急に仕事に呼ばれて(None予備校初日)

まあ、本、買って読んで記事かけよ的な話なんですが(^^;)

今日、朝ごはん食べて、認知心理学の講義見てたら、店長から電話が。

もう一人の人が急に仕事に来れなくなったので、代わりに出てくれとの話。

びっくりしたけど、行くことに。

今日本当は、AIとBIの本の後半を読んでこようと思ってたんだけど。

働きながら、今日働いた分の給料で本買えるしな、と思って。

若干ね、もう一人の人が、自分が急に仕事にこれなくなったら店が回らないの店長とか私に主張したがって急に休んだような気もしたんだけど。

店の勤務時間とか変わって、もう一人の人に負担がかかったから、不満が爆発しそうになっていたみたいで、このところ八つ当たり的な対応も受けていたし。

まあ、辞めるまで八つ当たりとか続ける気なんじゃないかと不安だったし、今も不安なんだけど、さっきもらったSNSでは、落ち着いた感じのメッセージが来ました。

労働が、人間らしい暮らしを維持できる範囲でできるものであることって大事だなと思います。もう一人の人は、ちょっと無理な条件で働いているような気もします。(って、私も急に呼び出されるとか予備軍なんだけど。)

うっかり電話来て、終わりかけの認知心理学の講義を最後まで見て家を出たので、Noneに予備校の受講証とか預かったの渡さずに家を出てちょっと焦りました。

お昼休みにNoneが今日から行く予備校の受講証その他は渡せたのですが。

Noneは、今日予備校に行って、数学を簡単なところから教えてもらえたので、4月から通年で通うつもりになっています。近いうちに、申し込みをしに行く予定です。

まあ、仕事の方は、無理を言われすぎたら考えるという感じで、まあ基本、お客さんともなじみになってきたし、頑張ろうかな、なんだけど。(まあ、今、今日一日分収入が増えて、悪い気がしていない。)

それも、本を読める時間があるから本を買える収入が得たい、という感じでの労働意欲なので、歴史の教科書見てて、昔そうだったという「食べるために生きる」とかいう状態になったら、精神衛生状態が自分も悪くなりそうな感じはしています。

さっそくアマゾンを見てて、

まあ、書評を見てて、今普通の人が思う、エリートがこの本ではオールドエリートと呼ばれていて、じゃあ、これからの「エリート」ニューエリートってなんだろうと思って読んでみたいなと思っています。

この本の著者のピョートル・フェリークス・グジバチと言う人、ウィキペディアとか載ってないし、東洋経済オンラインに経歴とかあったけど、強そう。本屋に行ってちょっと中身確認して良かったら買いかなあと思ったりします。(英語での著作があるかなと思ってググってみただけなんだけど、)

英語の著作は一応アマゾンにあったんだけど、このブログの読者が興味をもちそうではなかったのでリンクは貼らないんですが、この人が英語学習法について語っているサイトにがわかったのでリンクを貼ります。

第451回ピョートル・フェリークス・グジバチ「英語のメンタルブロックを壊す」

まあ、ここで語られている語学学習法は、英語カテゴリのブログをよくよんでいる人には常識的なものなんですが、日本語話しているところが聞けるので、「すごい、めっちゃ日本語わかってるやん。」みたいなの聞いてみてもいいんじゃないかと思います。

この本を読んだら、予備校に通わせてまでいい大学行かそうとしているのが、しまったと思うのかしらとか思うんだけど、今行ってるクラスは、本当に予備校で用意している一番下のクラスなので、受験のためというよりは、授業にせめてついていけるための受講なんだけど。

たぶん、全党模試と駿台模試が6月ぐらいにあって、4月2日から受付開始みたいですね。駿台模試はおそらく高校で受けるんだろうけど、駿台のハイレベル模試、Noneにきついみたいだから、全党模試も受けとこうかなと思ったりします。

明日は中国語教室があります。ちょっと仕事はいっている日が続いているので、明日出たら日月と休める予定なので、それは仕事呼ばれたくないなあと思っています。

とりあえずこんな感じです。

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AIで仕事がどうなるかの本を見てきました

昨日は感情的になっていたので、いつもより文の乱れがひどかったね(^^;)

昨日の続きをジュンク堂に読みに午前中行ったんだけど、こっちのほうが面白そうかなと思いました。

今までに書いたかもしれないけど、BIはベーシックインカムの略で、AIと絡めて言う時、ベーシックインカムのことをBIと略されることが多いです。

前書きは、人間は今、スマホが生活を変えた以上にもっと生き方が根本的に変わるすごい転換期にいるのかもしれないとか、そんな大きいとりあげかたで、(読んでだいたいで覚えてきてるから、引用でも
なんでもないんだけど。)

午前中、前半に書いてあるAIのところだけを読みました。

って、AIの歴史と、今のAIにできることと苦手なことが書いてあって、

オックスフォードと野村総研の共同研究によれば、日本の49%の仕事がなくなるという結論になっている話が書いてありました。

日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に

まあ、前に英語の翻訳の仕事の多くが機械翻訳に変わられる話をしたときもそうだけど、決して今英語を頑張っている人の仕事がなくなればいいのにと思って書いたわけじゃなくて、現状を知って、それでもこの先に可能なことを考えてもらえたらと思って書いていたんだけど(だって、その人の状況が悪くなればいいと思っていたのならら、たぶん、その仕事なくなるのに、と思いながら傍観していたほうがそういう結果に近づいてたかもしれないんだし)で、そのときと同じようなことをまた書くんだけど、この本によれば、まあ今高学歴な人が高い給料でついているような仕事で、AIが代わることができることは、そこを企業はAIでコストダウンしてくるだろうと予測していて。私的には、受験戦争の勝ち組路線でいくなら、着地点には気をつけた方がいいんじゃないかという提案で。

ただ、この本が頭脳労働はなくなっていくだろうけど、こちらは大丈夫とか書いている、レジなどの仕事は、商品によって丁寧に持ったりとかが難しいので代わられないだろうと書いてあるけど、コンビニの無人レジとかもう始まっているし、あと、AIができないから、人間しかできないからって、高い収入をもらえるわけじゃなくて、人間でも非熟練労働者でできる職種は、いつだって低賃金なんだろうと思う。

介護とか保育とか、それなりの訓練が必要で人間がしないといけない仕事ですら低賃金なのに。

頭脳労働で、儲かる仕事のうち、AIで代わることができる仕事は、募集そのものがなくなるが、儲からない仕事で低賃金でも、AIやロボットで代われない仕事は消えることはない、という意味だととらえるとしても。

