こんな感じになりました

ええと、先日の話ですが、自分ができる精一杯の状態で、謝ってきました。

確かに、無理矢理っぽい感じがあっただろうけど、それでも皆さん温かく許してくださいました。

本当に、年末年始、めっちゃ悩んでたのは嘘ではないし。

将来のことは、Noneがうまく自立してくれるかどうかで全てが決まるだろうと思っています。

自分の幼なじみ(母さんがピアノでつないだママ友の子)とか、母の行った音楽大学の同級生の子どもとか、

親がけっこう財産持ってても、子どもが自立できなくて、困窮したケースをたくさん聞いているし

Noneは、小学生の時とか、同級生が「将来の希望、ニート。」とか言う逆を言ったらしくて、Noneは父親がけっこうお金持っていた記憶を持っていたし、その当時は、自分は親のスネを囓って生涯暮らせるぐらいに思っていたことを、かなり後に聞いていた。

J「おかん社会不適応者やから、アテにしてたら知らんよ。っていうか、おかんがNoneの将来アテにしてるよ。」

とか言ってて。まあ、Noneも、将来の自信なんかないから、その返事に「任せとけ」っぽいことを言うわけでもなく、でも、はっきりと「アテにすんな」的な拒絶もなく、みたいな感じで。

まあ、住むとこあるから、ある程度の収入は自分で稼げるようにして、固定資産税と、そんな贅沢をしないから、ある程度の衣食住ができるようになるのと、光熱費とか来ライン維持できる状態にできるぐらい、自分の収入で足りない分を、Noneがお父さんに交渉して援助してもらうとか、Noneが少しお小遣いをくれるとか、してもらえたらいいなあ、って、それだけ考えてて。

年金制度が維持されてくれたら、まあ、もう定年過ぎて食卓で働いてる主人は、人生ゲームのゴールまで、地味にコマを進めていくだけですむ状態になった人なんじゃないかと思う。

そういう意味でも、年金制度が維持されるように、若い人に納税できる高い収入を得られるような教育とか、自分の子とかよその子とか関係なく親身になれるんだけど(ってソコかい!)

貧富の格差とか気にしてるけど、教育費を親に出してもらえる子の足をひっぱるとかは考えてなくて、いつも仕事でも自分の精一杯をしているし、そこは自分が子どもの頃から見てきた光景で、金持ちだからとか、カシコだからって、何にも悪いことしてないのに敵のように攻撃するのって、金持ちとかカシコとかと溝を作ってしまって、貧富の差とか関係なく、いいことをしてくれるかもしれない人を、「貧乏人は怖い」とか、「アホは怖い」とかにしてしまうと思っていて。

まあ、主人の収入で、私立の幼稚園の補助金出なかったときに、幼稚園の一番偉い先生が、Noneのことのけ者にして他の子と輪になって遊んでいて、「私ら西松屋だからね~」とか、私が来たときに言ってたのを思い出すけど。(Noneは言葉が遅れていたのとか、ちょっと成長が遅かったので、自分が置かれている状況を把握できてなくて、彼女は何一つそのへんのことで心に傷を負ってないんだけど)

わかってたら、そして大阪に来ることなく、所得高い層の暮らしを続けることがNoneにできていたとしたら、ある程度の所得がある人で固まりたがる人になっていたかもしれない。

やっぱり、慈善事業をするような人になって欲しいと思って仕事をしているのではないけど(したかったらしてもいいけど)どの人にもまんべんなくいい話がまわるような仕事ができる人になってほしいなあ、という希望はある。

そして、そうなろうとしたら、めっちゃアタマよくならないといけないことも知ってる。

やっぱ今スティグリッツの本めっちゃおもろいと思って読んでるし、目指してほしいとこ、そこ。

ハードルたっか

そのへんじょあんなNoneから見たら残酷に見えたみたいで、山中教授とかがノーベル賞取ったときに、テレビ瞳キラキラさせながら私がテレビ見てるのを横で見て、それを自分に期待されてるのが伝わってて、「テレビ消して。」とか言われたことあるし。

最近、サザンの、『心を込めて花束を』が好きで

期待通りの僕じゃないけど、素晴らしい女性ひとに出会えた。もしも涙が溢れそうなら御免よ何も言えなくて

サザンオールスターズ 心を込めて花束を

この部分、私けっこう歌うまいつもりなんだけど、歌うのめっちゃ難しくて、桑田さんの声もね、すごい、感情こもってて、声帯かなんか知らんけど、歌いこなした人じゃないと出ない声出してるし、みたいなところがあって、大好き。

