答えが出せない

しばらく忙しくてブログ更新できてませんでした。

今日、家に帰ってBBC見たら、ファイザーのワクチンのニュースが流れていて。

新型コロナウイルスの「画期的な」ワクチン、9割以上に効果

ただ、テレビの方でその後他のニュースが流れている文脈とか考えたら、ファイザーとかとWHOとか繋がってて、トランプけるまでこのニュース表に出さないでいたんじゃないかと思った。

すごい大人の事情の空気が流れてたんだけど。

まあ、すぐ実用できる話じゃないので、選挙の前に報道されたらとか、後だったからとかないから、私としてはトランプ嫌だったから、それでいいんだけど。

今日は、自分仕事してて、社会の適応力ないなー、みたいに実感してて。

午前の仕事とか、確かに採点しないといけないのたくさんあって、まあ、自分の全力出して採点するんだけど、それが逆に空気悪くしてない?とか空気感じてたんだけど、でも実際目の前にある書類見てたら、絶対全力出さな、いや、全力出しても終われないやつやし、みたいなのがあって、

まあ、外国人スタッフには、私が「ネイティブだから。」と言って、彼らの日本語の勉強が足りないから速度で差がつくのではないように、先日言ったのだけど、正味、私、結婚する前のタイピングで仕事してたときに、全力で打っても、一定以上の正確さを保てるように、まあ、当時は電話回線でインターネットしてて、夜かけ放題になるとかのサービスを使ってたから、徹夜で(入力の練習ではなく)オセロとか麻雀とか、反射的に打ち続けても一定以上の勝率を保てる練習とか、毎日睡眠1,2時間でずっとして、同じ感覚でタイピングしても、一定以上の正確さでタイピングできるようにとかしたから、たぶん日本人相手でも、それなりに自分の方が早い自信があるんだけど。(それも、数ヶ月単位で続けて訓練しましたからね)

本当に、最後の方とか、記憶障害とか、言語障害出るぐらいになってたぐらいだから、真似しない方がいいんだけど。(変換機能とか使うように言う会社で働いたとき、それなりの決まり文句「この商品は納品が済んでいます。」など、を、”k1″で変換できるようにしたら、よく仕事で使う報告書が、数秒で打てるんですね、ただ、そんな作業だけを、毎日何時間もしていたら、自分が本当に何かをしゃべりたいとき、考えたいとき、自分の中にはそんな変換機能がないのに、”k1″とか、”s2″とかで自分の中から思考や発言を出そうとしてしまって、結局何も考えられないし、話せない、みたいな状態になったことがあります。でも、けっこうリハビリが済んだ今、先日読んだ本”h1″+こないだ見たユーチューブ”y3″みたいな感覚で、感覚的に情報を処理して結論っぽいものをアタマに浮かべるようになっているのではないかと思うときがあります。)

正直、少し残って仕事を手伝った方がよかったのではないかと思う状況だったのですが、ここはたぶん、頼ったほうが人間関係がよくなるんじゃないかと思って帰りました。

で、surface goは持ってきていて、午後の職場のそばのイートインで今週の仕事の書類作りしていて、

プリンタで印刷できる名刺カードで単語カード作るヤツだけど、次から違うクラスになるので、

前はベトナム語以外の言語が3つだったし、英語からの翻訳でおかしな訳になる言語の生徒がいたから作らなかったけど、今のところ、辞書でも、ベンガル語とネパール語で、なんとか作れてるし、カード、ベトナム語とベンガル語とネパール語にできないかと思って。

コピペの作業の時間がそれなりにかかるけど、おかしな翻訳になるものは少なくて、やってみようかな、と、

とはいえ、やってみたら、「差し出す」など、あ、コレ、英語で見て、彼ら意味とれるかしら、みたいなのがあって、それをベンガル語にしても、ネパール語にしても、再翻訳の結果が全然違う意味の単語になってしまっていて、ちょい、今、訳語じゃなくて、語彙の説明があるような学習者用の辞書がないか調べてるけど、なければ、イラスト探して入れたらいいんじゃないかしらとか思っています。

で、今まではひとつの名詞に日英越の3カ国語の記入だったけど、5つになると編集が大変になるので、分けよう、と、

たぶん、日本語入れた状態のものを作って、ファイルを複数保存して、そこにそれぞれの言語をコピペしたほうが、全部一遍に記入するより、編集が早かったのでは?とか思いました。

