ベーシックインカムが可能なら労働の義務は?

今朝も認知心理学の講義を見て朝食。第6講。記憶についての続き。人の記憶が似たような記憶につられて置き換わってしまう話など。

今日、Noneがあんまり時間を有効に使ってない気がしたので、昨日ブログに書いたように、今の競争社会で勝ち組になろうとしている人たちが厳しい競争を勝ち抜く人たちなんやから、その人たちが上位につく社会で、競争に勝てなかった人たちのための社会を作ろうとするなら、やるべきなのは受験勉強ばかりではないだろうけど、もっと有効に時間を使おうとしなければダメだ。とかいうような話をしていて。
実際、その勝ち組を素直に目指すよりも、それよりも難しい人気漫画家とか目指すよりも、現実に社会を変えていけるほうの人になるほうが難しいと思うで、みたいな話を。(なるのは、誰でもなれるし、多くの人が参加すべきだと思っています。だけど、それを生業とするのなら、ことのほか難しいと思います。実際、Noneに言ったのは、官僚になるよりもジャンプとかの人気漫画家になるほうが難しいが、実際今目指そうとしているのは、マルクス的存在を目指すようなもんだというような発破をかけて)

って、私もNoneのことばかり言ってないで、ベーシックインカムに賛成ならそれはそれで、勉強しなければなりません。

まあ、ちょっとググって出てきたのはこちら、

“全国民に月7万円”は日本を救う最善手だ「AI失業」の危機に備えるために

今日から見て4日前のプレジデントオンラインの記事。
タイトルから見てわかるように、ベーシックインカムに肯定的なもの。

でも、そこからのリンクに、

「全国民に月7万円」は誰も幸せにしないまずは金のなる木を探そう

まあ、AIが発達したら、そこから派生した新しい職業ができるだろうとか、そういうもの。

実際、この二つを読み比べてみて。むしろ今生活している人々が、どちらを求めているんだろうかという話なんじゃないだろうかと思う。

人間に、労働はいるのかいらないのか。

というそもそもの問題で。

根本的に変わろうとしている社会をどちらに向けて構成しようとするかで、結果なんか随分変わってくる話なんだろうと。

人間が労働しなくてすむような社会をつくるためにはどうすればいいかを考えるか、人間が労働できる機会を与えるためにどうすればいいかを考えるようにするかという話なんだと思う。

ホリエモンとか2015年には、人間は働かなくてよくなるって言ってたらしくて、今確かめてみたら、その時点ではベーシックインカムのような所得があるのではなくて、生活費の方がゼロになるという考え方らしいけど、

憲法に労働の義務と権利があるけど、労働は教育みたいに人間に本来いるものなのかと思う。まあ三大義務は人間に必要なものと言うよりは納税とか国家運営に必要なものとして義務付けているんだろうけど。

ウィキで見たら

条文は国民の権利義務のみを定めたように見えるが、実際には同時に国家にも国民が勤労の権利を行使できるよう義務を課したものでもある。国民には勤労をする権利が定められており、国家は国民に勤労の機会を与えなければならない。

とあるけど、これが現在十分に機能しているのか、機能できるのならそのほうがいいのか、人間に代わる労働があるとしたら、人間は働くより人間という種に向いた生き方があるのか、そうして生きていける社会が可能なのかとかを考えようと思ったりします。

まあ、朝、Noneに発破をかけたとき同時に、

「オカンは子どもの理想的な教育はこんなんだから、こうしなさい、みたいなのは、教育学者が条件がそろっている場合にできることを研究するのは大事だけど、だからそれをそのまましましょう、みたいなのはキライで、現実、狩猟時代とかは、子どもの健全な発達とか言うよりも前に、必要な狩りが生きるようにできることを教えるものやと思う。健全な教育ができるというのは、それができる社会を人間が作った後の話やから、健全な教育をどこまで求められるかは、実際そのときの環境によって変わるんだから、社会背景を無視した教育論は私は実際それを実行するの自体が危険だと思ってる。」

という話をして、Noneは黙ってました。(Noneは理想論者みたいなところがある。まあ、現代っ子で、最近勧められて読んだ松本清張の本を読んで、ちょっと前の昭和の社会がどれだけ男性中心かというところで驚いていたぐらいだから、環境が整っていない社会をあんまり想定できてないんだと思う。)