まあ、昨日の記事に関連するけど、今高い給料がもらえているような職業を希望して受験勉強がんばっていて、それがAIの仕事になって募集がなくなったからという理由で、そんなに勉強しなくてもつける仕事に就かなければならないことになると、ものすごい攻撃うけるようになるんじゃないのかとか、その辺は不安になったりする。

実際、今AIが何が苦手でとか、読んでて、今現在できないことでも、もうちょっと先にはできるようになるんじゃないかとか思って、だって、機械翻訳はつかいものにならないとか、つい最近まで言われていたことだったのにということがあるから、今できてないからって、それを今から目指すのは若干大丈夫かと思う。

AIとかBIについての情報は玉石混交ってこの本に書いてあった。(って、自分のこの記事なんかイシコロのほうなんだろうけど)

できるだけ広くアンテナを張って、よりよい結果をえられるようにしなきゃと思う。

まあ、もううちはNoneがある程度まで成長してしまっていて、私がこの職業が無事そうだからそれを目指しなさいとか言えないし、本人がやりたいことが決まってきているから、それを踏まえての情報提供ができたらという行動しかできないけど。

Noneが社会活動とかしてるのが、AI社会に耐えられる進路に結びつくのかわからないけど、ここまで来ると、受験勉強を頑張って学歴を上げるのとどちらがいい結果になるかわからないから、やりたいほうのことをさせてあげようという方針で。

この本の近くに、また面白そうな本が

まあ、さっきのAIとBIはいかに人間を変えるのか (NewsPicks Book)にも書いてあったけど、AIが発達することで、人間のスキルが落ちてきているんじゃないかと言う指摘があって、確かに昨日、ブログ書いてて「欠点」の反義語が出てこなくて、うわあ、自分の語彙力落ちてるわぁ、思って、年のせいかも知れないけど、ちょっと前ならすっとアタマに出てきたものが、でてこなくなってる。

AI vs. 教科書が読めない子どもたちの第3章の、第3章 教科書が読めない――全国読解力調査、人間は「AIにできない仕事」ができるか?とか面白そう。

AIでできることを任していたり、BIで生活がある程度保障されたりしたら、生きるための努力とかしなくなるんじゃないかとは思ったりするんだけど。

そのへんは、きっと自分は生活が保障されてAIで学習とかの道具がよくなるんだったら、なにか学ぼうとするだろうな、と思うんだけど、依存的なゲームで日々過ごすような人が増えるのかもしれないは、相変わらず思ったりして。

実際、今、社会保障の概念とその歴史について考えてみようという気になったのも、自分が窮地におかれたからだったりしますからね。

それでも、私が生まれた時代は、普通にしていれば、なにがしかの職業につけて、生活ができる、という状態でしたが、のんべんくらりと生きよう、というよりも、科学者になりたいとか宇宙飛行士になりたいとか、夢見がちな希望を持つ子どもたちが多くて、生きないといけないからとかじゃなくて、やればできそうな気がするといった、希望が持てるか持てないかで、勉強とかその他の生産的活動を選ぶかどうかが違うんじゃないかなとは思います。
(まあ、本当、時代変わっちゃったから、AIの到来でBIとか言ったら、保障された最低限の賃金で宇宙飛行士になったバーチャルライフをみんなが送るとか言ったシュールみたいな。そういうの予測すると、人間が人間らしく生きる意味とか問いたくなったりもするんですが。私は人間らしさを追求することが有意義だと多くの人がみなす社会を期待するのですが。)

4月に発売予定の、

も、私的には要チェックかなと。(こんな本また出してホリエモンはお金儲けが得意だなあと思いますが)

明日からNoneは予備校の春期講習です。

無事受講できるのか、効果はあるのかみたいな感じですが。

今日武田製薬権利落ち日、今日1日でびっくりするぐらい値段下げてますね。AIが株を売り買いするのだとしたら、ローソクの上下とかで売り買いするのではなく、その企業の業績を正確に計算して売買するようになってくれたらいいのになあと思います。それだったら、人間の投資家も投資をあきらめることはないし。
追記:株の売り買いを人間でなくほぼAIがするものになったら、バブルは起こらないのかもしれないし、予測不能な暴落(実際の企業価値から著しく株価がさがること)もないのかなと今思いました。

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強気を挫き弱きを助くってのは正しいのか?

昨日、Noneと話していたことがあって、

オズの魔法使いのブックワームが学校指定の読み物だったんだけど、

自分の趣味で、オリジナルの翻訳版を読んでいたNoneにとっては、案山子がネズミには深い愛情を見せるのに、猫には残酷な仕打ちをした話がブックワームでは抜けていたことを残念に思っていた話をしていて。

まあ、この場合、今調べたらネズミは猫に追われていた被害にあっていた身の上だったみたいだから何とも言えないけど。

強気を挫き弱きを助くとか言うけど
(タケちゃんマンの強気を助け弱きを憎むじゃなくて)

学校の成績が良さそうだったからとか、経済的に余裕がありそうだったからという理由だけで攻撃を受けることってあるよな、って思って。

もう、前の牧師さんとは会うことがないことを期待しているけど、Noneが中3で受験勉強に追い詰められていて、それでも塾とか家の中だけで相談していて、教会は相談する場所じゃなかったから言えなかったんだけど、牧師さんは勝手にうちが余裕のあるおうちだと(経済的に余裕はないのは知っているけど、学校の成績はいいんだろうと勝手に思われていて)牧師さんが

「Noneちゃんは、お勉強ができるから、わからないことなんかないんでしょうね。」
って言われて

内申が、模試がって、追い詰められている時期だったのに。味方までいないのか、みたいな感じで追い詰められて。(某高ぐらい志望している話はしてたけど、それはうちが公立でしか進学できない事情も説明して窮状にある話もしていた話だったのに)

そのことを思い出してNoneに言って、

「弱い人を大事にするのはいいことかもしれないけど、お勉強を頑張っているとか、経済的に余裕があるとか、その対極にいる人を、なにも悪いことしてないのに攻撃してくる人っているよね。」

みたいな話をして、

Noneも牧師さんのその件は深く傷ついたと言っていて、

「推測するに、お勉強ができると、精神的になにか強くてきついこと言っても傷つかないと思って言ってるんじゃないかと思う時があるんだけど。」

と、私が言うと、

「公立の中で傷つけられて私立に逃げる子がいるぐらいなのにね。」

と答えました。

まあ、ホモエコノミクスみたいな守銭奴の金持ちとか、人間なら普通挫けてしまうような努力ができる勉強家とか、うちみたいな軟弱者から見たら、鋼の魂持ってるように見えたりもするけど。

