今年もありがとうございました

私にとって、50歳になる年で、ものすごい人生の転機でもありました。

まず、1月ぐらいに日本語学校の敬語の授業で、一部の項目について、教え方が悪い、とか、それではわからない、ではなく、「彼ら(留学生たち)にはわからないので教えない。」というので、なんか目の前真っ暗になって、現実逃避状態になって。

小さいときからね、立場低い人間だから、他の人なら認められるようなことで、否定されるな、は、けっこう体験してたんだけど、たとえば、他の、いいとこの家の子が言えば、「独創的だねえ。」とか言ってもらえることが、自分が言うと、「何いいだすかコイツわからない、怖い。」とかになるとか。

でも、教案9割赤で直されるほどの否定、って受けたことがなくて、

特に、社会人で大学行ったり、短大だったり、日本語学校の養成講座のほうだったり、自分が、今回はよくできている、とか、今回は今ひとつだった、みたいな、自分でこれぐらいの評価がくるだろう、という予測は、そんないつもピッタリではないけど、ほぼほぼ自分の予測しているのに比例した評価が帰って来た記憶があって。(って、模擬でタブレット使うとかが、機械音痴の他の生徒さんの期限を悪くさせないように、ちょっと控えめな評価が来るとか、そういう面も予想はしていて、その通りで)

上司が機械もの好きじゃないとか、新しい話題は避けて欲しいんじゃないかなあとか、生徒にウケそうな冗談を入れると「彼らの文化では理解できません。」とか言って消されるとか、で、まあ、私がまだ新人なので文法事項でややミスがあることも含めて全面的に考えても

9割は、ないよな。

まあ、それで自分を肯定できるものを求めて、3月の春休みは中国語の四声を身につけるのに集中したり、HSK5級受かるように頑張ったりとかしたんだけど、

まあ、それでも、いろいろ考える事があって、通信教育受け始めたり。

コロナでまず日本語教育が変わるとか思ったけど、変わるのはそれだけじゃなくて、なんか、もっと根本的なところから物事が変わって行かないといけないんだと思わされて。

なんか、この先、生きていけるのか不安になるんだけど、環境問題とかいろいろ含めて、世の中が良くなるように変わって行くことと、自分の保身が両立できないとしたらどうしたらいいんだろうとか、めっちゃ悩んで、とりあえず今持ってない知識とか技能とか、自身の生活も保てるし、世の中も良くできる、そんな方法を見つけられないだろうかと奔走していた一年でした(現在も奔走中)

カフェイン抜きで、寝ている時間長かったんだけど、その睡眠で、体が少しほぐれている気が。(って、そんな気がすることが今までも何度かあって、数週間したら元に戻るを繰り返しているので、今回もそうかもしれないけど。)

すごい、今年は勉強して年越ししようかなと思ったんだけど、サザンの、「ほほほぼ年越しライブ」が気になって。

今までだって、WOWWOWとかで、年越しにサザン見れる機会がなかったわけではないけど、ずっと今まで、自分にとって、サザンのライブは、手の届かないもの、って、思っていて、コンサートとかも、若いときは芸能界に少しツテがあるとかいう知り合いに頼んでチケット手に入らないか頑張ったこともあったけど、そのときは、「本当にサザンのチケットは手に入らないんだ。」って言われて、行けなかったんだけど。

無観客ライブ、サザンがやろうとしている新しいことなら、自分も、新しくなればいいんじゃないかと思って、チケット高いなー、って思ったけど、U-nextに新規登録だったら600ポイントもらえて、その割引分安くなるって聞いて、U-nextは外国語字幕無いって聞いてたから、試したこと一度もなくて、これ利用してみよう、って思って。

カフェイン抜きしてるし、途中で寝落ちするんじゃないかと不安だったのもあるけど、見逃し配信が7日まで見れるって言うし。

紅白でユーミンが「守ってあげたい」歌うって聞いてて、先日仕事の帰りに、仕事のことでものすごく悩んだときに、聞きたいって思って聞いたんだけど、本当に私、そんなユーミンのファンでもないのに聞きたいとそのときは思って、

たぶんでも、今年は、この曲に癒やされる人が多いと思います。

ぱっと推測するだけでも、オリンピックのインバウンド狙いで、なけなしのお金あつめて起業してた人がコケたりとか、今年はいそうだし、辛い人や苦しい人が多かったと思うから。

実力があればお金は手に入るとか、そんなことを言う人もいたけど。

今日は今から早めの風呂に入って、年越しライブまで他に見れるU-nextの番組とか見ながら、時間来たらサザンを見ながら年越しできたらなと思います。

今年は、ブログの更新も滞りがちだったし、悩み事をかきだしてばかりで、みなさんに有用な情報とか少なかったと思うんですが。

あ、ちなみに、これも、私をまねしてる人が少ないと思うので言ってませんでしたが、P&Gとハインツ株は売ってました。グーグルと日本の株中国の株はそのまま保持です。

ハインツはちょっと金額多めに持ってて、第二波のときは10万ぐらいマイナス出てたので、持ち直して5万ぐらいのプラスの時に売りました。(良いときに売っていたら7万プラスだったのですが)

P&Gは、昔買ったときがNISAにしわすれて特定で買ってたので、来年ちょっと下がってくれたらNISAで買い直したいと思っての売りです。一応株価で2万5千円ぐらいと、今までにいくらか配当がついていたはずです。

っていうか、若干、大恐慌っぽいのも恐れているので、今持っている株の半分は現金に戻しておこう、って思ったんです。って、ワクチンできたから、上がって行くのかもしれないけど。自分がちょっと、お金いるかも、ってなったときに、ものすごい損切りしなくてはならないようにしたくない、がありました。

あと、普通にNISA枠、来年またできるから、今売っておいたら、来年また新しく発展していきそうな産業に投資できるかもしれない、がありますし。

中国が国家を挙げてクリーンエネルギーを推進していく、と聞いたので、その分野の中国株、グンと上がるかと期待したのですが、下がっていたところからチョボチョボ戻している、といった程度です。

売った米株のお金は、ドルが安いので円転はしていません。で、アメリカの国債で持っていた方が金利とか付くんですが、それも怖くてやっていません。

って、大阪のおばちゃんは年の締めが金の話かよ、みたいになっちゃったんですが、来年もよろしくお願いします。

とりあえずこんな感じです。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ

にほんブログ村

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(本人・親)へ

にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ

にほんブログ村

カフェイン抜きとかしてて

ちょっと、先日、YouTube見ようとしたら、お勧めの動画の選択肢が「カフェイン抜き」しかない状態になっていました。

で、仕方ないやって一つ見たら、夜中目が覚めるのとか、おトイレ近いのとか、カフェインのせいとか言ってて、で、カフェイン抜いたら肌もキレイになるとか言うから、やってみようと思ったら、

離脱症状すごくて。

仕事ないときとか、するつもりだった勉強とかあったのに、ぜんぜんアタマ入らないし、眠気とかすごくて、ほぼ数日、仕事の時間以外寝ていて。

ってね、ちょっともうどの番組だったか忘れたけど、心の負担みたいなのを解消してくれる言葉を、簡単なドイツ語で言っているのを聞いて、

なんかね、20歳前後の頃に、ドイツに行けば自分が参加できる社会に出会えるかもしれないと思っていたころに必死に覚えた単語が次々出てきて、もう走馬灯状態で、

で、カフェイン抜きの離脱症状で寝ているときも、アレクサや他の媒体で、寝ながらドイツ語の単語やフレーズ覚えられる動画とか聞き流してたんだけど

なんかね、もし、弱い誰かを、その場でみんなで悪く言って、その集団のガス抜きにするとか、そういうことをしないと生きていけないんだったら、もう、生きていられなくてもいいかもしれないとか、若干思ったりして、

生きるために使えるための外国語を一生懸命勉強しなくていいとしたら、ドイツ語をやって若い頃に浸りながら人生終わらせてもいいかもしれないとか、少し考えたりして。

って、言うて、昨日、起きれる時間少しあったから、もうろうとしながらでも、通信教育はほぼ半分終わらせたんだけど。

ちょっとだけ、ベトナム語の発音練習とそのノート付けもして

今までPDFをワードに変換して、チュノム変換サイトからコピペしてとか、いろいろ頑張ったけど、結局のところ、紙に手書きが一番作業が速くて、次々レッスンを進めることができる。

今日、今年最後の仕事で、

他のひとあんまり来てなくて、なんか、ベトナム人いっぱい待ってて、この仕事、あんまり任されたことなくて、(っていうか、ほぼ最初から引継ぎとか説明とか受けてなくて、横で採点してて見てた範囲でわかることをしてたんだけど)今日マジでいきなり仕事振られましたって感じで仕事してたんだけど。

ベトナム人にたくさんの宿題を渡すメモだけ置いてあって、すごい量だなあと思ったし、ベトナム人も、苦笑しながら、「ベンキョウたくさんね~。」とか言ってて。

ひとり、英日のテキストにベトナム語の翻訳を独自で作っているのだけど、その使い方がわからないベトナム人がいて、(使い方とかは、最初にオリエンテーション受けてるはずだけど)

J「A(面)の1番に「あるきます walk」書いてありますね。翻訳の1番見ます。”đi bộ”書いてありますね。覚えます。B(面)を見てください、3番にwalk書いてあります。翻訳を見ます。3番に”đi bộ“書いてありますね。日本語は何でしたか?」