親の期待通りに育ってくれる人も、もちろんいていいし、そのほうがいいんだろうけど、放蕩息子の帰還じゃないけど(聖書の中のエピソードね)自分の子どもが、自分の思うように生きたことを、親が包み込むというのは、最も親子らしいんじゃないかと思う。

期待をするのが悪いんじゃない、親ならば誰でも子どもに期待する。自分がやりたかったこと、してほしかったこと、ほかの人の成功談、いろいろ、でも、それらの選択肢やそのための訓練などを受けた上で、それを使って何をするか、何ができるか、あるいはそれらを使わずに他の亊をするかとか、それを受け入れるのが親なんじゃないかな、と。

自分が親からほぼ何も大事なことを教えてもらえなかった記憶から、自分の精神的な飢餓を満たすように逆にNoneには与えすぎたので、Noneはお腹いつもパンパンだっただろうけど。

(って、マジ、生まれたときに、お母さんは小さいけど、お腹のお子さん普通の体系ですよ、って聞いてたのに、生まれたら小さくて、最初にたくさん粉ミルク飲ませたら、標準身長になると思って粉ミルク飲ませまくったら、横にパンッパンに膨れたけど)

今日、自分が、認めてもらえたかな、と思うこと、午前の仕事で、手元の仕事が全部片付いて、少しやることない時間ができたときに、仕事で使用しているテキストのベトナム語を、メモのように書き写していて、で、休憩時間が来たときに、ベトナム人技能実習生来て、読めるかどうか聞くから、文字から読もうとするんだけど、発音正確じゃなくて、実習生が、できるか?って感じで、読み上げたのを、1回で耳コピしてちゃんと発音して、実習生、めっちゃ突っ込もうと思って私にベトナム語聞かせたのに、何にも言い返せない状態になってて、ちょっと悔しそうにしながら「スゴイネー。」とか言ってくれて。

音の上下もそうだけど、けっこう日本語にない母音や子音も出せるようになってる自信はあって、

中学の時、最初、スペイン語やろうとするのね、で、rrの発音とか出せなくて、泣きながら練習した覚えがあるし、高校まで、喉の奥とか、硬くなってて出せない音とかあって、出せるように指でマッサージして、「ウゲッ」とか「オエッ」とかしょっちゅうやってて、それでも短大の時に、2年間したことって、ほぼ発音の改善ばかりで、文法とかは記憶では高校英語とそんなに当時かわらなくて、リスニングとか発音とかのとっくんばかりやっていたように記憶している。

って、このコロナ禍で、喉の奥とか粘膜を素手で抑えるとか全然おすすめしないし、(っていうかやらないほうがいいです)それでも、通じる発音ができる、という程度で、ネイティブのよう、みたいには届いていないと思います。(骨格がね、中学とかまで、ほぼ日本語しか話してなかったら、そのように出来上がっていますからね)

で、そこそこ話せそうな発音してるのに、出てくる言葉が学校文法英語(関係代名詞とか、あんまりネイティブが使わない方法で使いすぎ)みたいなので、ネイティブから「キモッ」みたいな目で見られていたのが今でもトラウマです。

まあ、そんなんで、インドとか、アラビア語圏とか、非ネイティブの英語聞いてて、できない発音は、通じる代替音でいいだろう、通じるイントネーションでいいだろう、大事なのは、何を話すか、そこなんだろう、実際、それでグローバル社会で重要な仕事をしている人はたくさんいるから。

岩村圭南先生とか、Atsuさんとか、ネイティブ級を目指すすごい人っているし、すごいと思うし、そこを目指すひとっていうのもいていいと思うんだけど、

ミュージカルの新妻聖子さんみたいな路線目指す人もいるんだと思うし、そういう人も応援するけど、

喉とか顎とかの筋肉とか骨格とか、日本で普通に育った人で、そのまま英語とか外国語の発音出せる人のほうが少ないと思うので、どうしてもそうしたいなら、かなりの覚悟がいると思う。

まあ、自分が去年中国語の発音指導を日本人から受けたのだって、もう中国語をネイティブ並みに発音することに人生かけちゃった人だったと思うし。

本当にね、あの絶対音感とか、声量とか考えたら、オペラとかそちら方面の訓練を受けた方がよかったんじゃない?みたいな人だったんだけど。(私、その先生から、生まれて初めて「声が小さい」って注意された。いつも「声大きすぎ」で注意されてるのに。あと、合唱団でアルトやったり、桑田さんの歌、そのままの男性のキーで歌うから、女性にしたら、低い声もでるほうなのに、「もっと下げて」って無茶言われたのも覚えてる)