うちが教会で傷ついたのは、勉強ができない相談ができる場所であってほしかった教会で、人間的な心とか持たずに勉強してる子で構う必要とかないみたいに言われたのが傷ついたのですが。それも、ほかの教会員とかじゃなく、牧師さんに。

まあ、あと、Noneが通っていた幼稚園で、Noneが私立幼稚園就園奨励補助を所得制限で受けれない家庭の子だということで、幼稚園の先生のうちの長の役職がつく先生に目をつけられて、ある日Noneを幼稚園に迎えに行ったら、Noneが他の子の集まりからのけものにされていて、
「わたしら、西松屋やからねー。」
みたいに、まるでうちの子が高級服を着せている家の子(だったとしても、それの何が悪いだけど)みたいにのけ者にされていたのを見たことがあります。(父親は所得があったがケチだった、今もケチだが、なので、私服は西松屋とかそのレベルのチープファッションで、なにひとつのけ者になる理由はなかったし、だいたい制服だからNoneの普段着、その幼稚園の先生の長、知らないはずだし、言葉の遅れてたNoneがなにか生意気なことを言っていたとは思えないし)

公立小学校でアルマーニとかは、無駄に反感買ってる気しかしないんだけど。

神戸線の中で、比較的経済的余裕のある人たちの住む地域に住んでいたから思うんだけど、(べつに、その地域で自分たちが金持ちだったんではないけど、)

(うちの家の立ち位置は微妙。父親が飲んだくれだったので、隔離されてはいたけど、母親は可哀そうにということで、一部の親切な人たちの子にピアノを教えることで生活はできていた。私の記憶する限りで思い出すには、親切ではあったけど、そういう上流家庭を気取る人たちの中でも事情のある人たちだったように思えるんだけど。)

同じように聞こえる、高いなにかを買ったとか経験したとか言う話でも、

ただ自分が欲しかったからとかしたかったからで話す人と、相手がそれが買えない、できないと知って、自分がそれができることを誇示しようとして話す人とは自然に区別がつく

前者は、その高級品のいいところの話を素直に聞ける。後者は、できるだけ聞きたくない。だけど、後者の自慢の人に、なんか言い返すとかはあんまりしない。(前者にしても後者にしても、自分にできて、相手のできない話をすることは普通にある。たいてい前者は普通に聞いてくれるけど、後者はなんかムキになったり、平常でない態度が返ってくることが多い。)

自分自身、相手が普通の家族の中で、自分にとって羨ましいような平和な日常を聞くのに、いちいちひっかからないようにするように生きてきたから、ほんとうにそれが高級品でも同じなんだけど、「あなたには買えないでしょう」という、その人の優越感を満たすための相手に選ばれたときは、その役目を放棄したいと思う。

確かに、強い人とかで、無駄にマウントしようとする人とかいるよな、みたいには思うんだけど

Noneも私も、マウントしようとするタイプは苦手ではあるんだけど。

だから、基本的に自分たちができることを話すときは、できないことも話して、いいとこも悪いとこもある普通の人であるように話しているつもりではあるんだけど。

実際、Noneが見つけて来る友達は、長所も短所もあるタイプと付き合っているのが楽しそうだ。

でも、いいところを認めて欲しいときはそういう攻撃をくらうことが多くて、短所を告白するとなんか勝ち取ったりみたいなイキオイでそれ繰り返し言ってくる人とかいたりで、加減が難しい。

自分自身は、それなりに考えたことを言ったときに、賢い人には、自分の言い分の通っているところと、間違っているところを、納得する形で認めてもらえることが多かったと思うんだけど、そうでない人は、どこの大学出た人が言ってるんや、みたいな、肩書で判断されてしまう経験もしてて、

Noneには現役でネームバリューのある大学に行って欲しいなと思って育てていたところはあります。決してマウントするためじゃなく、そういう肩書で判断される場をスルーできるようにと思って。

私もNoneもね、なんとなく思っているんじゃないかな、人に馬鹿にされない肩書を身につけることより、なんか、感じ攻撃したくなったから攻撃するとかいう人たちから回避できるような安息所を求めるんじゃなくて、そういう人を説得できるような場を持つこと、(まあ、それが自分でつくる安息所なんじゃと言われたらそうなのかもしれないけど)のほうがいいような気がする、という。

エリートの世界の、選ばれた人たちだけの安息所とかありそうではあるし、それを目指す人を止めようというわけでもないんだけど、(まあ、搾取したり独占したり、その力を使って弱いものをさらに弱くしようというのでなければ、あとやっぱり、たくさん儲けてタックスヘイブン逃げるとかもやめてほしいあと、やっぱり、選民意識みたいなのは話聞いてて感じると壁ができるよね。)

まあ、やっぱり、怖いのかな、なんか、お勉強してたから仲間外れにしてやるとか、

困っていた時に、本当に関わり合いになるとうちのトラブルに巻き込まれるんじゃないかと距離をおきながらも付き合ってくれていた人たち、それを縮めようとすると逃げられてしまうから、距離はそのままに交流は続けて、完全な解決はしてくれなかったけど、ときどき自分たちの生活を改善できる知恵はくれた。

それを逆にできるようになりたいだけなんだけど。

今、何か困っている人を、普通以上の生活ができるようにとかはする力はないんだけど、たとえそれが、お得な参考書1冊の話であっても、受ける立場の人にとっては人生が大きく改善する場合もあるだろうと。

実際、今現在、私が昔見た、上流家庭ぶる事情のある家庭の状況にすらなれてないんだけど。

なんか、まとまらないや、

明日起きれる自信もなくなってきたけど、とりあえず頑張ってみます。

今の社会、予測できる範囲の社会の中で、世の中をどうすればいいのかを。

若干、いまのところ現実にできたとしてもベーシックインカムはパンとサーカスなんだろうかと思わなくもないので、考えていこうと思います。

って、中国語教室の予習とかあるので、思想の方はゆっくり進んでいくと思います。

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本屋で今日見た魅力的な本

を読んでいるところです。AIの発達で雇用危機が起こるかもと言う話で書いているわけではなくて、社会保障のありかたとしてのベーシックインカム論です。AIの到来とかで職業につけない前提ではなくて、この現代の高齢化社会で、働けなくなった高齢者の増加について書かれています。

正直、貧乏さんなので、数冊書店でざっと見てから、コレ、というものを購入する予定です。

この本を見てみようとジュンク堂で検索したとき、4月に発売予定のベーシックインカム書籍を見たので、それが出てから一番参考になるものを買おうかなあ、みたいな気持ちになって