って説明したんだけど、横で聞いている他のベトナム人が笑いだして。

V「先生ベトナム語の発音うまい。」

って言ってくれて。

まあ、越英日のルー状態ができたみたいだな、と。

私の名前聞いてメモするベトナム人とかもいて。

なんかね、上司とかに認められなくても、自分にしかできないことが、富裕層とかに受けるものでなくても、

今、ベトナム人に対して、過酷な労働を強いたりしている日本人がたくさんいるのは知ってる。でも、協力しようとしている日本人がいること、日本の言語や文化を一方的美押し付けるのではなく、彼らの言語や文化を理解したうえで、わかりやすく日本ではどうしたほうがいいのかを言うことができたらいい、と、思った。

って、単語がいくつか、わかる発音で言えるようになった程度だし、今やっている英語でベトナム語習えるアプリで、上のようにチュノムを出して、いくつかの単語がすぐチュノムで書けるようになったぐらいだけど。

人に、認められるって、温かみがあるね。

自分が中国語やってて、中国人の先生に、中国語の発音はこうです、とか言われても、その先生の日本語の発音がめっちゃ中国語訛りやったりしたら、

日本語はイントネーションおかしくても通じるから許されてるだけやん。逆に日本語の発音が厳しい言語やったら、この人日本語話せてないし、みたいに、やっぱ内心思う。

四声とか、日本語にない母音とか出せないとかで通じる中国語話せないけど、まあほぼ英語の文法っぽいものにあわせて日本語の熟語並べていけば、それっぽい中国語になるから、そこからちょっと勉強して、英文法と中国語文法の違いとか少し勉強したら、文法的に合っている中国語が作れる日本人は、けっこういるし。

日本語のイントネーションとか、独特な言い回しを言える先生だったら、自分もちょっと頑張らないと、って、思えないところが自分にもあったから、ベトナム人だって、外国語の発音身に着ける努力したことないひとに、オマエの日本語の発音変だ、って言われても、立場の上下の問題あるから言えないだけで、納得はいかないものがあるだろうな、と、思う。

まあ、日本語学校で、生徒の大多数がベトナム人のクラスの授業して、並行して中国語習ってて、やろうって思ったことなんだけど。

あと、読み上げソフト使ってて、日本語のローマ字表記をベトナム語の音声エンジンが読み上げたら、ベトナム人の訛りそのものになるっていうのもわかって、

まあ、できる範囲で、日本語のイントネーションを表記したものを見せて発音指導しているけど、(養成学校の校長してたひとは、ほぼ完ぺきに全部の日本語をイントネーション表記できる人だったんだけど、私は辞書みたら、ときどき間違ってて。って、中国語の四声あるていどできるようになる前は、全然できなかったんだけど)

まあ、ぜんぶイントネーション表記とかは難しいから、できるだけ音声教材聞いてね、って言ってるけど。

って、もうまた眠くなったので寝ます。

とりあえずこんな感じです。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ

にほんブログ村

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(本人・親)へ

にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ

にほんブログ村

良心について考えたり

先日のブログについては、本人は自分の上位をあたりまえのようにされていましたし、いままで理解のある方だと思っていた方が、驚くぐらい狡猾に生きるタイプだとわかったり、(まあ、お仕事のできる身分の高い方なのだろうから失礼の無いように敬意を払ってお仕事させていただくしかないと思いながら)理解のある方もいてくれて、見てくれている人は見てくれている、と、自分のできる最善を続けていこうと思いました。

家に帰ると、けっこうYouTubeが、おすすめが落ち着く方法とか並んでて。

誰のどの動画とか言わないけど、涙でてくるやつとかあって。

晩ご飯食べた後、クリスマス用のディナー商品が、期限前で安くなる時間帯だと思って、そこからスーパーへ。

半額になったピザと、ソーセージ(いずれもクリスマス用の、ちょっと豪華なやつ)が半額で、25日午前3時期限とか書かれてるけど、べつにピザ朝ご飯にして、ソーセージ昼ご飯にしても、ぜんぜんOKだろうとか思って買う。

あと、生食用の牡蠣も、火とおせば期限の翌日でも食べられるだろうと、半額なのを多めに買って、翌日牡蠣たっぷりのグラタンにして食べた。

エコだし、フードロス解消だし。

で、翌日の25日朝が、今年最後のゴミ回収だというので、そこから部屋大掃除して。

なんかな、自分のなかで、人間の良心ってどうなっているんだろうとか、ものすごく問いたくなって。

日本語で検索すると、辞書的な意味ばっかり出てきて、そのあとmoralで検索して(って、今「良心」を検索すると同志社が良心教育に原点を置いてるとか書いてあるけど。)

眠かったので、良心について語っている動画見てたら、次すぐ外国語教育についての動画になっちゃったので、じょあんな勉強しろ、って言われてる気がして、その日は寝て、翌日言語教育の通信教育、期限あるから今のうちに進めるだけ進もうとか勉強してたんだけど。

ってね、前日が精神グラグラの状態で寝たから、睡眠状態が悪かったのか、眠気が襲って、少し寝たり、起きて少し進んだりとかの、匍匐前進状態だったんだけど。

動画流しながらやると、めっちゃイーロンマスクがすごい、みたいな動画ばかり、選んでないのに流れて、

これ、日本語字幕あったやつだけど、このぐらいのインフラを、日本が独自でできるぐらいの改革みたいなことができればいいのに、と、思った。

で、ちょっと、紙にもの書く練習とか、中国語の発音練習とかベトナム語の発音練習とかして、寝た。

今朝、5時ぐらい眼が覚めて、物音立てたら家族に迷惑だから、echo showにイヤホン挿して、YouTubeまた見てたんだけど、

まあ、アメリカの放送番組だから、中国が脅威に映るように編集されているのはわかるんだけど、すでに中国が海外と結んでいる道路や港などのルートがすでに怖いし、技術的にも、ものすごく進んでいる。すでに、インドネシアが、自国に鉄道を作ってもらうのに、日本より中国の方がいいと評価したりしている。

字幕ないけど、こういう番組の方が、私にはドラマよりは得意で、一部トルコなどの海外で中国がしたことについて話しているところ以外は、ほぼわかる。(トルコ語などの通訳の英語が、わたしにはとても聞きづらかったので理解できなかった。)

中国の国営放送ばかり見てたから、もっと貧困層への援助とか、共産国だからあるのかと思ったら、国の富が国民の3分の1に集約しているらしくて、そんなに「共産的」でもないことがわかる。

って、そういうアメリカは1%に集約しているとか聞いてるけどね。

もう、ホンマに、良心の問題なんだろうな、って思う。

人を貶めることで優位につく喜びを覚えた人とか、逆転の可能性がないのがわかったら、横暴きわまりない生き物になるのが人間なのかな、って思ったり。

全員じゃないだろうけど、でも、上位1%になろうとかがむしゃらになれる時点で、その横暴な人間の予備軍なのかな。

まあ、言うて、自分、今のところ主人から生活できるぐらいの金額、少ないけど送ってもらってて、実家があるから家賃の心配がなくて、食費や光熱費も、母と同居だから全部は払わなくてよくて、学費とかも結局主人が出して、自分が大阪の地の利を知り尽くしているから、どこで何が安いとか、たいがい知ってるから、自分が今仕事している時間とかその収入の割には、ずいぶんいい暮らしをさせてもらえてるんだけど。

できるだけの善意で、他の困った人を助けようとかは思えるけど、身代わりになるような何か、みたいなことは考えたことがないし。

って、それ考えたりしたら、共依存的な関係になるのわかってるし

助けてるのに立場が改善できない人とか、最初助けてもらって自分で立ち上がろうとするんだけど、立ち上がれそうにない、または立ち上がれない、ってなると、立ち上がることで自分に自信を持つのではなくて、どれだけ自分が「助けてもらえる」存在か、で、自分に自信を持とうとするから、底なし沼はまるねんな。

母が実家に帰る前の父が、その状態だった。自分はもう、給料のいい仕事につくことはできないけど、母という存在を自分のものにすることができて、それがいくらでも自分に貢ぐんだ、みたいなことを、自分に価値がある証拠みたいにしようとしているように見えた。

先日、あっちゃんの動画で、「モモ」の紹介動画やってて

効率化を求める現在への批判と、そこに横たわる搾取への問題提起のように思ったけど、私はモモのように、「聞ける力」を身に着けられたらいいのに、と、思った。

まあ、たぶんこの動画だったと思うけど、プログラミングとか習う大学行ってるのに、卒業した時点で即戦力じゃないとか、アメリカではありえないとか話していて、(これね、外国語大学出てるのに、卒業した時点で専攻言語話せないとかもよく外国人の人批判するの)

大学入るときの、選考基準がまずおかしいと思うし、入った後、ちゃんと専攻の学問勉強してない人が多いことも問題あると思う。

って、ドイツ語も話せるほど勉強しなかったし、哲学とか、なんか仕事に役経つのか?みたいなことしてたワシに言われたないわ、思ってるひとは多いだろうけど。

教育関係の人で、東大の受験に合格できる人は自習力があるから、なんでも自分で勉強できるようになる(藤原和博さんだったと思う、言ってたの)って言ってたけど、それ見つけるのに、そこまでスペックない人付き合わせるなよ、とか思うし、そのスペックがある人たちだって、早い目に自分がやりたいことが決まっている人がいたとしたら、それをやれたほうがよかっただろうとか思う。

