言えんのなら書くなって感じなんですが

まあ、仕事の事、現在どうとも言えない状態が続いています。(もしこのままスルーしたら、希望のところに決まって仕事の事書くなと言われたと思ってください。ほんま書きたいことぎょうさんあるねんけど、それ自体が合否にかかわりそうなので。それがあるからこの数日仕事についてわざとはぐらかしていたし、そうしつづけないといけなくなるかもしれません。ってこれも、アカンかったら「あんなん書いてたのに」とか言われるんだろうけど。いけずなひとはおるからね。)

Noneの受験勉強の事、どの大学をどういうふうに受けようかとか具体的な話題をしています。それもちょっと書けなくなってきています。(今日の午後はそのへん詰めて調べていて、なにも手につかなくなっていました。明日月曜になって受けるかもしれない大学の試験について聞きたいことを問いあわせる予定で、もしNoneの希望にあっているものだったら、そのままヒミツにしていると思います。受ける前は倍率増やす話は自分からできないし、受かったら受かったで、どの大学受けたかバレる話になるし)

中国語の本は2キロで2000円ちょっとの国際送料を言われました。まあ、スマホで音声が聞ける絵本(日本でその機能が使えるかまだ保証がない。中国の無料アプリとか、中国の携帯電話番号がなければ使えないものがあるから、使えない可能性がなくもない)まあ、中国人が子どもに教えたい道徳とか書かれている本なので、中国人の価値観がわかっていいかも、みたいな感じで20冊3000円ぐらいは価値ありと思っているけど。まあまだ送料がわかったってだけだから、商品自体がちゃんと届くのかもまだ保証されたわけではないですから。

明日からNoneの新学期が始まります。

実は春休み中、定期切れてたのに、ピタパだから電車には乗れて、知らずに電車料金払って乗ってたことに今日気づきました。明日も普通の大人料金で行ってもらって、帰ってから明日からの定期券購入になりそうです。(まあ、春休みに何度か学校に行ったけど、定期券買うほどじゃなかった回数だと思うので、べつにいいかな、なんですが、学校ある時期に気づかないで乗り続けることになったらかなりキツイのでこれから注意しないとと思います)

まあ、ほんま心ここにあらずで、書けることなくて、午後とか時間あったのに、中国語の勉強すら手につかなくて。

午前は教会に行って、それなりに人とつながりが持てて。

子どもの頃から、他の人には親切な人でも、自分が家庭環境に問題あったりすると、トラブルに巻き込まれるんじゃないかとつっばねて親切ではなかったりすることが多かったので、だれとでも距離を置いてつきあうのが性になってしまっていたし、今もそうなんだけど、自分が困っていても人には迷惑のかかるような助け方を求めないし、人が困っていてもつっぱねずにできるところまで相談とか乗ったりするようにはしていて、

教会にいるような、どちらかといえば社会的弱者といえるような人が多い場所で、いま同じように、ささやかな日常の会話をして、明日を生きる勇気を分け合えたらと思っていたりする。

前の牧師さんは、うちが主人から経済的に見放されそうで、私に生活能力がなさそうだと思ったら壁を作ったように思うけど

新しい牧師さんがどうするかわからないけど、直接助けるようなことはしないけど、牧師として宗教的な助言はくれそうだと思ったりして

まあ実際、今、耐えられないような試練には合わないことを信じていると、そうなりそうな気がするし、そう思っていると意外に道が開けるのではないかと思っていたりする現状なんだけど(とか言って、逆境に会うと、「あんな家つぶれると思ってた」とか言って笑うひとがいるんだろうけど)

夢は見る。Noneが心理学を学んで、同じような社会的弱者として育った人に、よりよい人生を歩めるように導くような職業について、自分の居場所を作っている姿を想像する。

子どもの頃、それこそ給食しか食べるものがない時期とかすごしたし、夏休みとかそれもないし、経済的に親を頼りにあんまりできない時期をすごして、結婚して、病気になってからだが十分に動かせなくなったら主人から追い出されて、生きていけるのかと不安になったし、頼るものが少なかった人生で、せめてあと残りの人生、できるところまで働くから、主人からの送金とか、Noneが無事に就職してくれるとかで、ささやかな生活ができる程度にすごしていけたらなあと思います。

この年になって、フィットネスとか行けるようになって、簡単なストレッチとか、ぜんぜん体育会系じゃないんだけど、いまなんか自分が許されて生きてるような気がすると実感したりします。

わかっているよ、もう一人の人は、どんなに無茶を仕事場で言われても、来月の家賃のためにこらえて仕事をしなくてはいけなくて、私のことを、家もあって、主人からもある程度の送金もあるから辞められるんだと(って、それを試すかのように、自腹切らないといけないかもいけないほうに話を持って行ったり、自分もしてるミスとかで大騒ぎしたりとかしてたんだけど)

まあ、でも、もう一人の人は、私から見たら全然贅沢な子ども時代を過ごしていたので、どちらの人生がいいかなんてわからないよなと思います。

チャンスがあったのに、自分でそれを活かさないで生きてきた人と、チャンスがなくて、這い上がろうとしたけど、うまくいかなかった人が、きつい労働条件のところで、うまく協力し合えないで別々になろうとしているというだけのことで

まあ、いままでついていた仕事のなかで、労働条件が過酷なところのほうが、働く人が助け合わないで弱い者いじめをするところのほうが多かったのですが。(なんか、仕事を頑張ろうとかよりも、いかに職場の弱肉強食を生き残るかに力がそそがれる感じで)

アラフィフで、主人の給料が下がって、子どもを進学させるために子どもが大きくなってから働いて、みたいなひとが、長く働いている人にいじめられて、弱っているブログとか今日たくさん見たのですが。

母に言わせると、昔のドッポン便所とかの肥溜めを運ぶ人とか、差別もされていたし、仕事もきつかったのに、生きていくために働いていたのだとか聞かされましたが。

日付がかわっちゃいましたが、

実際、今、トイレは衛生的だし、キツイ仕事だなと思うような仕事についている人に、あからさまに侮蔑するような発言をするひとも減っているし、これからもそういうことは改善できるしそうなるべきだと思うんだけど。

まあ、道がひらけるといいね。

とりあえずこんな感じです。

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