タイトル見たときは、頼りになりそうな文句だなあと思ったのですが、アマゾンで検索してみて、表紙と商品の説明と著者についてを見た時点で、「あやしげ」とは思ってます。

もう一個はアマゾンで出てこなくて、井上智洋という作者の、
「ベーシックインカムと経済の未来AI時代になぜ社会保障制度の変革が必要なのか?」(仮)
が出てきました。

もしかしたら、

の焼き直しかもしれません。

まあ、今出てる本、明日午前中、読めるだけ読んでこようかなと思っていますが。

実は、ベーシックインカムの本も面白そうだけど、

とか面白そうだなと思って、(って、それをネットでアフィリで売ろうとするのってバカなの?みたいな声が聞こえそうな気がするけど)

一応、英語の方が安くは読めて、

あと、

これ、よさそうだったらキンドルで買いたいなと思う。(キンドルの方が若干安い)
翻訳者が東京大学教養学部英語コース(PEAK)特任助教とかいうのがすごそうだと思う。

このシリーズ、ほかの哲学とか数学の本の英語版は安いのに(進化とか1200円ぐらいするのもあるけど)脳と心については検索しても出てこない。また出てきて安ければ買いたい。

って、ここまで検索していて、意外な本がたぶん今だけ特別価格なんじゃないかなというものが。

ホーキング博士のバイオグラフィー、私が今見ている時点でキンドル版が無料。(アンリミテッドとかじゃなくて、キンドル価格が無料)

バイオグラフィーだから、英語学習者でも大丈夫そうな平易な英語なので、Noneに英語学習教材にしてもらえたらなあと思います。

って、本屋の話済んだら、書きたいこと書こうかと思ったんだけど、長すぎになりそうなので一旦分けます。

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ベーシックインカムが可能なら労働の義務は?

今朝も認知心理学の講義を見て朝食。第6講。記憶についての続き。人の記憶が似たような記憶につられて置き換わってしまう話など。

今日、Noneがあんまり時間を有効に使ってない気がしたので、昨日ブログに書いたように、今の競争社会で勝ち組になろうとしている人たちが厳しい競争を勝ち抜く人たちなんやから、その人たちが上位につく社会で、競争に勝てなかった人たちのための社会を作ろうとするなら、やるべきなのは受験勉強ばかりではないだろうけど、もっと有効に時間を使おうとしなければダメだ。とかいうような話をしていて。
実際、その勝ち組を素直に目指すよりも、それよりも難しい人気漫画家とか目指すよりも、現実に社会を変えていけるほうの人になるほうが難しいと思うで、みたいな話を。(なるのは、誰でもなれるし、多くの人が参加すべきだと思っています。だけど、それを生業とするのなら、ことのほか難しいと思います。実際、Noneに言ったのは、官僚になるよりもジャンプとかの人気漫画家になるほうが難しいが、実際今目指そうとしているのは、マルクス的存在を目指すようなもんだというような発破をかけて)

って、私もNoneのことばかり言ってないで、ベーシックインカムに賛成ならそれはそれで、勉強しなければなりません。

まあ、ちょっとググって出てきたのはこちら、

“全国民に月7万円”は日本を救う最善手だ「AI失業」の危機に備えるために

今日から見て4日前のプレジデントオンラインの記事。
タイトルから見てわかるように、ベーシックインカムに肯定的なもの。

でも、そこからのリンクに、

「全国民に月7万円」は誰も幸せにしないまずは金のなる木を探そう

まあ、AIが発達したら、そこから派生した新しい職業ができるだろうとか、そういうもの。

実際、この二つを読み比べてみて。むしろ今生活している人々が、どちらを求めているんだろうかという話なんじゃないだろうかと思う。

人間に、労働はいるのかいらないのか。

というそもそもの問題で。

根本的に変わろうとしている社会をどちらに向けて構成しようとするかで、結果なんか随分変わってくる話なんだろうと。

人間が労働しなくてすむような社会をつくるためにはどうすればいいかを考えるか、人間が労働できる機会を与えるためにどうすればいいかを考えるようにするかという話なんだと思う。

ホリエモンとか2015年には、人間は働かなくてよくなるって言ってたらしくて、今確かめてみたら、その時点ではベーシックインカムのような所得があるのではなくて、生活費の方がゼロになるという考え方らしいけど、

憲法に労働の義務と権利があるけど、労働は教育みたいに人間に本来いるものなのかと思う。まあ三大義務は人間に必要なものと言うよりは納税とか国家運営に必要なものとして義務付けているんだろうけど。

ウィキで見たら

条文は国民の権利義務のみを定めたように見えるが、実際には同時に国家にも国民が勤労の権利を行使できるよう義務を課したものでもある。国民には勤労をする権利が定められており、国家は国民に勤労の機会を与えなければならない。

とあるけど、これが現在十分に機能しているのか、機能できるのならそのほうがいいのか、人間に代わる労働があるとしたら、人間は働くより人間という種に向いた生き方があるのか、そうして生きていける社会が可能なのかとかを考えようと思ったりします。

まあ、朝、Noneに発破をかけたとき同時に、

「オカンは子どもの理想的な教育はこんなんだから、こうしなさい、みたいなのは、教育学者が条件がそろっている場合にできることを研究するのは大事だけど、だからそれをそのまましましょう、みたいなのはキライで、現実、狩猟時代とかは、子どもの健全な発達とか言うよりも前に、必要な狩りが生きるようにできることを教えるものやと思う。健全な教育ができるというのは、それができる社会を人間が作った後の話やから、健全な教育をどこまで求められるかは、実際そのときの環境によって変わるんだから、社会背景を無視した教育論は私は実際それを実行するの自体が危険だと思ってる。」

という話をして、Noneは黙ってました。(Noneは理想論者みたいなところがある。まあ、現代っ子で、最近勧められて読んだ松本清張の本を読んで、ちょっと前の昭和の社会がどれだけ男性中心かというところで驚いていたぐらいだから、環境が整っていない社会をあんまり想定できてないんだと思う。)

私の推測では、無駄な雇用を作り出すよりは、働かずに、人間が健康に生きれる生活とか、環境とか、本来人間がどのぐらいの割合で地球に存在すればいいのかとか、そういうことを考える時点にきている気はする。

まあ、イランでは、ベーシックインカムを渡しても人間は働いているらしいけど、

働かなくてもお金がもらえる「ベーシックインカム」を導入しても労働需要に影響はないことを示す研究結果

実際、私が主人からある程度の生活費をもらって、それだけで生活しようと思えば節約生活できるけど、仕事を探そうと活動したし、元気で働けるうちは働くつもりではいるけど。