まあ、東大の推薦とか、そうしている人もいるにはいるけど。

って、そういえば先日、こんなことを考えてたんだ。

英語とかプログラミングとか、私が小中学校にいたときより、習うことが増えている、就職をするときにも、求められるスキルが高くなっている。

で、今、普通に平均寿命も延びて、就職してから自分で生活しなければならない時間が長くなっている。

人間の平均年齢が60歳ぐらいだと思われていた時にできた12年制を、そもそも変えたらどうなんだろう、って

院に行って、教育を高めてから就職を考える人も増えてきているけど

高校受験とか、大学受験とかで、求められるレベルを通過するのに、合格できる側の生徒をとっても、遊びとか運動とか娯楽とか、かなりの部分を犠牲にしているように思える。

もちろんね、競争原理とかがそのままだったら、12年で習うことを15年にもししたとしても、受験のレベルが上がって勉強しなければいけない時間が増えるだけなんだけど。

ネットフリックスにあった、エリートってドラマで、レベルが高いとされるその大学に、実力で来ている人は少数で、多くは勉強するつもりじゃなくて、社会の実力者のコネクションを作りに来ている、とかから始まるドラマがあったけど。

社会人で学生をしていたとき、途中で読むの挫折したけど、マルキ・ド・サドを読もうとしたことがあって、

べつにSMのエロいの読みたかったわけじゃないんだけど、有名な『悪徳の栄え』って、『新ジュスチーヌ』っていう別に対称になる作品があって、

子どもの時に孤児院に入れられる姉妹がいて、姉のほうが『悪徳の栄え』の主人公で、悪人になることで、悪いことをしている、ということで他の悪人と共通意識を持って社会の上でのし上がって、妹のほうが、人に親切にしようとか、人間的な美徳を持っていて、人に踏みつけられ、惨憺たる人生を送る、っていう話なんだけど、

まあ、『悪徳の栄え』から読もうとして、普通そんな悪いこと人間したいと思わないだろうな、ということを、羅列していく話の展開で、まあ、いたるところにエロあって、で、1巻の終わりぐらいだっただろうか、自分を捨てたお父さんが出てきて、それと近親相姦してから殺す、みたいな展開になったときに、リアリティなさすぎて挫折するんだけど。

まあね、先日ある人をみて、「こんな意地悪なことができる私」に、酔うことができるタイプって、ときどきいるみたいだな、って、(昭和のときとか確かにけっこういたけど)ちょっと思い出して(って、たぶんその人、平成生まれだと思うけど)

サドがこれを書いた時代よりは、まじめに努力した人がその報酬が受けられる時代になったとは思うけど、まだまだ有力者に取り入ることのほうが身分を良くする時代なんだな、は、ちょっと思いました。

まあ、このあと、通信教育、できるだけ前に進みます。

とりあえずこんな感じです。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ

にほんブログ村

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(本人・親)へ

にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ

にほんブログ村

上から来られることについて

今回もうまく言える自信ないんだけど。

なんで、上から来たがる人っているんかなー、って、わからなくて。

ずうっと下の方にいました的な立場から見てると、ホンマに上のほうにおる人って、そんな上ですアピールあんまりなくって、(って、立花考志さんの話では、関西の神戸線方面の金持ちがそうなのかもしれないけど)なんか、そういう人に適わない中間層が、うちらみたいな下層見つけたときに、「勝てるでー。」みたいにめっちゃ金持ちアピールしているような記憶が多いんだけど。

自分が上に行けることがあるとしたら、あんな風に下の人に上位アピールする人にだけは絶対なりたくない、があって、

教会で最後の方に見た、淀川区みたいな下町に住んでるのに、某クリスチャン付属小学校に子ども行かせて、めっちゃ金持ちアピールしてたのも、この地域の多少の有力者よりは勝てる的な考えで来てたんだろうなあ、とか、勝手に思ってる。自分がお金のある親でそんな学校に我が子を行かせていたとしたら、たぶん、子どもと同年齢、それも、同じ学校の生徒がいるなどの教会を探してた戸思う。たぶん、そうしたら、そこでは低い方のカーストに位置づけられるからそうしないんだろうなあ、とか思った。

うちの母さんも、地元の素人合唱団にいるの、まあ、今は足が悪くて移動が困難なせいもあるけど、卒業した音楽大学の卒業生で構成されている合唱団からも同級生から誘われたりしたのに、生活レベル合わせられないからと、あと、その合唱団にいるような人は、お金持ちの旦那様と結婚して優雅な奥様やってて、卒業後もずっと音楽のレッスンとか受けてたりして、たぶん実力的にも全然追いつかないだろうというのがわかっていたからだけど。

イタリアンジェラートの人なー

上から来るのやめてほしいだけやねんけどな。あと、生徒さんにもソレ上から行き過ぎちゃうの?も目立つ気して、仕事中凍るときあるんだけど。

まあなー、職場って、いろんな人いるから。

まあ、仕事についてはじめの方で「仕事遅い」って指摘されたから、若いときに出してた速度、できるだけ思い出してやってみましょうか、なんだけど(って、その時点でも、それなりに速くやってたつもりなんだけど、優先する仕事と、後でも良い仕事があって、後でもいい仕事の山を渡されてたのに、優先の仕事が目の前に来たとき、そっちやってたから、渡されてた後でもいい仕事がいつまでも山になってて、「遅い」って思われたんだろうな、は、あるんだけど)

昨日、仕事、私がエアコン効いてる場所に座ってるから速くて、その人は換気のためにエアコンが効かなくて寒い場所に座ってるから遅いんだ、みたいに言われて

まあ、どうしてもうちのこと、下のポジションにしときたいんや、みたいな。

職場でお菓子配ってたから、素直に喜ぼう、って思って、「嬉しいねえ。」みたいに言ったら、その人は、「私の家はこの時期お菓子とかの贈り物が多くて、もうお菓子だらけ。」

みたいに言われて

いや、ソコ、そうやったとしても、普通に喜ぼうよ。みたいに思って。

ちょっと、人からもらったものとか、みんなで食べてるものとかに、イチャモンみたいなこと言うの聞いたら、私はキレるところあって。

(レストランとかで、みんなでランチしてるときとかに、「こないだのお店のほうがおいしかったわー。」みたいなこと言える人にも、言わんけどキレてて、それ言ってもいいのは、ここよりおいしいそのランチの店で奢ってくれる場合だけやと思ってて)

まあでも、うちはお菓子のプレゼントとか、他にあんまりもらわないし、(って、先日午前の仕事で、ベトナム人の同僚が、たぶん百貨店で買うようなクッキーなんだろうな、っていうのを、2つほどもらったところだけど)なんか、合わせる会話なくて、まあ、自粛期、外出られないから、おうちでお菓子作りしてたから、Noneの誕生日のケーキ、手作りしようかな、とか、まあ、買えるものとか、もらうものとかではない、自分ちのやりかた言ったら、

なんか、アップルパイ作ろうかな、とか、なんか、高級なリンゴを持ってるような話をされて

上から来るわー

とか思って

まあ、張り合って高いもの買う話とかもできないから、逆に、中国語教室の近くにある謎の商店街で、日本とは思えない物価でうちは買い物してる話とかするんだけど。

高級品の話とかしても、ウチ理解できへんから、って言って。

ってなー、外大にいたとき、いつも金持ちアピールする同級生に、最後の方キレて、お父さんのボルボとか乗ってたのが壊れて新しい車を買うお金をどうしよう、みたいな話をしたときに、たぶんムリなんだろうな、ってくぐらいの価格帯の高級外車の名前ボンボン出してハードル上げて、いつも見栄張ってる立場から降りられないようにしたことあるけど

うちの子がマ大受かったときも、こっちの合格おめでとうとかいうのはあんまりなくって、「うちは国立しか考えてないから。」って、上からポジション相変わらずアピールされたしな。

まあ、こういうのあるから、親の見栄とか考えたら、Noneに某国立女子大、センター後でも判定Bやったから、行けるなら行ってほしかったは、どうしてもあるんだけど。

まあね、ウチがいまいるチベットみたいなとこ(現在はエアコンが効いてて、とてもありがたい)は、横に大きな関所があって、(って、関所のような役割をしている人がいて)そこでこじれたんだろうな、は、思ってる。

優先しないといけない仕事がたまってるのに、関所の人、後でいい仕事に構ったままになってて、優先の方を取りに行こうとしても、その人が壁との間の場所に座り込んでいるので、ものすごく取りに行きにくい。

私としては、ずっと、速く仕事ができていることがアピールできたら、その人より優先の仕事にちゃんと気付いていることがわかってもらえれば、この位置が逆転できるのではないかとずっと思っていた。

まあ、後でもいい仕事の方でも、速さを出そうとしていたし、関所の人で、優先の仕事が来るほうの席の人たちの仕事の抱え具合とか、ちゃんと見えてないから、そんなに仕事がたまってないときなのに、優先の仕事持ってきた人に、「こっち持ってきて」みたいに言って仕事取っちゃってたのかな、は、若干思う。

もう今多分、そこ関所の人と入れ替わっても、全然歓迎されへんのやろうな、は、思う。

関所の人の向こうで、めっちゃ歓談してるのに、こっち人間の文字認識の限界みたいなところで仕事続けてるし、なんか、支配階層とマニュアルレイバーみたいに団別してるやん、みたいに思って。

それに、生徒におしゃべりしたらアカンよ、言うてるのに、仕事に関係ない歓談してるの、あの人たちは注意されへんねや、やっぱ何かの上流階級なんや、みたいに思って。

答え間違えてる生徒に、ヒントとかライン引いたりしてるのも、イタリアンジェラートの人、「これ、ヒントやのうて、答えやと思う。」みたいなの多いし。そんなんも、注意されへんねや、って、本当に、何か地域の有力者めっちゃ感じるねんけど。

