もうすぐ彼らは卒業だね。

まあ、今日、普通に授業するんだけど。

明後日、JLPTのN3のテストなので、ほぼその対策。

チョイ、ほぼテスト対策する勉強の仕方からしらない生徒が多くて、合格が期待できそうな生徒が一握りな気が・・・

前半の授業の生徒の方が、けっこう楽観的で、私はこのクラスで模試の授業をしていないから、何人ぐらいが合格できるぐらいのポテンシャルあるのかわからない。でも、自信がないって言っている(そして、授業の方も、日本語での雑談は積極的に参加するけど、授業でやることになっている問題とかは離脱していることが多い)生徒が

「先生、N3合格したら、何かプレゼントくれる?」

って、女の子なんだけど、授業で「おごる」とかの単語を習う日だったから、生徒全員と食事をして、おごれって言い出して。

コロナの自粛要請のことと(もうホワイトボードに赤い通天閣の写真貼ってすでに説明はしていて)先生にそんなお金がないことを説明して、食事にはいかないことにして。

受かった生徒に、なにかプレゼントをすることになって。

安いものですよ、とは断っていて。

次の授業で、模試するほうのクラスは、解答している生徒のようすを見ていると、受かりそうなの、優等生君一人だけかも・・・みたいな重い予感がして。

受かったらそのクラスでもプレゼントする話を最初にしたのだけど、ほとんどの生徒が暗い顔になったので、ダメだったひとは残念賞があることになって。

まあ、松屋町で何か漁るか、ロハコとかで文具でもいいけど、チョイ、簡単に作れるモノがあれば、こないだ買った和柄の布地で、簡単に作れる小物で見た目高そうなもの作れないかしら、とかは思って。

で、なんか、クリスマスパーティーは、実施されるかどうか微妙で、あったとしてもかなりこじんまりとしたものになるらしいから、まあ、あれば収入になるし、生徒たちとも交流が持てるのだけど、楽しい雰囲気にはあんまりならないかもしれない、は、躊躇しています。

冬休み以降は、語彙と漢字の授業ではないらしいので、1月からの授業の準備や、簡単に作れる小物の本を探しに、明日午前中に中国語教室行ったあとで、地下鉄乗り放題券で図書館に行き、余裕があれば、お歳暮を買って帰る予定です。

ちょっと、今日は、N3の授業に途中でよそ見し出した生徒に、「余裕ですか?」って、未習語で聞いてしまって、説明を求められたので、英語で説明聞く国の生徒だから、英語で説明したら、その生徒じゃなくて、別の英語使用の生徒から、「先生英語うまい。」って褒められました。(まあ、簡単に、”Do you have enough knowledge to pass the examination?”って、たぶん、中3ぐらいの知識で言えそうな英語で言ったのだけど)

で、自分が3月からの自粛期に勉強してHSK5級受かったこと、中国語とベトナム語は似ているから、ベトナム語の勉強を始めること、で、みん日のベトナム語をバラして、電子書籍にして、音声出るようにして、

① わたしは マイク・ミラーです。       Tôi là Mike Miller.
② わたしは 会社員です。              Tôi là nhân viên công ty.
③ サントスさんは 学生じゃ ありません。 Anh Santos không phải là sinh viên.
④ ミラーさんは アメリカ人ですか。 Anh Miller có phải là người Mỹ không? はい、アメリカ人です。        Vâng, anh ấy là người Mỹ.
⑤ ミラーさんは 先生ですか。           Anh Miller có phải là giáo viên không?
いいえ、先生じゃ ありません。     Không, anh ấy không phải là giáo viên.
⑥ あの方は どなたですか。           Người kia là ai?
⑦ ミラーさんは会社員です。グプタさんも会社員です。
Anh Miller là nhân viên công ty. Anh Gupta cũng là nhân viên công ty.
⑧ ミラーさんは IMC の 社員です。 Anh Miller là nhân viên công ty IMC.