実際、週3日、5時間ずつ働く程度の今が一番生き生きしているかもしれないとは思う。もちろん、好きな仕事ができて、たくさん働きたい人はいるだろうし、それもいいと思う。ただ、学問をしたり、健康維持するための時間が十分にとれる現在の自分の生活も悪くないと思っています。

まあ、働いてて、フルタイムで働いているほうの人にきつく当たられたり、クリーニング屋の仕事ということで、なんか見下したような態度をとるお客さんがいないわけでもないですが、基本丁寧な接客をしていたら、そんなひどいお客さんは少なくて、円滑に仕事ができているように思ったりはします。

それでも、これが、ブログで収入を得られるとかだとして、(実際現在諦めているけど、独自ドメインの料金賄えるぐらいできたらぐらいで)扶養家族でいられるぐらいの収入が手に入るとしたら、自分の好きなボランティアとかできるだろうな、とかは思わなくもない。

ブログやアフィリエイトで収入を得られる本とか、また今流行っているみたいで、(副業を認める会社が増えたとかの話らしくて)

とか見たら、新発売のスマホの昨日のレクチャーとか、パワーストーンとか、ネットで儲かりそうなネタで頑張っているような。(この本、過去に無料で読めてた時期があったらしいし、今もキンドルで安くなってるのに、図書カード余ってるの持ってたから、紙の本買っちゃったよ。読み物としては面白いとは思う。)

本では、自分の好きな分野でオリジナリティをだせれば、ジャンルは問わないとか書いてるけど、正直パワーストーンとかのほうが儲かりそう。

ただ、仕事のなくなった人とか、副業をする人が、揃いも揃ってパワーストーンとかのアフィリとかやってたら、なんかシュール。

あ、自動広告、ジャンル決められないのかと思ったら、決めれました。

ヘンな広告が出てたから、どんなのか見ようと思ったら、自分でクリックしないでくださいと警告がでました。(それも知らないとか情弱なんだけど。)

アドセンスのツールバー入れたら、自分でクリックしなくても、広告先のチェックができるようになりました。

そうしたら、ジャンルを決めれる方法をメールでグーグルから教えてもらえました。

まあ、私のブログでたとえばスポーツの広告とか出ても効果ないと思うんだけど、人間らしい生き方をそれぞれに生きたらいいという主張をしていることを考えたら、べつに、スポーツの広告とか、効果なくてもブロックまでしなくていいかなと思って、ブロックは、出会い系とか消費者金融とか、自分がイヤかなと思ったジャンルしかしてません。(出会い系とか消費者金融を利用する人がいけないとは思ってないから、必要な人は別の場所で自分で検索するなりしてていいと思っているけど、あ、未成年でなければ)自分が株とかやっているから、一攫千金とかどうかなと思ったけど、ブロックはしてなくて、まあ、もし出て魅力的なら自己責任でヨロシク的な感じで。

まあ、働きたい人は働いて、働かない人は最低限レベルになるけど生活はできて、みたいなのがベーシックインカムだとは聞いてるけど。

今考えたら、駅の改札で切符の料金チェックしてたの人間の目視やったとかいうの、無理やったやろーとか思うし、なかなか過酷な仕事やっただろうと思うけど、機械導入された時点では雇用喪失の危惧とかされてたもんな。あれ、また人間がやるようになったら、大量の雇用が創生できるとか言ったとしても、誰も賛成とかしないと思うもんな。

機械ができる仕事は機械ですればいいと思う。問題はむしろ、働かない人間が生活できることに対する反感を持つ人たちの意識の問題なんじゃないかと私は思っています。

明日は、Noneと梅田に出て、Noneの高校の方の学生写真の写真を撮りに行こうと思います。

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特別な知識層に頼るより大切だと思うこと

今朝も、認知心理学の講義。記憶についての話。専門用語とか、さらっと流れてるけど、こういうのきちんと覚えないといけないことは知っている。(まあ、予備知識程度でいいと思っているから朝ごはんん食べながらだし、ノートとかメモとかとってないんだけど。)

まあ、Noneには、臨床心理士の試験とか、人間の記憶の限界ぐらい覚えなあかんことあるらしいし、公認心理師とか、それかそれ以上かもしれへんで、みたいな話をしていて。

そのうえで、型にはまった、こんなときこう返事するみたいなカウンセラーやったら、AIで十分なんやで、みたいな話もしていて。

ただ、Noneは、昨日の講義でやっていた黄色い日傘をさした女性に気づかない8割(気づいた2割が決して余裕があって気づいたとは言えず、そもそも集中できてなかったので気づいてしまったうちに入っているのかもしれないけど)が人並みに生活できる世の中を目指したいんだというような話をしていて、

まあ、でも、実際世の中を変えたいと思っても、現状受験戦争とかで勝った側が有利な社会ではあるんやで、みたいに答えて、

ただ、AIで世の中の9割のひとが職を失うとか予測されてる世の中で、寿命伸ばそうとか言って医療技術を上げようとしているのとかなんか、微妙に受験の勝者って頼れる味方ではないんだろうなと。

確かに、厳しい受験戦争を勝ち抜いた人に、その受験の敗者を助けようとかいうのはあんまり期待しないほうがいいのかなと思ったりはする。

自分ら大阪の市民とか、貧困とかあっても、チャンスができるだけ来るようにとかいう精神が市政や府政に感じられるから、貧困の人にチャンスをあげたら、貧困を解決しようとする味方になってくれるかもしれないと思って行動できるんだけど。

実際、ITのトップの世界にいるひとでも、人間の多くが仕事を失う結果になったらどうしようとか考えずに技術の向上を考えているらしいから、そうなったらどうなるかを、素人が考えていてもいいんじゃないあかとは思う。

Noneには、世の中が進んでいっても大丈夫なように、ITの世界のこととか、経済のこととか、できるだけたくさんの知識と考えを持った方がいいとは言っているけど、

もっと草の根の、いまこうしている普通の人が、どうなって欲しいのかをもっと声をあげていくべきなんじゃないかと思っています。

技術の向上を止めればいいとかは思ってない。

今日、急に言われて仕事に行って、クリーニング屋の仕事をしてたけど、洗濯物を手で洗い、鉄製の器具に熱湯を入れてアイロンをかけるような昔とは違う状態になっていて、それよりいい暮らしが現在できている。