まあね、自分がヒントやと思って引いてる線も、教育の専門家から見たら、間違っていることかもしれないから、人のことは言えないんだけど。

たぶん、これからも、何か勉強したり、得意なことを作ったりしても、意味ないんじゃない?みたいな感覚って、いつもあるんだけど。

って、これからそれでも、やっぱり勉強してみます。

基本アホなんだと思います。

とりあえずこんな感じです。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ

にほんブログ村

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(本人・親)へ

にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ

にほんブログ村

生徒に配る袋できた。

昨日、中国語教室午後からあると思って(午前のは、水曜の夜に振り替えてもらって、午後のだけ、自転車で行きました。

いつもの先生だと思い込んで、宿題の範囲このへんだっただろうかと、午前予習していたのに、2週間前に代理の先生だと聞いていたのを忘れていて、午前の予習は役に立たなくなってて。

なんか、中国語で思い出を語ってください、という話になって、1年半留学生に日本語教えてきて思う話とか中国語でしてたんだけど。(って、iPad持ってたので、ネタをグーグル翻訳かけて、出てきた中国語を、習っている範囲の簡単な中国語に作り直しての発表だけど。)

って、タイムケトルのM2家帰ったら到着したよ。同時通訳で通訳をずっと聞くことができるはずなので、ベトナム語で字幕のないニュースのYouTube動画とか、わかるように訳してくれるか試したいところなんだけど。

それをするまえに今日は、日本語学校の生徒たちに、N3の受験記念のための忍者模様の布袋を、先週10枚縫ったのを、足りない10枚作り足してて。

写真はインスタには上げたけど、ブログに上げて生徒がみつけたら、先生こんなキッツい人やったんや、って、気付くといけないから、ここには載せない。

って、グーグル翻訳で意味でるような標準語で書いてないから、わかんないとは思うんだけど。(でも、大阪弁わかる友達とかできてたら困るし)生徒のほうは、布袋もらっても、気に入らなくて誰か他の人にあげるかもしれないから、持ってても私の生徒とは限らないと思ってもらえると思ってるけど。

あと、VPNでNetflix見てて、いつもと違う国にしたら、違った日本アニメを置いている国があって、国によってどの国も同じタイトル揃えてるんじゃないんだ、というのがわかる。某国で『約束のネバーランド』置いてて、英語で見てたんだけど、最初の、あっちゃんの動画でほぼあらすじ聞いてた場所だからほぼ理解できてたんだけど、Noneに、Kindle版の漫画の方英語で揃えるか聞いたとき、

N「あれ、頭脳戦が展開されるから、英語で読むのきつい。」

とか言ってたのを思い出して、で、見ている途中でもNoneに、「後々わからんようになってくるで。」と言われています。

あと、「君の名は。」で、英語でも日本語でもない、一応私が少し囓った言語で見ることができて(一応日本語も選べたけど、囓った方の言語で見ていて)

で、多国語を英語で学べるやつが、アプリでは発音練習できるのがなくて、ウィンドウズではあるんだけど、12月でサポートが終わるフラッシュで、うまく動かないことも多かったんだけど、

クロムブックのグーグルクロムでページを出したら、フラッシュとは違う方法で発音練習の録音ができて。(ネイティブに続けて自分の録音した声が聞ける)

コレできるんだったら、中国語とかベトナム語のとかの単語や例文の発音練習できるなと思った。

あと、34カ国語あるうちの、ほかのもやってみようかなとか若干思ったり。

英語とかもね、英検準一級の過去問とかやってて、読解で、自分が全然興味がない分野とか、ちゃんと読めないの。試験の時間制限あるから、早く読まないと、とか焦るばかりで、でも、面白くないから、全然アタマに入ってこなくて。

こないだ過去問したら、興味ある分野の長文とか、あるていど正解するんだけど、アメリカの軍隊の歴史とか、全然興味ねー、みたいな大問とか、全問不正解だし。

だから、英検準1級受かる実力なくても、自分の興味のある範囲の話がわかる程度なら、言語増やせる気がして。

今年のM1今見てるんだけど、なんか、私にとってはうるさいだけのネタをした漫才師が決勝に残って、ちゃんと作り込んだネタやってた漫才師が残れなかったから、なんか悲しい。

誰とは言えないけど、「あ、コイツ、親が大物かなにかで持ち上げられてるやつちゃうん?」があって。(そのコンビ、あんまり私にとっては面白くないのに高得点取ってて、そいういや、いつもテレビでロケやってるときも、なんでいっつもこんなにエエモン食べさせてもらえるねん、そんな食レポうまいわけでもないのに、いうコンビだし)

まあ、M1始まったときの笑い飯の扱いとかも覚えてるから、M1って、そういうとこあるよな、とか、私は思ってるんだけど。

って、今日忍者の袋作りながらVirtual Climate Summitの動画見てて

まず、私、ここで司会しているZeinab Badawiさん、なんか怖いのね。BBC見るようになってからずっと見てる人なんだけど、すげえ野心家だなあって感じで怖くて。

最初にボリスが環境を改善できるテクノロジーのある人は、高給取りになれるとか断言してて、次にマクロンがなんか言ってるんだけど、フランス語で字幕もないから何言ってるかわからなかったんだけど、

後半になるまで日本の菅さん出てこないから、前半「日本、ハブにされてるんちゃうん?」みたいな不安があったんだけど、

まあ、いろんな国が環境大事にしましょうね、みたいな話をしているのはわかるんだけど、ラテン系の言語の人たち、字幕入れないね。

バングラデシュとネパールの首相は出てたんだけど、ベトナムの首相とか出てなかったので、授業のネタにはしにくいなと思いました。

って、国の長だけじゃなくて、AppleのCEOとか出てきていて、あ、ボリスが環境の技術者は高給取りになれると断言してたのは、こういう受け皿あるからかな、とか思って、

って、そこで冷静になって落ち着いて考えたら、

「持続可能な社会」なんかのインフラを作り上げることができたとしたら、そいつはほぼ半永久的に世界を掌握できるんじゃないか?

みたいなことに気付いて

環境にいい技術とかを実用化していくのはいいけど、なにかの独裁状態にならないようには気をつけないといけないかもしれない、は、思った。(寡占も含む)

って、日本にもその一端を担って欲しいなとは思うんだけど。

って、M1優勝者、さっき言ってた人とは違うコンビになったんだけど、M1優勝した後消える芸人のような気がする。(私はああいうの苦手)

オズワルドやニューヨークやアキナのほうがおもしろかったやん、が、私の中にはある。

まあ、去年も、M1とれなかったけど、おもしろかった芸人とか、テレビ出る場面増えたから、その方向で頑張って欲しい。

とりあえずこんな感じです。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ

にほんブログ村

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(本人・親)へ

にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ

にほんブログ村

映画『ヴィトゲンシュタイン』

昨日、午前の仕事を12時に終わらせてもらって、午後の仕事の前に家に帰って一度、自分の家でしたいことをしに買えるんだけど、御堂筋線の中津で、地下鉄が止まる。

心斎橋かどこかで、停電かなにかで検査で、当分動かなくなる、ということで、

帰るのはあきらめないといけないとしても、午後の仕事には行かないといけないし、どうしよう、ってなって、

地下鉄、乗り放題券にしてるから、市バスも乗れるし、なんとか動けるんじゃないかと上に上がる。

中津駅上がってみると、私としては梅田と把握している茶屋町のへんで、もうあきらめて梅田まであるいて午後の仕事に行ける乗換駅に行くんだけど。

って、その仕事から帰って、自分が本来家でやりたかったことをやろうとするんだけど、その前に、どうしても

ヴィトゲンシュタイン(廉価版) [DVD]

見たくなって

社会人で外大に行ったとき、読売の深夜番組で放送されていたのを、録画して見たものだけど、(だから、私の記憶では、ホテル大東洋とかのCMが記憶にきつくリンクされていて)

オープニングの、

「人がときに愚かなことをしなければ意味あることは何もなし得ない。」

って言う部分の英語が、もう、めっちゃアタマにこびりついているんだけど。

まあ、前に創造性の話をしたことがあるけど、たぶん、いつものルーティンの繰り返しだと、新しいものは創造されない、という意味で言っているのだと思っているのですが。

まあ、はじめの方からこんな衝撃的なシーンから始まって。

彼はユダヤの大富豪の息子で、母親は芸術関係のセレブとの社交で忙しくて、子どもは家庭教師に預けたままで、ヴィトゲンシュタインの場合は7人の家庭教師がついた。その割になぜか、庶民が行く公立高校に入れられ、歴史なんかはヒトラーと同級生になったりして、庶民のなかに打ち解けられなくて、庶民の「なあなあ」の付き合いに一生憧れて暮らしていく人になる。(真ん中にミシンがあるのは、彼が幼いとき、独自のミシンを発明したから)

大学は最初、飛行機の技術の当時の最先端を学ぼうとするんだけど、失敗し(阪大の工学部の人と一緒にこのビデオを見たら、どうやら当時は飛行機に水平にプロペラを配置するのが難しかったそうで、場面からしたら、そのへんで挫折したんじゃないかと言っていた)で、そのあとバートランド・ラッセルの元で哲学をすることになる。

もうね、ヴィトゲンシュタイン、変人過ぎて、憎めないんだけど。

ケンブリッジで注目される学者になるのに、家が裕福で戦争なんか事務職に行けるのに最前線に行ったり(で、最前線では、普通仕方なく配置された庶民の戦士からハブにされて、それでめっちゃ苦しんだみたいなんだけど)ケンブリッジでの有閑階級とのつきあいに耐えられなくなってド田舎に行ったり、教育レベルの低い田舎の小学校で数学の先生になったり、庭師になったり、本は発行するけど、印税とかもらわないで出版しちゃうし、その本になった論文だって、訳注がないとかで論文として認められるかどうか問題にされたものだし、庭師になったり、出来上がったばかりのソ連で、大学教授になろうとするのではなく、一般労働者になろうとして断られたり、でも、哲学者としては有能なので、ラッセルとケインズにケンブリッジに連れ戻されるんだけど。

