「正論」について

教祖だけど、

スポーツを楽しむようにワークが楽しい子もいるかもしれない、

みたいに、昔っからプリントみたいなこことしている家を認めてましたよっぽく言ってるの何?みたいな。

Noneが小中学生ぐらいのとき、そういう家、全部虐待みたいに叩いてたよね。

私、みんなに寛容でしたよ、みたいな。

お父様は正論を押しつけることがない人だったかもしれないけど、たとえば雨の日に幼稚園に自転車でお迎えするのに公園に駐輪する人叩いてたり、(あれ、正論そうだけどホンマにそうか?みたいなところあったけど)まあ、自転車止めてた人本人には「押しつける」ことはないのだろうけど、正論振りかざして、それに合ってない人を、自分が築いたコミュニティから阻害するような話だし、似たような件めちゃくちゃあったのね。

まあね、正論を「押しつける」っていうのが、どういうケースかわからないけど、

私のように、親も頼りにならない、周囲に協力者もいない、手に入れられる情報、インターネットとか(まあ、その前は図書館とか、本屋の立ち読みとかになるけど)につながる前とか、

自分を守れる物、理論武装しかなくて。

自分が悪いことをしてるわけでもないのに攻撃受けているときとか、

あと、自分がしてきて、あれでよかったんだ、と思う、理屈で人を動かしたとき、ってね、

目の前に居る人が、めっちゃ人に責められるとか、馬鹿にされている(そうしなくてもいいのに)とき、理屈とか行動とかで、その人を瀬戸際とか、困っているところから、少し安全な場所に連れ戻した経験とか、少なからずあって、

そのせいで敵とか作った覚えもあるけど、(それもたぶん、その代わりに自分を逆境にたたせたケースもけっこうあるけど)

そういうとき、たぶん自分正論振り回したんだろうけど、やって間違いなかったと思ってる。

まあ、親の思うとおりになっていないかもしれない、みたいにおっしゃってましたが、わたしの記憶では、あんな人よくないよね、こんなこといけないよね、みたいに、あなたのコミュニティの中や、世間一般に味方のいない人、少ない人、叩いてましたよ。

で、それを攻撃した相手に謝罪っぽいことを言うこともなく、ワークもいいですよね、みたいに、昔から認めてました、みたいなノリで言ってるのびっくりするし。

私は、相手が強い人でも、これアカンのちゃう?思ったら動いてしまう人なので、怖くて味方あんまりついてくれない人なんで孤立しがちだと思ってて、そういう意味でも、「友達多い」とか、「人脈広い」とかが、「やっぱり人よね」みたいな、その人がいい人かどうかの基準だとは思っていないのだけど。

いい人でね、人脈広い人っていうのも、もちろんいますけどね、人脈がある=いい人ってわけではないと思っていて

昨日のブログで政治家が一般人に全然信頼されてないって書いたけど、あの人たち人脈とか友達はめちゃくちゃ持ってますからね。

まあね、「正論を押しつける」が、どの状態か詳細書かれてないからわからないんだけど、ぱっと読んで、理屈で自分をガードしてるような人を否定しているように思えたので、ちょっと書いておきました。

中国語教室行く準備します。

とりあえずこんな感じです。

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