問題は技術の向上した社会をどうするかにあるんじゃないかと。

まあ、社会学の専門の人もいるでしょうけどね。

私自身は、そういう専門の人が書いたものを読んでみて、人間が働かなくても生活できる社会が可能ならそれを希望しているんですが。

その社会学者も、現実の社会の人がどのような暮らしを望んでいるのかわからないと意見の出しようもないんだろうと思ったりするんですが。

激しい受験勉強を勝ち抜いた人たちとか、そうでない人が働かずにゆとりのある生活をしたいなんて受け入れないだろうなと思ったりはするんですが。

昔、必要だった労働量をそのまま現在の人に働かせようとするのが問題なんだと思うんですけどね、実際、そういう名残りとかいろんなところにあって、体育の授業とか、軍隊に出ることを想定して考えられたものなんじゃないかと思うようなものが残っていたり、(まあそれはそれで、日本の国防とかどうなるかとかの問題も関係するんだろうけど)私としては、人間の健康を維持向上するために考えた体育なら、もっと違ったものになるんじゃないかと思ったりするところあるし、繰り返しになるけど、公立の教育のほとんどは、かつて支配者層のためにあったものをそのまま民間人に教えているものが多いと思うっています。

Noneは社会運動に忙しいです。国公立に行けなかったら、私立の推薦組に笑われるんだろうなと思っているんだけど、None本人は、社会運動に参加している私立大学生から、「うちにくればいいのに」みたいに言われて、悪い気はしていないみたいです。

まあ、その関関同立のひとつ、Noneが心理学の資格をとるのにいるんじゃないかと思うような分野に、性格の悪いらしい教授とかいるらしいという噂を聞いているので、私としては避けて欲しい大学なのですが。

ただ、この社会運動をしているほうが、長くつきあえる人脈ができるような気がして、応援はしています。

今見ている放送大学の認知心理学の講義とか、東大の先生が客員教授になっているものだし、(もちろん中身は15歳以上の誰もが受けれるようになっているから、それを踏まえた内容になっているんだろうけど)Noneも、いわゆる偏差値の高い大学の方が、優秀な教員が多くて、設備もよくて、というのは分かってはいるみたいです。(まあ、性格までいいかどうかは別としても、ただ、認知心理学の講義の放送大学客員教授の東大の先生は見るからにジェントルで受けたい授業をしそう)

基本、最初からこの淀川区の自宅から通学可能な大学しか選択肢はないんだけど。

マイナー国公立と、関関同立がどちらがいいかは悩むところ。

院まで行く予定なら、マイナーでも国公立にしてほしいけど。

どちらにしても、私もNoneも、数の多いそれほど優秀でもない人がどうやって中ぐらいの生活ができるか、(基本的に善良な市民であれば、健全に生きていけるようにと思って)考えていきたいし、たぶんそれは、特別な誰かがやることではなくて、普通の一介の市民が、自分だけ得するような特別な話を探すより大切なことなのではないかと思っています。(必要ないとかではなくて、そういうのに興味を持ちつつ、共生できる社会を模索するという意味で)

とりあえずこんな感じです。

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放送大学の学生証を取りに行くも

今朝は朝8時よりちょっと遅く起きて朝ごはん。
(自家製パンを売ってるスーパーで、昨晩閉店前に2割引きで買ったクルミパン。)

正直、今のところブログからの収入はそういった節約で左右できる程度の金額です。
(まあ、それでもそのささやかな成果が嬉しかったりします。)

今日は、予備校周辺の月極自転車駐輪場の空きを待っていたのが空いた連絡が来たので、その登録と、放送大学の学生証を取りに行こうと話をしていました。

放送大学の認知心理学は第4講。なんか、勉強するときに普通の人ができる集中力の話とかしてて面白かったです。

(ちょっと、このテスト、一生に一度しかできないもののネタバレなので、知りたくない人は、下のユーチューブの動画の共有より先までとばしてください。)

バスケットの試合でパスとかシュートしている数をメモとかせずに集中して数えてくださいとか言われたあとバスケットをしている動画を見てて

Noneも私もパスとかシュートとか数えてて、

実はこの動画には、バスケットとは全然関係ない、日傘をさした女性が横切るのだけど、このテストを受ける8割の人が、その女性に気づかないそうです。

私は、途中動画が乱れたような気がしたのがその女性の日傘で、でもその日傘の女性には気づくことができませんでした。

Noneは日傘をさした女性とハッキリは気づかなかったのですが、黄色いなにかが通り過ぎたのは気づいたそうです。

パスとシュートの数はそれでもNoneのほうが正解に近くてorz

同じ内容のテストをデジタル画像で撮ったものが次のユーチューブの動画で、バスケットをしている人のパスの数を数えるテストをしたら、8割の人が通り過ぎるゴリラに気づかないそうです。

ネタバレしてたら、え?こんなハッキリしたもの気づかないの?みたいに思うけど、だいたい8割の人が気づかなくなるそうです。

あと、道を聞いてくる人がいて、途中に間に障害物が入って、そのすきに道を聞いた人が入れ替わっても、半分ぐらいの人が、相手が変わったことに気づかないとか。

まあ、こういうの見てて、ときどきブラックな仕事とか、普通の人間ができないことを要求する仕事とかあるんじゃないかとか思って、人間が健全に働いたり学習できたりする方法を考慮されるようになるといいなと思いながら朝食食べてたんだけど。(まあ、学習効果とかは考えてる人たくさんいるし、仕事でも人の命にかかわる仕事とか、その普通出来ないことができるようになるといい仕事とかはあるのかもしれないけど、私が最初に思い出したのが、大量に流れて来る商品のなかの不良品を見つける仕事とかそんなんで、そういう人間に無理な仕事をAIとかロボットとかがやって、人間のやりたがる仕事とか快適な仕事を奪わなくてもいいのにと思いました。)

自分を庇うように考えるとしたら、山積みの洗濯物持ってくる人が連続したときに起きるミスとか、店の予算でフォローするべきなんじゃないかとやっぱり思ったりして。

まあね、Noneと、「見えぬものが見え、聞こえないものが聞こえる」ネタでまた笑ってたんだけど。

で、食べてちょっとしたら梅田に自転車で出て、駐輪場を登録しに行きました。

梅田でも不便な場所なので安く、さらに高校生なので月額千円。まあ、電車賃とか自転車撤去を気にせずにいくらでもNoneが梅田に出れるようになったので、在学中はずっと借りておこうかなと思うし、卒業しても社会人千二百円なので、続けるかもしれない。

そのあと天王寺に出て放送大学の大阪学習センターに行くも、

学生証の発行は4月1日から。(ToT)

大阪教育大学で花見とかできるんじゃないかと期待して行ったら、学習センターの入り口周辺はそんな花見スポットもなくて。

ただ、天王寺駅周辺にある、地味に変な置物とかNoneはやたら気づいて、道を必死で探している私は気づかなかったことで朝の授業を思い出してました。(Noneの注意力だけの問題じゃなくて、私は最短のルートで大教大行くことを要求されてたけど、Noneはただ私についてきてただけだというのもあるんだろうけど。)