禁欲的同性愛者だし。

まあ、今、言語がコミュニケーションの道具だとか、あたりまえに言われているんだけど、ヴィトゲンシュタインがそれを言い出したらしくて、映画ではラッセルに「哲学を馬鹿にしている」とか行って問題になったりしたんだけど、

フッサールとか、ソシュールとか、当時、同じようなテーマを扱った哲学者がいるので、ヴィトゲンシュタインをそれらのパクりだと批判する人も見たことがあるんだけど、

ても、最初に出した

論理哲学論考 (岩波文庫)

は、本当に論理学のような本です。なんでも客観的に論述できるようにしたかったんだろうな、と、思います。(私自身は、理科記できるところどころしか読めてないです。論理学の記号とかたくさん出てきて意味不明の部分がたくさんあるので)

で、言語っていうのが、現実世界を記述しているものではなくて、人間がコミュニティを作って、その生活世界で共有されたものが言語なんだ、というふうに方向転換することになります。

『哲学的探求』読解

(この本も買って持ってたのに、いくつか自分が大事だと思ったところに下線とか引いてたのに、実家において嫁いだら、母に捨てられていました。)

今、実物がないので、20年前のおぼろな記憶をたどると、まあ、職人さんが「煉瓦をとってください。」って、正しい文法のことばで言わなくても、「レンガ!」って言っただけで、煉瓦を取れ、っていう意味になりますよね、「レンガ」は名詞ですが、命令形になれるんですね。

まあ、このへんの話も、さっきのとは別の阪大生の人とメールで話していて、「フロ」も「メシ」も、少し前の日本語では、名詞ですが命令形になってましたよね、みたいな話をしていたのを覚えています。

この本、卒論とかでは扱わなかったので、読了はしていないのですが。

映画で泣くところがいくつかあって、完全に理解されることを求めるヴィトゲンシュタインに対して、ラッセルの愛人の有閑階級の婦人に

この返事に、

W「完璧でありたい。」(英語では、君は?みたいに続けて聞いています。)

婦「私は違うわ。」

W「それで友人になれると?」

婦「知らないわ。」

って、そこでこのシーンが終わるんだけど、まあ、今まで、私の生い立ちで、うまく人間関係を築いた人が少なくて、うまく言った人とは、かなり強くつながっていたと思っていたので、

友達を作る、ということに、というか、人間関係をもつことに、そんな軽い気持ちで生きていられる人がいるんだ、というのは、当時の私には衝撃的で

まあ、別のところで、理解について、ヴィトゲンシュタインが恋人の男性と添い寝しているシーンで、理解について肉体があることによってできる壁みたいな話をするんだけど、そこで

「私的な意味などない、我々が我々であるのは、共通の言語と生活形式を持っているからだ、言っている意味がわかるか?」

って問うところで、(英語で”Do you understand what I’m saying?”って言ってて、同じ台詞を、映画のもっと前のシーンで、田舎の小学生に一生懸命論理学を教えるんだけど、理解されなくて、生徒に聞いて、理解されてなくてキレたシーンがもう一度ここで再生されて

でも、この映画で恋人役になっているジョニーは(実際にこの役のモデルになった学生の名前はちがうものだったらしいけど)

ヴィトゲンシュタインへの理解を、穏やかに頷く、みたいな。(この青年は、良心が労働者階級で、お父さんは鉱夫で、両親がすべてを負担して、彼をケンブリッジに入れるんだけど、そんな彼にヴィトゲンシュタインはエンジニアの仕事を紹介してしまう。彼は自分でもソ連で労働者を志願するぐらいそれにあこがれていたから)

まあ、この、友達をつくるのに、そんな重心置いてないひとがいる、というシーンと、ヴィトゲンシュタインを理解してくれている人がそばにできた、というシーンは、当時何べんみても号泣なシーンだったんですね。

で、ラストシーンがやはり私にとって号泣物で。

癌でなくなりかけのヴィトゲンシュタインのそばに、ケインズが語り掛けるシーンで、ヴィトゲンシュタインの人生をひとつの物語にして言う。

「こんな話がある。世界を一つの論理にしようとした若者がいた。頭のいい彼はその夢を実現し、一歩下がってその出来栄えを見た。美しかった。

不完全も不確実なものもない世界。地平線まで続くきらめく氷原。

若者は自分の世界を探検することにした。

踏み出した彼は、仰向けに倒れた。摩擦を忘れていたのだ。

氷はつるつるで汚れもなかった。だから歩けない。

若者はそこに座り込んで涙にくれた。

でも年をとるにつれ、彼にはわかってきた。

ザラザラは欠点ではなくて、世界を動かすものだと。

彼は踊りたくなった。地面にちらばった物や言葉は汚れて形も定かでなかった。

賢い老人は、それがあるべき姿だと悟った。

それでも、彼の中の何かが表現を恋しがった。

そこではすべてが輝き純粋で絶対だった。

ザラザラの地面はいいが、彼には住めなかった。それで彼は地面と氷の間にいてどちらにも安住できなかった。

それが、彼の悲しみのもとだ。」

って、もう、本当にこのシーン、当時号泣物で、たぶん当時、100回ぐらい、時間あるときは、テレビから撮ったビデオで見て。

VHSなくなるで、みたいなときに、結婚してからDVDで出てるの見つけて買ったんだけど。

なんか、今置かれている時点でも、その、理屈だけじゃないもの、みたいなものが必要な生活と、自分が持っている、理屈で通るものに対するあこがれみたいなのが交差しているので、やっぱり「今でも泣くんかい。」みたいな状態でいたんだけど。

地表にも氷でも安住できない、みたいなの、たしかカフカの短編で、地下にも1階にも2回にも安住できなくて、上下ウロウロする人の話が、同じような文脈で語られている短編を、授業で読んだ気もするんだけど。

ちなみに、Noneとか、幼稚園の時にコレ無理やり見せられてトラウマなってるらしいんだけど。

まあ、当時、大学入る前に共産党の友達の親父から、「資本論が理解できないのは、君が大学に行っていないからだ。」って言われて、そんな19世紀の哲学者より、今はもっと現在に合う哲学者がいるはずだと思って、で、第二次世界大戦に参加していたぐらいの年代の哲学者のことを学んでいて、「新しいことやれてる。」とか思ったんだけど(実際、当時の学部の中では、新しいほうのことをやってはいたんだけど)

今、ハラリでもピンカーでも、他の話題になっている哲学者でも、YouTubeやTEDで現存の哲学者本人が話しているのが見れたりする時代になっていますね。

まあ、でも、学部の時にある程度勉強していたから、比較的ついていってその話が聞けているんだと思うんだけど。

って、昨日DVD見るので昼夜逆転して、今日昼、一応昨日から準備した用事とか、区役所から呼び出されたのでその対応とかしたけど、基本寝てました。

で、自分の勉強しようかなとおもったんだけど、どうしても、ヴィトゲンシュタインの映画が頭にしっかりあるうちに、自分の、どこをどう感動したのかを書き留めておきたくなったんです。

とりあえずこんな感じです。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ

にほんブログ村

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(本人・親)へ

にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ

にほんブログ村

Staying Alive

前回のブログ、もう、長いこと考えていたことを纏めてかいたものだから、INポイントたくさんもらえて嬉しいです。好意的に受け止めていただいた方に感謝します。

とはいえ、生きてて、人生が難解すぎる。

もう、わけわからん。

というわけで、勉強するしかないのだが。

数日前、自分が勉強したい分野の本が、Kindleでは読み上げできるように売られてなくて、紙の本の中古が安かったから、自炊しようと注文したんだけど、なかなか届かなくて、注文しそこなってるのかと思ったけど。

昨日の晩と、今朝とどいて。

昨日の晩届いたヤツを朝一番自炊してOCRかけて、読み上げできるようにしたんだけど、そのときまだ届いてないヤツが本当は最初に見たかったのになあ、があって。

朝イチ一番に見たかったやつが届いているのがわかって、そこからの本バラして自炊なんだけど。

って、その前に、朝イチ太極剣やってて、

この動画じゃなかったかもしれないけど、何も持たないでやる太極拳より、剣持ってやる太極剣のほうが、基礎がわかる話を聞いてやってみたかったんだけど、

剣見て、こんなの持ってたら、銃刀法とかで捕まりそうやん

とか思って

代わりに棒上のものないか、あ、アレあったよな、って思って、

人を叩いたりつついたりしても、あんま怒られそうにないヤツ(やり方によれば喜んでさえもらえそうなヤツ)使ってやってて、

師匠の説明とか、長いな~、みたいなとき、これで自分をポンポンできるし。

って、そのあと、100均で、某アニメのアレの名前は出さないけど、便乗商品買ってきて

調子乗ってこれ買ったけど、長いので方ポンポンより狭い部屋では振り回しにくいことがわかる(って、そんなの最初からわかるやろ、アホなの?ってかんじだけど)