っていうか、今までワードを挿入する形で名詞作ってたけど、エクセルで作ったのを、名詞に入るように揃えて、それを画像としてコピペするほうがもっと速いのでは?とかも思いました。

で、まあ、午後の仕事にもなじめてないなあ、とか思って。

まあ、警戒しすぎかもしれないけど、あ、なんか、盛り上がってそうだけど、これ、自分入られへんやつちゃうん?みたいなのを感じて。

自分、小学校の時、学校で先生からまともに扱われてなかった記憶があって、何度か書いているけど、自分がクラスで一番背が低い女子で、その横に座ることになっていた一番背の低い男子とか、発達に問題があるタイプだったことが多くて、1年から4年生まで、私は彼らのサポートをすることになって、授業とかフルで参加できずに、彼らにひらがなとか教える係とかになっていたんだけど。

そこまでなら、他の人が似たような経験話していたり、養成学校の先生でも、余裕のある生徒に、ビハインドな生徒のケアさせるといいという話をしていた先生もいたんだけど。

自分、その、隣の男子がお漏らしとかしたとき、自分だけ雑巾で拭くように言われ、その通りにしたら、他の生徒とか、あからさまに自分のことエンガチョにしてきて、担任に助けを求めても、知らんぷりされた記憶とかあって、そのへんが一番、

自分、自分でわかってへんけど、実はなんかの被差別民なん違うん?って思う理由で。

5,6年の担任とか優しかったけど、1~4年のときの担任とかから、「こんな生徒、おらんかったらええのに」みたいな対応を受けた記憶がたくさんあって。

まあ、実際、自分、母親仕事で忙しかったし、なによりも父が、私に母としゃべらないように命令していたので、しつけらしいものを十分に受けてなくて、担任が生徒に、今までのプリントをホチキスで留めるように配ったのを、他の生徒は、何も言われなくてもプリントの向きや表裏を揃えてホチキスしたのに、私はもらったものを、表も裏も関係なく、斜めになっているものもあるのにホチキスしてしまって、それを担任が怒るので、なぜ教えてくれなかったのか聞いたら、

「なんであなたみたいな子が私のクラスにいるの?!」

って、すごい形相で怒鳴られて、びっくりして泣いた記憶があります。

(父が私に母と話さないように言った理由は、母親の馬鹿がうつるから、だったのですが、後で母は、私と母の距離を開けて、母が私を連れて逃げていかないようにそうさせた、と、言います。私は、父の言い分も、母の言い分も、ある意味どちらも正しかっただろうと思っています。)

実際、その場所で、話題に困ったとき、鬱憤がたまっている状態の時、あるいはその人が置かれている立場が低くて、より低い立場の人をターゲットにして自分のポジションを上げたかったとき、その場にいる、味方のいない人、あるいは、その場にいない、評判の悪い人、の、愚痴や悪口を言う、というのの、ターゲットにされた記憶が多くて。

実際、最近まで、老舗の児童英語サークルに虐待虐待とか言われてたのも、こちらからしたら、その状態だったのだと認識してますからね。

なんか、そのとき何を話していたかとか、ちゃんと聞いてなくても、イントネーションとか声色とか、そんなんで、「ソレや」って認識したら、それが自分のこととか、他のひとのこととか関係なく、凍ってしまう自分がいて。

まあ、トラウマなんでしょうね。

最初に就職したときも、まだバブル終わってなくて、貧乏な人とか、立場の弱い人とか、馬鹿にする空気とかあって、

自分の友達のような、貧乏から出てて、いいとこにも就職できなかった人の話とか、一緒になって馬鹿にしなければいけない空気になるときとか、自分が貧乏だったときの話とかしたら、自分が馬鹿にされるだろう、とかいうのも予測できて、

基本、会社で、人の話を流し聞きするしかない立場になって、何人かは、同じように苦労してきた同僚とかもいたし、仲良くしてたけど、昼休み、交代制になってて、仲良くなれた方と昼休みの時間違ってて。