こんなの休み時間に音声流して、みんな懐かしいからびっくりして見てて。

中国語の単語とベトナム語の単語がどのぐらい似ているかの話をして、そのときにちゃんとベトナム語の単語を正しい発音で発音できてたので、生徒喜んでくれて。

先生も頑張ってるから、みんなもN3頑張ってねー、みたいに言って。前半のクラスの方は、はーい、頑張りまーす、みたいな反応で。

家帰って、さっきの日本語学校の授業作りのための参考になる本とか、小物づくりの本とか市図書館の蔵書検索して、

で、前から気になっていた映画を見ることにして。

3月に映画館で公開されていたらしいけど、そんな自粛の真っ最中の映画とか、全然チェックしてなかったし。

ひかりテレビで、テレビの横のビデオの紹介で、タイトルと画像が出てて、

出演者とか見て、コレ絶対見なアカンやつや、って思って。

プライムビデオの方が若干お安く見れて、

21世紀の資本

これ、めっちゃ面白かった。って、愉快とか、娯楽の意味ではなくて、深い。

間違いなく思う。1%の勝者になることよりも、社会を変えるべきだと。

そのためには、ピケティとか、スティグリッツとか、出てるし、自分が記憶していたフランシスフクヤマとか、こういう路線の人じゃなかったけど、Wikiによると、ネオコンだったのが、ネオコンと距離を置いて批判し始めているらしくて、明らかに左の発言をしている。あと、すごい鋭い話をする、比較的若い女性がいたのだけど、名前を紹介する文字が出ているときに、飲み物取りに行ってしまってたので、あとで確認しないといけません。それだけじゃないですね、けっこう鋭い女性もたくさんいて、先に書いた3人は、前から名前を知っていたけど、男性女性にかかわらず、今日初めて名前を見た人は、あとで名前を確認して、著作物とかチェックできたらしたほうがいいかもしれません。

まあ、映画を見ていると、長い歴史の中で、庶民が健康な生活ができた時代って、そんなになくて、本当に、戦後の、戦った代わりに報酬をよこせと言えた時代に限られていたように描かれていました。

で、ネタバレになるので、ごらんになりたい方は読まないでいただきたいのですが、2人でやるゲームで、実は最初にコイントスをした時点で勝者になるか敗者になるか、ほぼ決まるゲームをしているところを記録して確かめると、勝っている側って、態度デカくなって、負けている側に上から目線になって、同情とかしないで、立場の上下をさらに広げようとする人の方が圧倒的に多いらしいんですね。

「見えざる手」に任せて、一度弱者になってしまったものがチャンスをつかむなんて、まあ、本当に難しくて。

これ、400円とかするの、作るのにお金がかかるからか、グーグルやアップル、アマゾンなどのオフショアでの脱税の批判とかしているから、貧乏な人がめったに手を出さない値段にしたり、YouTubeに上げられないようにされてるんじゃないかしらとか思わせられたりする。

って、今見たら、Noneが中学生の時に買った、『21世紀の資本』アレクサで読み上げできますね。

Noneがそのとき所属していた塾で、特別に国語の授業を少人数の試験的クラスで受けさせてもらうことになったとき、そのときの担当の先生が左側だったので、使ってもらえるかもと思って、セールかなにかになっていた、Kindle版の『21世紀の資本』を買ってたんです。ブログにも記録してあると思うけど。(今考えたら、ピンカーの書いた『21世紀の啓蒙』は、人間は平等じゃないし、平等であることも求めてないとか書いていたし、『21世紀の資本』への対抗作品として書かれたものなんじゃないかと思う。「啓蒙」という言葉自体が、教育を受けた一部の人が、数多くの大衆に教育をする、みたいな言葉だと思うし、つまり、いいように使えるように職業ができる程度に教育して、利潤は自分たちがとる、という形をとろうとするものだと思うし、マルクス・ガブリエルが言っていた、現在が中世の社会に戻りつつある、というのも、ここでピケティが言っているのと同じように、1%ぐらいの富裕層と、そのほかの、生活ができる職業につくのさえ難しい庶民がいる時代に戻る、ということなんじゃないかと思った。)

って、寝ます。

とりあえずこんな感じです。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ

にほんブログ村

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(本人・親)へ

にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ

にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です