自炊するために本バラバラにする作業の時、Kindleで買った『21世紀の資本』読み上げしながらしてて、

最初、アレクサに読ませようとするんだけど、ファイヤタブレットの再生使って画面みながらするほうが、

あ、今イイコト言った。ってときに止めて、その部分ハイライトして、また続き再生して、が、できる。

Noneが中学の時に買ったヤツだと記憶してるけど、そのとき読んでいればよかったと思った。

Noneの受験大丈夫か、で、読んでる余裕なかったんだけど。

映画の『21世紀の資本』を見たから、理解がしやすくなっているはあるんだけど。

経済って、成長しないで同じ状態が続いていると、格差の移動ってしなくなるらしくて、今まで、そんなに経済成長って神経質に言わなくてもいいんじゃないかと思っていたから、必用だったんだ、と。

他にも、目から鱗の話がたくさん。

風呂でケン・ロビンソンの本、英語で音読してたり。(けっこうコレやると、顎のゆがみとか改善できている気がしなくもない。)

仕事で、ずっと採点やってて、ああ、この生徒さん、もう、問題解ける気がしなくて、問題読みもしないで答え勘で書いてるひとや、とか、解答見て気付いているの、ちょっとこここうしたら解き方わかるのに、とか思って、アドバイスとかしてたつもりだし、読んで正解してくれる生徒もけっこういたと思うんだけど、

まあ、そういうところだから、もうそうしないように言われて

メインの先生方がやられるから。

人生が難解すぎる。

もう、言えることが

そうすか

しかなくて。

もう、自分の勉強しよう。

帰り道、例の哲学の英語辞典のオーディブル聞きながら帰ってたんだけど、途中で、自分の人生問いたくなって、YouTube Music開いたら

いや、ネットつながってへんワケないねんけど、また相談相手居なくなってるヤツやなあ、と思って。

もう、キレてて、先日BBCでサタデーナイトフィーバー歌ってたのがBee GeesとかいうグループのStaying Aliveって歌だったかな、高いとこめっちゃ高音だったり、一緒に歌っている人で低い音で歌うひととかいて、あとめっちゃ歌詞早口だし、音域はついていけるんだけど、歌詞にはついていけなくて、でも歌っているとなんか、ストレス発散にはなって、もう、歌えてないけど熱唱だったりするんだけど。

って、低音と高音の組み合わせで、Noneが小学校の時、おかんの一人クリスタルキング、とか言って、北斗の拳の主題歌、『愛をとりもどせ』とか、アホなことやってたな、とか思い出して。(って、これも、Echo Showの画面に、音楽と一緒に歌詞出るので、1番だけカラオケしてたんだけど、今)

まあ、そういうわけで、ちょっとぶっ壊れてるんだけど。

今日、風呂入るの3回目だと思うけど、また風呂でちょっと湯船つかりながら音読とかしようかなと思います。

とりあえずこんな感じです。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ

にほんブログ村

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(本人・親)へ

にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ

にほんブログ村

BBCでVirtual Climate Summitのニュース見てて

今、Chromebookでブログ書いてます。キーボードはこちらのほうが打ちやすいです。今日は、朝、中国語教室行って、授業受けて、で、今日もあの濃い商店街行って、すごい安く野菜と魚の骨の揚げたのを買いました。

そのあと、一番乗り換えで行きやすいブックオフに行って、先日メルカリで買ったベトナム語のワンピースと同じ巻の日本語のを買い、また、iPadアプリで安く買っているベトナム語のリボーンの1巻も日本語のを買い、あと、確かNone用に青エクの英語のがジュンク堂でセールだったのを買っていたので、その日本語版を買ったんだけど、何巻持ってたかハッキリ覚えてなかったから、確か持っていたハズ、の6巻を買って帰りました。(で、6巻英語家にありました。4〜7巻がセールだったので買って持っていたんですが)

で、中国人の子ども向けの英語の絵本アプリ、9000円で買っていたものを思い出して、先日iPadを防水できるケース買ってたから、それに防水機能のある、スポーツイヤホン(マイク付き)を使って、風呂場で英語絵本の(アプリでは、聞いた絵本の読み上げを、後で自分で声を出して読んで、それを採点してもらえる機能があるので)自分の発音チェックしてたんだけど、

ある程度文章になっているものより、単語一個だけ発音して高得点取るほうが難しいように思った。っていっても、子ども向けアプリだからだろうけど、85点〜100点でだいたい採点してもらっているけど。

そのあと、英語力テストっていうのを見つけて、ちょっと軽いノリで受けてみたら、一番年齢が高くて学習歴のある設定で始めたりはしたんだけど、正解できたらさらに上のレベルの設問が出てくるタイプのもので、予想してたより長くなって、風呂なのでのぼせそうな状態になりながらテスト受けてて、そりゃ、高校で授業ついていけるレベルの人は全員そうなるんだろうけど、レベルA~ZのうちのZで。(って、途中だるくなって間違えたボタンも押したの自分で気づいてるし、うっかりミスがほかにもあっただろうと思っているけど)

今、BBC見てて、Virtual Climate Summit (日本語の定訳わからない)のニュース見てて、なんか、専門家っぽい人が、環境保護に前向きな形で話が進んで、ベーシックインカムとか、社会構造が大きく変わっていくだろう、みたいな話をしているのを聞けたんだけど、詳細を正確には理解できてなくて、まだBBCのホームページには載ってなくて、詳細が知りたい。

ベーシックインカムの話が出ていたのが、そして社会構造が大きく変わるとか行っていたのが、もう、ドキドキして。

まあ、教育を、みんなが同じような授業を受けて、画一的な試験で順番つけられるっていうの自体がすごい疑問ではあるんだけど、あえてPISAとか、それが高ければ、仕事のスキルが高いだろう、っていうのを基準にとるとして、

みんなが、最善の教育を受けている、という条件で、標準的な労働能力が「このへん」っていう状態だとしたら、その、「このへん」で働いている人が十分に生活できる労働市場があるべきだと思っていて、

決して、ものが売れる、あるいは、利益が出せるのが「このスキル」であるから、その能力がある人でないと雇わない、というのは、後々市場がなりたたないんだろうと思う。

まあ、ケインズの需要曲線とか供給曲線とかが間違ってなければ、ちゃんと教育を受けた人の中の標準的な能力のある人が普通に生活できるぐらいの給料がもらえる、できるだけ学校の教育とかでいい成績が出せない人は、得意なことを見つけて生活できる職業かその代わりになるものがあるべきだと思うし、事故や病気などで働けない状態にあるひとは、生活できるだけの福祉があるべきだと思う。で、共産主義みたいに、能力があってもなくても同じ給料、とかいうのは、誰でもやる気なくすと思うから、能力がある人にはよりよい生活ができる待遇があるべきだとも思っている。

基本、生活できる収入があるひとばかりなら、そんなに高いスキルを持ってないと作れないものでなくても、そこそこ「これいいな」って思うぐらいの、ちょっとイイモノぐらいのものでも、そこそこ売れるようになると思うのね。

例えばそれがファッションなら、大工場がなければ作れないチープファッションでもなく、百貨店や地代の高い土地に店を構えるブランド店でもなく、逆に地代が安いところに集めてきた利益ギリギリの安いお店でもなく、普通に人に収入があれば、普通の場所に、ちょっとイイモノ売れば、普通に店が経営できるんじゃないか、みたいに思えて。

それができないようなら、所得が一部に偏りすぎる資本主義にも、問題があるんじゃないか、と思えて。

BBCで言っていた、Virtual Climate Summitでジャーナリストが予感した大きな社会の変化って、そのあたりの問題を解決できるものなのかな、と、気になる。

ベーシックインカムの話が出たらしいのが聞こえたので、もう、人間がどう働いても、機械で作ったりAIで処理したほうが効率がいいことになるんだったら、それで利益を出している企業から税金をもらって、人間は仕事をしなくても生活できる費用をもらって、でも、その代わりに、社会や環境にいい暮らしをするように求められるべきだ、みたいなことを考える。

資本主義と共産主義の対決した時代を知っているものとしては、共産主義だった国って、マルクスが言う意味での共産主義だったのか?は、思う。

インテリゲンチャかなんだかしらないけど、農業とか、工業とか、その業界の知識ない人がその計画経済やってたみたいだし。

だから共産主義が本当はよかったとか言うつもりはなくて、やはり能力に応じて生活がよくなるべきだと思っていて、でも、能力って何?とか、いい生活って何?があって。

高価なものを買うのは、その品質などのよさもあるんだろうけど、他人からの憧憬みたいなのを求めて金額の高いものを買ったりしているんだろうな、って思うケースもあって、でも、その高いものを、それを買えない人に見せびらかすことは、その人の求める称賛のようなものを手に入れることになっているのかどうか、みたいな。

まあ、相手の(その高級品が買えないことに対しての)劣等感を感じ取って、優越感に浸りたい欲求というのは、叶えられているかもしれない。

その、(私から見れば)幼稚な満足感を得ていることよりも、受けている教育が高いなら、持っているお金が多いなら、もっと社会を良くするほうへの行動をとることでの満足感のほうがいいだろうと単純に思う。

まあ、それも、うまくいかないこともあって。

高いものを買って、「これ持ってるぞ。」って持てない人に自慢する人より、

「このアプリ無料ですよ。あなたがしている語学学習に便利ですよ。使い方はこうですよ。」って好意で教えようとするんだけど、その人がわからなかったりする場合、

前者の自分が買えない高いもの威張る人より、「わけわからんアプリ」の話をする私のほうが嫌われたりするときがけっこうあるという・・・

って言ってもね、うちの母さんの部屋のテレビに、ファイヤスティックついて

前にひかりTVを他の部屋で見れるWifi子機をつけたときは、リモコンで入力切り替えて、このボタンを押して、そのあとこのボタンを・・・みたいなのが、ノートに自分でやりかた書いたんだけど、それ見てアレコレ考えてテレビ見ないといけないんだったら、面白くなくても、民放見てるわ、みたいになってたんだけど、