まあ、でも、Noneは、それなりに問題になっていることに注意を払いながらも、「そこ気づく?」みたいなヘンなところがあるんだけど。

で、お昼ごろだったので、天王寺でランチ。おはよう朝日ですで、天王寺ミオにデパ地下のような総菜がイートインできるスポットがあると聞いたような気がして行こうとしたんだけど、エレベーターの横の各フロア紹介とかで見つけられず、Noneとかせっかちなので、食べれたらどこでもいいやん的な子なので。
とりあえずレストラン街11階へ

ちょっと高級っぽいお店が揃っていて、しかも、その店梅田にもあるで的な状態なので、私はなんとか梅田で食べれる高い店に入らないで済む選択を、Noneのイラチに耐える速さでする選択を迫られていたんだけど、

で、石焼坦々麺をNoneが、石焼酸辣湯(サンラータン)麺を私がいただきました。(って今ラーメンの名前とか調べるためにネット見たら、普通にヨドバシカメラ梅田の上で食べれた)

これも、梅田でも食べれたんだけど、食べ放題とかもやってた。

小学生半額で6歳未満無料とかあったので、そのぐらいの子がいるファミリー層にはお手頃かもと思います。

私自身は貧乏さんなので、塩豚チャーハンとか、おいしそうだけど、頑張れば自分で作れるんじゃない?ぐらいに思って、家に帰ってから自分流にクックパッドのレシピ応用しようかなと思ったりして。(またちょっと違うけど、ネギ塩だれの豚丼とかレシピあったし。)

まあ、今日のこのチャンスがなければ、自分のレシピ増やそうとか思うチャンスにもならなかったし、酸辣湯とか、一応新しいことにも挑戦できたからいいやと、天王寺で天王寺らしいことができなかったことは諦めようと思います。

Noneには4月に自分で天王寺に学生証を取りに行ってもらいます。(まあ本当に、天王寺駅徒歩3分ぐらいなので、大丈夫だろうと。)

まあ、受験勉強を頑張れない受験生なんだけど、ここで改めて人間の学習について考えてもらって、わからなくて時間をむだに参考書につぎこむよりは、得るものがあるんじゃないかと思ったりして。

それも解決できるようにとの予備校通いを始めるんだけど、

Noneと大教大付近を歩いていて、さすがに塾が多く、

「天王寺の人は、大教大付属小中高に子どもを通わせて、市大医学部とか、天王寺から出ない人とかいそうだからな。」

とか私が言ってて、まあ、Noneが、

「自分は、好成績の人であんまりいい性格の人に会ってないような気がするから、あんまり魅力的な進路じゃない。」

みたいに返事をして、

「でも、前に、Noneは日本では就職でやり直しがきかないとか言ってたけど、ある程度の学校まで行かないと、最初のチャンスすらないかもしれないから、子どもの小さいときに教育に熱を出す親の気持ちはオカンはわかるねんけどな。」

と言ったら、まあ、返事に困っていたような感じで。

放送大学の授業受け始めてから、日本の有名な大学とか、海外の大学で、自分の面白いと思うような学問ができることをやっとわかってくれたという状態。

そういうのを伝えながら受験勉強させようとそれは小さいときから勉強だけじゃなくて、学問についての話とかしていたつもりだったんだけど、

まあ、いまから頑張って第一志望にたどりつける予感はあんまりないんだけど、ただ偏差値を上げて人に優越感を感じてもらうために勉強させてきたのではないのは判ってくれたと思う。

あとは、本当に自分で学問がしたいと思って頑張ってくれたらと思う。

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中国語教室には通い続けたい



今朝は8時起き、Noneと放送大学認知心理学の講義第3講を見ていました。そんなに難しいものではなく、知識として身につけて楽しい内容です。授業の妨げにならない程度のツッコミ的会話とかをしながら視聴。

私は昨日熟睡できなかったので、講義を見た後二度寝。Noneも昨日遅かったのか二度寝していました。

そのあと中国語教室。(私の行ってるのは通学制の中国語教室だけど、ある程度のレベルに到達して、マンツーマンレッスンしか受けられなくなったらオンライン中国語教室にと思っています。)

現在の教室はびっくりするほど現在の私のレベルに合っています。非文法的な文のことを中国語で病句というのですが、それが、なーんとなく正解がわかる程度で、どうして非文法なのかを教えてくれるところがいいです。

同じクラスの人たちも、ちょうどいいぐらいに真面目で、ちょっと私が背伸びをするぐらいにお上品。

たぶん、経済的に余裕のある人たちなんだけど、人の買えないもの、できないことを自慢しに来ているような感じもなくて。

で、教室の壁にオンライン講座のポスターがあって、生徒はその講義が受け放題らしい。

いや、前の前の教室と同じぐらいの料金で(年間授業料一括払いなのが怖いけど)このサービスはお買い得だったなと感動。

TECCも特別料金で受けれるので、授業とオンライン講座有効利用して、TECC高得点目指してみようかと教室のスタッフに相談したら、頑張ってくださいとのこと。

終わってから、あんまりゆっくりはできないけど、お昼とか用意して家を出たら、授業の後、教室の同じクラスの人と、中国語の話とかでもりあがったりできそうな感じ。(仕事の合間に食べれるものを持って出てたら、教室から直接仕事に行っても大丈夫かなという感じで。)

ただ、仕事の方は、かなり悩む。

そんなに高くないだろうと思って料金を決めてレジをした洋服が、洗ってみたら手間がかかったので、あとからお客さんに請求してくださいとか、けっこうあるので、

じっさい、洗う人が、みたときにこの料金では洗えないから、お客さんに納得してもらってから洗います、みたいに止まらない状態なのが納得できなくて。

洗う人が洗う前に料金がわからないものを、クリーニングの専門でもないパートに正確に見積もってレジをしろというのは無理なんじゃないかと思う。

で、お客さんも、レジでいくらと言われたからクリーニングに出した、という人の方が多いだろうから、仕上がってから、やっぱり追加料金いただきますとか言われたらおかしいと思うだろうし。

実際、あとから追加料金請求しろと言われて、言えなかったり納得してもらえなかったりして、もう一人のひとはけっこう自腹切ってるという話で。

それに、トイレットペーパーとか、職場の備品だろうと思うようなものも、買ってもらえなくてもう一人のひとが買って用意してたりして。(私はなくなったらポケットティッシュ持参になっても仕方ないなと思っていたのですが)

