか、そのあと、その診断を継いで治療を受けることになった病院から貰った薬とかで、記憶に障害がでたり、体の動きに問題が出ることになったのではないかと思っています。

とりあえず、母は私に薬を飲ませていれば、私が母にキレたりしないと思っているらしく、毎日一緒に暮らしていて、母の私への関心は私に薬を飲ますことだけなのではないかと思うときがあります。私がキレるときは、母が明らかに自己中心的な考えてものを話していて、私が置かれている状況とか、私の感情とかを考慮していないときが多いのですが、そちらを改善しようという気は全然もっていないようです。正直、体の動きが少し問題が出ていることが、副作用であることも気がついていたのですが、飲まないのうが面倒くさいことになるので、飲み続けていました。ただ、Noneが内反拇指で治療を受けた医師が、信頼できる人のようだったので(お金を稼ぐためにすぐ高額治療や検査を求めたりしない先生だったので)そこで、まず副作用とは関係なしに、運動の改善方法を知るために通院しようとしたら、私が歩く姿を見てすぐ、薬の副作用の可能性を言ってくれて、一応脳の検査とかもして、副作用の可能性が高かったので、薬を貰っている医師に薬の変更を求めることができたのだけど。

Noneも家族療法について、自主的に考えたのでしょうね、私がそのときに買った本と同じものを、高校の時自分で見つけて買っていました。Noneも、母(None祖母)を、そういう家族療法の病院に連れて行きたかったと言っていました。(たぶんついでに私も連れて行きたかったのでしょうが、私に対してそれを言ったりはしませんでした。)

ちょっと前まで「親ガチャ」って言葉がはやってたらしいんだけど

親ガチャのハズレと言われて悲しくないですか?みたいなSNSとか受けたりするんだけど。

僕、ずっと、ソレ、認めてほしかってん。

漫画を書き始めたのも、虐待に遇っている子どもって実在するんだ、みたいなのを描きたくて筆取ってたところあるし、

私が小学生の時とか、親の世代が教育勅語の影響の残る教育受けてるから、私が、「親が嫌いだ、親に困らされている、殺意を抱くこともある。」みたいな話をしようものなら、

親に対して尊敬の念を抱けない悪い子ども

として、何一つ言い分を聞いてもらえなかった時代を生きていましたから。

自分の言い分を信じてもらえるように、何一つ、関係の無い別のことでも嘘をついたりしないようにして

もっと、早く認めてもらいたかった、信じてもらいたかったはあるけど、ハズレの親を持っている子っている。

右翼の政治家で、道徳教育に、親や教師を尊敬するような項目を入れるように訴えている人もいるのは知っているけど、私から見たら、とんでもないことで。

大事なのは、子どもが、大人とトラブルになったとき、どちらが正しいか考える力をつけること、自分の言い分をちゃんと相手にわかるように説明したり、場合によっては自分が受けた被害を証明することができること、

子どもを傷つける大人が、傷つけないように行動を改めてくれるのか、それは無理で、他の場所で保護されたほうがいいのか、自分で考えたり、相談できる相手がいること

それが、親や教師を無条件に尊敬しましょう、みたいな道徳より大事なことではないかと私は思っています。

正直、先の総裁選で、そういう右翼的な教育観を訴えている候補がいたので、他にどんな、経済がよくなるとか、コロナ被害が早く解決するとか、環境改善に取り組むとか、いいことを言っていても、

なにがあっても、そいういう教育観を持っている人には政治の重要な立場に立って欲しくない、というのがありましたし、これからもそうです。

本当に、簡単に攻撃できそうな、味方が少なかったり、社会的弱者だったりが、子育てでトラブっている場合は、人はすぐ「虐待だ」とか言って、でも、その家庭の子の生活状況を改善するような手助けをする気は全然なくて、ただ悪者扱いして成敗したようにいい気になって、その人の身内の中で英雄になって終わる、っていうのはよく見ることです。

本当に困った状況に置かれている、危険な目にあっている、そういう子どもが頼れる場所、相談できる場所や相手が、できれば公共の形で用意されているといいなあと思います。

ガチャ親のハズレの子、可哀想だよね、でも私知らない、関わりたくない

じゃなくて、

今、自分の人生を支えるだけで大変な人がほとんどだと思うので、大きな負担になるようなことは期待してないのですが、

ガチャ親のハズレの子でも、本人がまともに生きようとする意志と努力ができるのであれば、それなりに平凡に生きる道が用意されている世の中にしようという動きになってくれるといいなあ、と、思いました。

難しいのは、自分でもなんとなくわかります。私自身、Noneという、自分で子どもを産むことによって、初めて自分の家庭のなかに、自分の味方(常にではないけど、でも、彼女が彼女なりに理屈で考えて、正しいと思うほうを味方してくれるようになって)ができたので、助かったんじゃないかと思うところがあるので。

とりあえずこんな感じです。

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