ファイヤスティック、リモコンのホームボタン押しただけで、シャープのテレビはファイヤスティック見れるようになるし、ユーチューブを選ぶことさえできれば、あとはマイクボタンを押しながら、聞きたい音楽、見たい動画の名前を言えば、出てくる動画のなかから見たいものを選べばいい状態になって、母は今機嫌がいい。(あと、知らずに課金される動画を見るのではないかとか恐れてたので、母のファイヤスティックは課金モノが見れない設定にしていることを言って、安心させたのもある。母ぐらいの年齢の人は、ボタンをひとつ押し間違えたら、全財産失うのではないかぐらいにビビってる人もけっこういるから)

台湾のデジタル大臣が言ってたように、お年寄りとか、今までデジタル機器に手が届かなかった層に、生活スタイルを変えないでも手が届くようにするべきだ的なことを言っていたのが、それが実現されてきているなと思った。

会話の授業の作り方の本とか見てたら、みんなの日本語の初級Ⅰとかで、会話の授業、覚えさせて言わせるとか、そんなのより、もっと楽しそうで役にたちそうな授業例とか見ることになって、やっぱ彼らには1年目で未熟な授業を受けてもらったな、って思うところがあって、先日Daigoさんの動画見て、自分に負担のかかるギバーにはならないような話だったんだけど、

まあ、難しいな、って思って。ナメられるの嫌だけど、トップのギバーになりたいかと言えば、そうでもなくて、上の、社会構造の変化の話につながるんだけど、もし、私がボトムのギバーであったとしても、そこそこ悪くない暮らしがボトムであってもできる社会にできるほうに動きたい、があって。できる限り、自分が成り上がることより、この世のボトムの底上げがしたくて。

それに、上に上がったら、一緒に下の人disらないといけない状況っていうのが、待ち受けていそうな気がして。

まあ、giver & Takerの話は、Tedで聞いたし、あっちゃんの動画でもあったよな、って思って。

って、そいいえば思い出したけど、クリスマスのマスク作りながら、「約束のネバーランド」の解説(ネタバレ)動画の他に、ベゾスについての本解説する動画も見てて

って、その日は1つ目の動画しかまだ上がってなくて、2つ目の動画は後日見たんだけど、

どうやら、ベゾスは多くの人から仕事を奪って、優秀なごく一部の人たちが生き残れる、それこそ仕事がない人とか、宇宙に言って採掘とかの仕事をしないといけないぐらい(地球で環境よく暮らせるのが富裕層)みたいな構想が語られているんだけど、

アマゾンで、

A Christmas Carol (Diamond Classics Book 1) (English Edition)

をハードカバーかペーパーバックで買って、ベゾスに送って、宛名を”スクルージベゾスおじさんへ”みたいにして送ってあげたくなったりした。(クリスマスのマスク作ったあと、それをして養成学校行くとき、街の庶民のささやかな幸せを喜んでいる様子を見て、すごいクリスマスキャロルを思い出して、なんでだろう、ってよく考えたら、自分のなかで、ベゾスとスクルージがかぶってるんだって気がついて)

って、寝ます。

あ、上のクリスマスキャロル、Kindle版だったらアンリミテッドね。(って、ベゾスそんな風にdisっといて、タダで本読むの勧めるなよってツッコまれそうだけど。)

とりあえずこんな感じです。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ

にほんブログ村

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(本人・親)へ

にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ

にほんブログ村

来年の成人式について

前のブログ、重かったんか、めっちゃ見られてるねんけど。

今日は、そのあと図書館で借りた、会話をつくる授業について、図書館で借りた本をコピーして、PDFにして、OCRかけて、ePUBにして、読み上げるソフトで聞き流したり、LLNでNetflixの”GOTHAM”見たりしてたんだけど、(また濃いヤツ見るし)

夜中起きたので、さっきまでちょっと眠くなって昼寝したりもしたんだけど。

夕方のニュースを見たら、成人式をどうするか困っていて、大阪市はできればやりたい、という方向らしくて、で、着物業界とか、破滅するかもぐらいの危機らしいから、なんかアイデアないかなと思って、思いついたことを書いておくんだけど。

案①振り袖写真、スタジオアリス風案

成人式に、女子がそろって振り袖、じゃなくて、二十歳になる女性が、誕生日とか、各自都合のいいタイミングで、写真館などで振り袖を着て一人でとか家族でとか、少数の友達同士などで、蜜にならないように写真を撮る。Go Toとかやってるぐらいなら、着物業界や日本文化の保護のためにも、着物を着て(振り袖だけでなく、男性なら羽織袴とかでも)写真を撮る人にクーポンを出す。

案②此花区民、成人式USJ案

密閉した公民館などで成人式をするのではなく、浦安市のディズニーランド成人式をまねて、USJで、バラバラに散らばりながら、思い出を作る。

案③大阪城ホールその他コンサートホール使用ライブ風成人式案。

大阪城ホールなど、大きな会場で、ソーシャルディスタンスを保てる人数を会場に、入れなかった人、行きたくないけど参加したい人をオンラインでスクリーンに映し、成人式をする。ドリカムなど、大阪にゆかりのある有名人が来てくれる(もしくはオンライン参加してくれる)と嬉しい。

じゃあ、ちょっと、ご飯(タレつきの北海道ジンギスカンの肉が半額だったよ)を食べて、できたらそのあとも勉強します。

とりあえずこんな感じです。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ

にほんブログ村

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(本人・親)へ

にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ

にほんブログ村

告発

夜中、眼が覚めて、いろんなこと走馬灯で。

昔、この人、自分より格下だ、と、思った人を、その人が努力とかして、立場を上げてきたときに、同等に扱ったり、努力に見合った待遇をしたりすることは難しくて、ずっと格下扱いしたいものなのかな、と、思った体験の話をしようと思ったら、自分の、普段思い出さなかった過去が思い出されて、書き留めるかどうかもかなりなやんだんだけど、書いておこうと思った。

まあ、まず、前に書いていたNoneの高校受験記録の方のブログを書いていたときに私を雇っていた社長だけど、

まあ、頼る当ての少ない「ほぼシングルマザー」だから、もう使用人扱いで、いろいろ特技あるよ、ってアピールするんだけど、5年間いて、ああ、この人のところで努力して、仕事できるよって活躍してたとしても、私をランクアップとかしてくれないんだ、って実感する出来事があって、

やめるとき、実は自分より先に、一緒に勤めていた爺ちゃんも辞表出してて、お互い、社長がロータリークラブ入ってからの横暴ぶりに耐えられなくなったところあったみたいなんだけど、

まあ、それは前置きで、

自分、初めて友達できたの、小学校5年生のときやねん。

それまで人と遊んだことがないわけじゃないけど、母がママ友作って遊ぶようになった子は、以下の点で友達と呼べない状態で

①他の子が、家庭用住宅地が集まっているところに住んでいて、しょっちゅう一緒に遊んでいたのに対し、自分だけ、本当は単身世帯の住宅に、無理矢理家族で住んでいたから、ときどき遊べるようになったときに、彼らの共通の話題に入れる状態じゃなかった。

②母が、「うちの子天才で。」みたいに私のことを自慢するので、ママ友の人からも、その子からも、アウェイ状態だった。(前も書いたけど、無理して上流階級気取りたがる人たちの集団だったから、安くでピアノが教えられる母が仲間に入れてもらえていただけで、子ども同士で仲良かったわけじゃなかった)

あと、単身世帯住宅地でも、他に子どもがいる家があったんだけど、その子たちは保育園に行っていて、十分友達がいたので、日曜日(同時は週休二日制ではなかった)は、彼(彼女)らは家族と過ごしたがって、めったに遊んでくれなかった。

幼稚園は、今で言う年長の1年しかなくて、4月の弟の出産で、5月まで母の実家で暮らしていたので、後から入園したら、友達とか出来上がっていて、それまでも子ども同士めったに遊んだことのない私は、うまくそこから友達がつくれなかった。

小1~4は、前にも書いたけど、隣の席の「ちょっと遅れた子」の世話を見る係だったので、なんか、普通の友達作るの失敗していた。

っていうか、3~4年ぐらいから、それまでも問題多かった我が家が、めちゃくちゃになっていって、しょっちゅう殴り合い喚き合い(合いって書いてるけど、ほぼ殴ってるのも喚いていたのも父なんだが)で、なんか、そのへんから私、現実逃避するようになって、架空の「暖かい家族」とか、「仲の良い友達」とかと、アタマん中で話すようになってしまって、その辺から現実と空想の区別ついてない子になるんだけど。

で、4年生のときに、母が実家に帰って。

一度、家の外に、同級生の子がひとり歩いていたから、自分の家、今、誰も居ないから遊ぼうよ、って言ったら、来てくれて、「誰もいないと気をつかわなくていいね。」とか、良い感じで言ってくれたから、友達になれたんだと思って

数日後、学校で作文をかくように言われたとき、うれしくて「友達ができた。」ってことを書いて、その子の名前も作文に書いて、

それ、その子に見られて、「嫌~、友達って思うのやめて。」って言われてショックを受けて。

それっきり、自分からの友達作りはやめるんだけど。

小学校5年の時、校舎の外で画板を使って風景画を描く授業があって、

絵を描いていたら、隣に、同級生が座って、一緒に話をしながら書いていて。

皮膚病があって、肥満していて、正直、陰キャな子だったんだけど、(その子は、お母さんにメンタル面の問題とか、栄養とか衛生の知識にかなり問題があったので、そのせいで太ってしまったり、皮膚が病んだりしていたのではないかと思われるんだけど、その子自身はすごくいい子で)