なんかね、そういう自腹の世界になったら、収入としては週3回だいたい5時間ずつ働いてる現在のほうが収入があるのだとしても、ほかのもっとキツイ仕事になるのだとしても、続けたくない気持ちがあって。

まあ、うちみたいな個人事業的な店じゃなければ、このセーターはブランド物だから100円ぐらい(100円、でなくて、100円ぐらい。ときどき150円とか200円とか)アップするとかじゃなくて、きちんとしたところは、そんな主観的なものではなく、素材とかで値段が決まっているんだろうけど。

っていうか、大手で怖がって受け付けないブランド物のデザインセーターなどがうちみたいな店にくるんだけど。

あと、実際、高度な技術つかうような仕事でもなければ、続けられる仕事って、個人個人の能力がどうとかより、上司の人柄なんだろうなと思う。

まあね、今、フランチャイズのお店とか、バイト雇うのが雇われ店長とかだったりするところ多いから、あきらかに客側が無茶なクレームとかする場合であっても、店員の味方せずに店員の首切る上司だったりとかよくある話なんだけど。

ただ、とりあえず今日中国語教室に行って頑張れる感じだったので、仕事を続ける場合もできない場合も、教室は頑張って通えるようにしようと思いました。

私自身、ものを覚えられるようになるのに時間がかかるタイプで、ただ、中国語で、ここまで来たら、知らない中国語の単語も、日本語の読みから中国語での読みを推測できるようになってきているので、見たものを見たまま覚えるのは向いてないけど、パターンはある程度身につける能力があるんだと自分を慰められる状態で。

あと、今の仕事の人、自分が何言われても傷つかないタイプとか行ってたけど、人にも傷つくことハッキリ言うタイプみたいで、私だったら、それ言ったら人間関係終わりだろうというぐらいのことを何度か言われているので、続けたかったら慣れる必要があるのかなと思ったりします。

あの仕事を週6日やってるとしたら、当たれる人に当たりたい気持ちもわからなくもないけど。

ひと昔前の農業とかなら仕方ないけど、やはり人間らしい暮らしにはある程度の休養がいるのかなと思います。

って、今、ある程度の環境が整っているから、私もその休養が取れているんだけど。

大手の企業に勤めているひとだけが、週休三日制とか考えられるんじゃなくて、たいていの働く人が週3日休んでも生計がたつぐらいの最低賃金を導入するべきだろうと思わなくもなくて。

まあそれも、たとえばクリエイティブな仕事とかで、毎日働いても大丈夫とかのひとはそれはそれでいいんだろうけど。

明日、日曜日、Noneの放送大学の学生証を取りに行く予定です。
牧師さんが、世俗的な知識を大事にするひとの不運を予言している姿が見えるよう。それを聞いたら呪われそうで、明日は神に祈りに行くより、世俗の力を求めに行ってきます。

とりあえずこんな感じです。

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高1駿台判定模試を書けるところまで

返ってきました。駿台判定模試。

ちょっぴりナーバスな気持ちでお届けします。(あんまり良くなかったんだね(´・ω・`))

もし駿台の予備校に通うなら、英語がAレベル、数学がBレベル、国語がS/Saレベルといった感じ。

まあ、Noneの得意苦手がそのままに結果として返ってきました

第一志望とか書いていくと、名前書かなくても書いてるようなもんだろうけど、

国公立、第一志望、判定D(C判定まであと46点)、第二志望(これが志望学科書き間違えてる)判定D(C判定まであと14点)、第三志望判定C(B判定まであと14点)

私立、第一志望判定C(判定Bまであと25点)、第二志望判定B(A判定まであと4点)

みたいな感じ。

Noneは個人的に数学頑張ってるみたいだけど、英語を頑張ってるところを見たことがなくて、イライラするんだけど。

まあ、来週から、Noneは予備校に出かけます。

まあ、若干B判定の大学に手堅く入って、カウンセラーの仕事ができるようになる進路もNoneらしいのかなと思わなくもないけど、(って、親としては第三志望ぐらいを希望しているけど、None自身はこの成績でこの程度の努力なのに第一志望あきらめてないみたいだし。)

まあ、今日も仕事で、SNSで仕事に本気でかかっていないと愚痴を言われてました。

私自身は、もう一人の人のように、人生の大半を今のパートにかける気にはならなくて、かけても待遇よくならないのわかってるからなおさらで、実際、誰のシャツをいくらで受け付けたかとか逐一覚えていくことを要求されはじめているので、(Aさんのセーターはブランド物なので100円UPとか)扶養控除とか全然枠があまる状態でいいから、バーコードを通していればいいような流れ作業に移動したほうがいいんじゃないかと思い始めています。

時々思う。学校で成績は良くなかったけど、そういう小さなことをひとつひとつ覚えるのは得意だという人がこういう仕事に低賃金でつくことになって、試験によく出るみたいな問題を覚えるのに慣れたひとが、そういう仕事についてついていけないことがあるって。実際には、そういう細かな仕事も大事で待遇がよくあるべきだと思うし、そういう世の中だったら、試験によく出るような問題なら覚えられる、みたいないいのかわるいのかわからないような訓練もあまりなくなるような気がする。

ブログも、頑張りたいけど、それも今一つ自信がなくて。

ただ、長い目で見れば、ネットで収入得れる努力をしたほうがいいような気はします。

アラフィフになって、求人が少ないのもわかっているし。条件の悪いのを我慢するのが人生みたいになりそうな予感が・・・

なんか、思想系の話をブログに書いていくことに決めたら(そもそもこれに需要があるのか自信ないし、って、そこを社会意識変えていこうぐらいのイキオイが先日まであったんだけど、アナリティクスで、見る閑古鳥に幸先の悪さを感じつつ)なんか、この周辺の家に類塾のチラシが入っていて、

なんか、Noneが今社会活動していることとか、放送大学見てることとか、私が思想系の本読んでることとか、方向的には似てるところにいるんだなと思ったりしました。(まあ、だからこその探求講座のサンプル授業参加の生徒だったのかもしれないけど。)

昨日の本を読んで、院とか行って、学問を仕事にしようとかした人の枠から外れた人たちが、高学歴ワープアになることとか、真ん中ぐらいの人々が真ん中ぐらいの生活ができること、今待遇を下げることで収入を得ることを余儀なくされるぐらい追い詰められていることをなんとかできるように働きかけたいという気持ちがあるんだけど。

まあ、実際社会活動しているのはNoneで、それをそれで生活できるような進路をとれるように情報収集とか援助するのが自分の今の仕事だと思っているんだけど。

まあ、予備校行って数学をちょっと上げれたら、第三志望大学の判定ぐらい上がらないかなと思ったりします。

とりあえずこんな感じです。

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