私の推測では、無駄な雇用を作り出すよりは、働かずに、人間が健康に生きれる生活とか、環境とか、本来人間がどのぐらいの割合で地球に存在すればいいのかとか、そういうことを考える時点にきている気はする。

まあ、イランでは、ベーシックインカムを渡しても人間は働いているらしいけど、

働かなくてもお金がもらえる「ベーシックインカム」を導入しても労働需要に影響はないことを示す研究結果

実際、私が主人からある程度の生活費をもらって、それだけで生活しようと思えば節約生活できるけど、仕事を探そうと活動したし、元気で働けるうちは働くつもりではいるけど。

実際、週3日、5時間ずつ働く程度の今が一番生き生きしているかもしれないとは思う。もちろん、好きな仕事ができて、たくさん働きたい人はいるだろうし、それもいいと思う。ただ、学問をしたり、健康維持するための時間が十分にとれる現在の自分の生活も悪くないと思っています。

まあ、働いてて、フルタイムで働いているほうの人にきつく当たられたり、クリーニング屋の仕事ということで、なんか見下したような態度をとるお客さんがいないわけでもないですが、基本丁寧な接客をしていたら、そんなひどいお客さんは少なくて、円滑に仕事ができているように思ったりはします。

それでも、これが、ブログで収入を得られるとかだとして、(実際現在諦めているけど、独自ドメインの料金賄えるぐらいできたらぐらいで)扶養家族でいられるぐらいの収入が手に入るとしたら、自分の好きなボランティアとかできるだろうな、とかは思わなくもない。

ブログやアフィリエイトで収入を得られる本とか、また今流行っているみたいで、(副業を認める会社が増えたとかの話らしくて)

とか見たら、新発売のスマホの昨日のレクチャーとか、パワーストーンとか、ネットで儲かりそうなネタで頑張っているような。(この本、過去に無料で読めてた時期があったらしいし、今もキンドルで安くなってるのに、図書カード余ってるの持ってたから、紙の本買っちゃったよ。読み物としては面白いとは思う。)

本では、自分の好きな分野でオリジナリティをだせれば、ジャンルは問わないとか書いてるけど、正直パワーストーンとかのほうが儲かりそう。

ただ、仕事のなくなった人とか、副業をする人が、揃いも揃ってパワーストーンとかのアフィリとかやってたら、なんかシュール。

あ、自動広告、ジャンル決められないのかと思ったら、決めれました。

ヘンな広告が出てたから、どんなのか見ようと思ったら、自分でクリックしないでくださいと警告がでました。(それも知らないとか情弱なんだけど。)

アドセンスのツールバー入れたら、自分でクリックしなくても、広告先のチェックができるようになりました。

そうしたら、ジャンルを決めれる方法をメールでグーグルから教えてもらえました。

まあ、私のブログでたとえばスポーツの広告とか出ても効果ないと思うんだけど、人間らしい生き方をそれぞれに生きたらいいという主張をしていることを考えたら、べつに、スポーツの広告とか、効果なくてもブロックまでしなくていいかなと思って、ブロックは、出会い系とか消費者金融とか、自分がイヤかなと思ったジャンルしかしてません。(出会い系とか消費者金融を利用する人がいけないとは思ってないから、必要な人は別の場所で自分で検索するなりしてていいと思っているけど、あ、未成年でなければ)自分が株とかやっているから、一攫千金とかどうかなと思ったけど、ブロックはしてなくて、まあ、もし出て魅力的なら自己責任でヨロシク的な感じで。

まあ、働きたい人は働いて、働かない人は最低限レベルになるけど生活はできて、みたいなのがベーシックインカムだとは聞いてるけど。

今考えたら、駅の改札で切符の料金チェックしてたの人間の目視やったとかいうの、無理やったやろーとか思うし、なかなか過酷な仕事やっただろうと思うけど、機械導入された時点では雇用喪失の危惧とかされてたもんな。あれ、また人間がやるようになったら、大量の雇用が創生できるとか言ったとしても、誰も賛成とかしないと思うもんな。

機械ができる仕事は機械ですればいいと思う。問題はむしろ、働かない人間が生活できることに対する反感を持つ人たちの意識の問題なんじゃないかと私は思っています。

明日は、Noneと梅田に出て、Noneの高校の方の学生写真の写真を撮りに行こうと思います。

とりあえずこんな感じです。

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