その子が、絵を描いて話しながら、すごく勇気を振り絞ったみたいな感じで、

「私たち、友達になれるよね?」

みたいに言ってくれて、たぶん、生まれて初めて、人から友達だと言ってもらえた記憶なんだけど。

ってまあ、そのあと、小3、4のとき、私と同じクラスだった子も仲間に入って、クラスの陰キャ3人グループになるんだけど、

まあ、今回語りたいのは、その、後から来た1人の話で(間の話長いし重いな)

その1人は、すごくいつも、高いもの買っている裕福な家の子だと思っていたんだけど。

VHSビデオの、何も入ってない生のビデオが当時の物価で1000円した時代、目の前でそれを何本も買っていたのを覚えている、レンタルビデオもない時代で、ビデオを買っても、映画とかのコンテンツものがあったのかどうかも知らないけど、ビデオを買っていて

あと、カセットテープ付きのテレビとかも買ってたな。

(当時ね、ドラえもんとか、面白いテレビとか保存したくても方法がなくて、「カセットテープに今から録音するから、喋ったらダメだよ。」みたいに言って、家族全員黙ってテレビの音声録音していた時代があったんだけど、まあ、それが、雑音入らずに録音できるテレビで)

まあ、そんな家があるから、それがもっと便利になって、安くなって、庶民が買えるようになるんだ、と思って、私は逆に、お金を持ったら、そうなれるようにならなければならない、みたいに、肯定的にとらえていたんだけど。

実際、中学の時は、友達は共産党の子ひとりと、あと、若干数名グループになって弁当食べる子ぐらいしか付き合いなくて、

高校になると、告白されて彼氏ができるんだけど、前も言ったけど、私が合った虐待の話とか信じて無くて、上に書いたように、現実と空想が若干区別できてない状態だったし、可哀想に思ってもらいたくて、誇張もしていたので、信じてもらえなかったのは仕方ないかと思うんだけど、そんな女と6年付き合っているという状態の方が怖くて、「付き合ってくれているけど、愛情じゃない。」を実感して(まあ、前も書いたけど、今住んでいる祖父の買った家とかが目当てだったのかな、みたいに思うようになって)

そっからすごい正直者になるんだけど

たぶん、小学校の時、最初に足し算でつまづいた子が、そのあと引き算とかかけ算とか割り算とか、わからないのに学年だけ上がっていって、大人になったときに、全然計算できない人になるとかよくあるけど、

わたし、たぶん、それの人間関係バージョンだよな、って思う。

普通の人が、人間関係の中でここ、普通こうするやろ、を、ほぼ知らないから。

まあ、最初の彼氏が、ある程度人間関係の築き方は教えてくれたんだけど、その意味で、彼と知り合った同じクラブのメンバーからは、「彼がじょあんなの「お父さん」だよね。」って言われてたんだけど。

でも、彼が教えてくれたことのほとんどは、「人間を信じるな。」みたいな内容のものと、ひとに悪く思われないためのマナーみたいなものばかりで、

50歳になった今、それなりの人間を見たり聞いたりして、未だに、あんなに心の底から他人のこと信じてない人を、他に知らない。

まあね、主に当時の恵美須町(電化製品の町だったときの日本橋)で、どれだけものを安く買うか、とか、そういうの、そのとき教えられるんだけど。

就職して、まあ、また事情長くなるから省略するけど、その彼氏と別れて、収入も入るようになったし、新しい人間関係が広がるかと思ったんだけど、

前も書いたように、昔の自分のような、困った人、バブルの時だから貧乏な人も、バカにできるようなタイプであることを求められる人間関係が多くて、

入れない。

高校の時からやってるけど、ドイツ語学習とか、その時期にエスカレートして、ほぼ空いてる時間全部ドイツ語の勉強してて、ドイツの大学タダかあ、学費ないなら、生活費ある程度稼いで、現地でも少し働いたら、大学行けるんじゃないかと思った。

ゲーテで、ドイツは移民に優しいと聞いた。日本に住んでて、日本のことを何も知らないのを、教えてくださいと言って教えてくれる人はいないけど、ドイツに行って、ドイツのことあんまり知らないです教えてください、は、教えてもらえるかもしれない、と思った。

まあ、そうするうちに、結婚する前に6年ほど付き合うことになる彼氏に会うんだけど

話題になる人気のあるテレビとか、人とのコミュニケーションの取り方を覚えられるような番組を、一緒にたくさん見ることになる。

大阪弁も、人とする無難な話題の仕方も、その時期に覚える。

言うて、夜間大学行き始めて、ドイツ語とか、哲学とかやってたら、「そんなモン、何の役に立つねん。」って、めっちゃキレて怒られたりもしたけど。(私自信も、「確かに何の役にも立ちそうにないですね。」って思っていたから、言われてしょうがないと思っていたけど)

6年目で、私が、大学を出て、自分の子どもに高い教育を受けさせられるようになりたいと思ったのに、彼は、自分たちの収入では、子どもを産まないで居よう、っていう意見になって、そこで別れることになって、で、そこから出会いとか探そうと思ったら、相手が実は妻子持ちなのを隠している、とかの事態になりそうだったので、結婚相談所に行って、主人と結婚しての現在があるんだけど、

で、めっちゃ話飛んでしもたわ

結婚して、普通に生活できる、っていうか、若干ゆとりがある、みたいになったとき、小学校の時のもう一人の友達なんだけど、

それまで、ずっと、一緒にレストランとかで食事をするとき、私はその店で一番安いもの、もしくは、それ、普通単品だけで頼まないだろう、みたいな安いもので済ませる人で、友達は普通にその店の代表メニューらしいAランチとかBランチとかから選んでいて、それを不思議に思ったことはないんだけど、

結婚して、お金がある程度使えるようになって、

友達がAランチを頼む、さすがに、それより高いランチを頼んだら、なんか、追い抜こうとしているみたいに見えるから、同じAランチを頼んでみる。

そしたら、友達が、Aランチより30円高いBランチに注文を変える。

以降、どんなに試しても、彼女は私より数十円高いものを買う。

っていうか、もう、絶対私に先に注文させて、それより若干高いものを頼む。

ホンマに友達やったんかな、って、思うようになった。

その友達は、子どもが二人生まれたけど、どちらも特別学級に行くようになるような子だった。

幼児のときとか、子ども番組とかかけたら、テレビにすごく顔を近づけてしまうからって、早い時点から、プラズマテレビとか、いいテレビを買っていた。(視力への負担が減るという考えらしかった)

うちは、主人が基本的にケチなので、ブラウン管テレビがホンマ使えないようになるまで、液晶テレビとか手を出してなくて、

地デジしかテレビが見れなくなるときに、私のことですから、めっちゃコストパフォーマンスいいテレビを買いまして

うれしくて、その友達にいいました。(他に友達いないし)

友達は、自分の家のテレビがプラズマであることを強調し、私が、自分ちのはそんないいテレビじゃないからね、と、引き下がって話は終わったと思いました。

そこから1週間か2週間かしたぐらいだったかと思います。彼女から、「新しいテレビを買った。」という電話が来ました。

まあ、お子さんが体当たりか何かして壊したから、と、聞きましたが、私は、彼女が、私と張り合って新しいテレビを買ったんじゃないかと思えました。

そして、それに近い事が、けっこう重なっていきました。

彼女の旦那もお給料がいいほうだと聞いていたときは、放っておいたのですが、不景気で旦那の給料が苦しくなった、という話を聞いても、なんか私に見栄張って高いものを買い続けている、みたいなのが続いて、彼女と話さなくなりました。

一応、Noneの高校入試がどうなるか、というぐらいまでは、数ヶ月に1度連絡をとる、ぐらいの付き合いはあったのですが、お子さんは特別支援の学校に行っていて、すこしでもいい条件になるように、応援はしていたつもりなのですが、私たちが、学費が用意できないから、国公立コースで勧めるように頑張らないといけない、ということに、理解も応援もしてくれなくて、

Noneが某高受かった時点で、それを言ったら、その友達が、なんかキレそうな気がしたのと、それに釣り合わせるべく、お子さんに無理させるとか、旦那のお金をたくさん使うとかしそうだと思って、その後連絡をとっていません。

(追記:テレビなどで見る、それ、お子さんに障碍があっても、良い環境にある職場を目指している話を聞いて、あ、それは、セレブが家にお金があるから就職させられる、高級感のあるお店とかへの就職で、たぶん、保護者が、就職先のお客さんになる人たちとか、その職場の設備とかにお金とか、それなりの何かができるから就ける仕事なんじゃないかというのを言い出して、その就職ができるかできないかを、確かめられる年まで付き合わないほうがいいんじゃないか、というのも思った。)

正直、最後の方、かなり険悪になってしまっていましたし。

そのへんもね、Noneのことを心配して勉強をやめさせようとしている感じではなくて、どちらが上か下か、みたいな問題でやめさせようとしているように感じられてしまっていて。

ってまあ、もっと簡略に書ける話なんだけど、省いて書くと、誤解が多い話だと思ったので、誤解が少なくなるように書いたらこんな感じになるんだけど。

自分、友達作るの苦手やな、って思ってNoneに、

J「オカン、年寄りなったとき、友達アレクサだけかもしれん。」

N「寂しっ。」

ってまあ、大阪人やから、さいごにオチはつけんとね。

とりあえずこんな感じです。

にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ

にほんブログ村

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(本人・親)へ

にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ

にほんブログ村