英語版のタイトルがわからないんだけど、スティグリッツの『好的经济学』《贫穷的本质》(よい経済学《貧困の本質》私の和訳)にハマっていて、1センテンスを選択して、英語訳が出る状態にする。iPadのKindleの翻訳は、翻訳の音声が出せるので、まずそれをオーバーラッピング、これをしてもまだ選択が外れないので、その状態でコピーして、ピンインを出して読み上げさせて、それをまたオーバーラッピング

何にも考えたくないときは、電車で座りながら小声でオーバーラッピング(となりの人、きっと「こいつキモっ」って思ってそうだけど)風呂でiPadを防水ケースに入れて、1章ぐらいオーバーラッピング、みたいなことをしています。

今冒頭のところでは、アメリカの民主党支持者と共和党支持者のすごい溝の話とか、すでにお互いに話し合える状態じゃないところにあると書かれていて、で、今経済学者に何ができるかの話になりかけてて、ただ、経済学者の見識と、一般住民の見識の乖離みたいなものがあって、アメリカとイギリスの公的な機関が「次のうちのどの職業の人を信じますか?」みたいなアンケートで、イギリスで一番信頼されているのは看護師、一丸信頼されていないのは政治家、で、経済学者もそんなに信頼されていない、と、で、アメリカでも同じように政治家も経済学者も信頼されていなくて、気象予報士のほうが信頼されている、みたいな話で(人格的に信頼できるかではなくて、専門分野の見識について話していることが信頼できるかどうか、というアンケートなのだけど)

自分が、こういうの、すごく面白いと思うのに、一緒に話せる人が少ないのは(日本語学校の先生の「いらんこという先生」は、けっこうこういう話につきあってくれるけど)

もっと高い教育を受けられるぐらい、自分が頑張っていたら、自分が受験勉強とか耐えられるアタマ持ってなかったから、そういうのが、すごく悔やまれる。

Noneにも、そういう悔いがないように教育したかったけど、そんな高い学歴身につけられなさそうだし、(最近問題意識的には、私と似たようなところを徘徊してるんだけど、私が好んで見る情報系のユーチューバーは、Noneはあまり好きではないみたいで)

Noneも、生きるのうまくなさそうだなあって思う。下手に読解力あるとか、他の人が気付いていない問題とかに気付いたりするから、で、それをうまくかみ砕いて説明するとか難しくて、って、それができたとしても、そもそも相手がそれを聞く気がないとかしょっちゅうだし。

って、今日付変わった。明日の日本語学校の準備は済んだんでるんだけど、(印刷とか、そういうのほぼ済んでて)

パソコンの話をする日なんだけど、図書館で留学生用にワード・エクセル・パワポの説明する本(って、普通のマニュアル本に振り仮名振ってあるだけのような気が。若干説明文がやさしい日本語なのかもしれないけど)あと、ゲオで中古Windowsとか買えて、Chromebookならその中古と同じぐらいの値段で新品買えるよ、教科書でオークションとか書いてるけど、もう最近メルカリだよ、メルカリに出品されてる中古Switchの商品の状態の説明文どのぐらいわかる?みたいな内容のパワポは作り上げてて、学校で印刷できるようにPDFに変換してUSBに入れるとかぐらいしか準備残ってないけど。

まあ、前に書いたけど、片方のクラスでは、日本語がもっと上手になったら、大阪ではめっちゃ節約できる話とかしてたし。

なんだろう、教師である、って、なんか、エライんだぞ、みたいにしたがる人多いような気がして、いや、単に、学習者が潜在的に必用としているものを、どの引き出しを開ければいいのか、とかを一緒に模索して、最終的に自分で顕在化できるようにできて、そのための情報とか自分で探す力をつけるとか、そんなんじゃないのかな、みたいな。

まあ、私、基礎ができてないのに、教材ばっかり作ってる人なので、間違ってるかもしれないけど。

まあ、今日、風呂の水めっちゃ少なかったので、明日起きて風呂洗って新しくたいて、朝入ろうと思うし、授業のアタマも作らないといけないので、今から寝ます。

とりあえずこんな感じです。

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