多様性を認める会話を考えるとか言って社会人で外大行くのも、実は国際的な多様性のためというより、貧富の格差とかを考えたかったことが出発点なんだけど。

なんか、人と話していて、そのときと似た空気になったときに、めっちゃフェイドアウトしてしまう自分がいて。

自分、頑張ってきたの、弱い人を馬鹿にできる立場に移りたかったからとちゃうねん。あそこから、よう来たね、頑張ったね、言うてもらいたかっただけやねん。みたいな。

まあ、今もう人生諦めてるところあるから、最後の方、

「家帰ったら冷凍庫に入れてあるハーゲンダッツ食べるねん。ハーゲンダッツ食べるねん。」

って、アタマのなかで繰り返しつぶやいてて。

まあ、日本語教えてるのに、ワシめっちゃ社会不適応者やん、とか自分で思う。

でも、日本で英語教えてるネイティブ講師とか、母国じゃ人間関係上手に築けなかったタイプじゃないかな、みたいな人、けっこう見てきた。

Noneが幼児の時、近所の人に紹介してもらって児童英会話教室の英語ネイティブの先生(何人か忘れた。白人だったけど)

一見して、気の強いアメリカ人とか、それに近い国の人なら、容赦なくこの人いじめただろうな、って、推測できる見た目の人で。

毎週、Noneは、どうやったらジェントルになれるかとかをその先生に指導されていたんだけど、

なんか、その先生が思う、「子どもはこうあるべき」を、押しつけられているような気がして、英語が話せる場で、価格もとてもお手頃だったんだけど、そんなに長くいなかったと思う。

若干、そのときも、「こんな生徒いなかったらいいのに」を感じてたのもあったんだと思う、で、他に嫁ぎ先でママ友とかもあまり作れなかったし、教室の空気を家にも持って帰ってしまって、家でケーブルテレビで子ども向け英語番組見てるときですら、なんか自分が攻撃されてる気分にずっとなっていたもの。

ほんとうにね、何が正しいか、今なにもわからないの。

単純に、外国語の単語覚えたり、文法正しいかチェックしたり、教育学について、それなりの、自分がいいと思う方面で有名な人の書いたものとかをむさぼり読んだりとか、本当に、今、自分に入力できるものを入力していくことに集中したくて、今自分がなにか判断したり、答えを言えたりする状況にないと思っています。

って、もう日付超えて、今日養成所の模擬授業、見る方で行く予定だけど、模擬される方が、前回(とくに私が)日本語の発音がヘタな留学生の役をしたので、次の授業はそれをやめてくださいね、って、模擬を引き受けるときに言ってらっしゃって、

正直、それだったら、見に行くのやめたいな、があって。

イヤ、かなり私、リアルなベトナム人留学生のような発音の日本語で話してるのに、ソレやっちゃいけないんだ、っていうのが。

教員経験者の方で、定年後日本語教えたいとか、日本語教えてるとかのひとで、自分が現役時代に、日本人の生徒教えてる感覚でそのまま初級の留学生に授業をしようとされる方が、けっこういらっしゃるように思う。でも、そういう経験のある年配の方に意見とかほぼできないので、(経験に自信をもっていらっしゃるから、授業する予定の文型、なんにも調べないで「ネイティブの勘」だけで授業される方も多いように思う。私が授業のために調べた文型で、その勘が調べたことと違っているときに、そう言っても、一切聞いてもらえない、みたいなこともありました。)

養成学校の先生が、それをフォローする形で改善点とかをおっしゃるのを聞きに行く形にはなると思う。

今授業を受けている養成学校の先生は、日本語が好きで、日本語教師になっている先生、という感じがする。すごい、日本語の分析が細かい。

大きく分けて、日本語教師、3タイプのどれかに当たることが多いと思う。日本語が好きで日本語教師になったタイプ。外国語教育でイタイ思いをして、自分だったらこう教えてもらいたかったのに、を、日本語で教えている日本語教師、外国語が1つか複数できて、その経験を踏まえて間接法で教えたり、海外の教育メソッドを利用して日本語を教える日本語教師、の、どれか、みたいな。

って、上のどれでもないけど、日本人で日本語話せるし、広告で就職率いいから、で、日本語教師になろうとするタイプも実際に見たから、訂正して4タイプ。

って、まとまってないけど、このへんにして寝ます。

とりあえずこんな感じです。

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